人類最強の男
アンデルドへと戻ったアレスは早速、全ての騎士団長を呼び出し侵入者の件を話し合う事となった。
王城の隣に建つ騎士団本部の最上階、円卓の間に全ての騎士団長が集まっていた。
「では、その天使族の女性は人間の少年少女を連れていたと?」
粗方説明し終えると初めに口を開いたのは聖杯騎士団の団長アーサーだった。
二十代前半のまだまだ若い部類に入るアーサーは、怖い物知らずなのか自分よりも実力も年齢も上の先輩たちよりも先に発言をしてしまう事が多い。
一度や二度くらいならそこまで反感を持つ者はいないはずなのだが、わざとやっている節があるので他の団長方は面白くないのだろう。
「えぇ、少女の方は魔力の気配は神々に匹敵するほどでしたが肉体的には人間と相違ないように見えました」
アーサーに視線が集まっている中、俺はアーサーの質問に答えた。
それに伴って大半の視線がこちらに向いたが、依然アーサーを睨んでいる者が数名いる。
俺はアーサーの様な立場にならないためにも、こういう会議などでは極力言動には気負つけていた。
「そうか・・・だが、それならば今すぐ動き出すこともあるまい。警戒は必要だが我々では敵わないのは明らかだと思うが?反対の者は居るか?」
この中で最も年齢が高い清流騎士団の団長モルドが、威厳のある声で言い放つ。
「アーサー、貴殿は反対なのか?」
他の団長方が口々に賛成の意を示し、俺も賛成を口にして残りはアーサーだけとなった。
「いや、そういうわけではないのですが・・・少し思うところがありまして」
さっさと賛成すればいいのにと思いつつ、顔には出さずに事の成り行きを見守ることにする。
「ほう、ではそなたの考えを聞かせてもらおうか」
鋭く視線をアーサーに向けたモルドに、アーサーは怖気づくことなく自分の考えを口にする。
「私は侵入者は何のために結界内に入って来たのかと、それにどうやって入って来たのか調べた方が良いのではないかと思ったのです。今回の侵入者が何もしなかったとしても、創造主様の結界に侵入する術があると後々厄介な事になります」
アーサーの言い分はこの場にいるほとんどの者が考えている事と相違なく、モルドが代表して言ったはずだ『我々では敵わない』と、それなのに食い下がるアーサーにさすがの俺も辟易していた。
もしかしたらアーサーは早くこの会議を終らせたい周りの空気を読めていないのだろう。
「アーサー、正直に言うが本当にお前は私の言葉を聞いていたのか?ほとんどの者が同じことを考えていると思うが、少しは空気を読んでくれないか」
溜息交じりにモルドが告げると、周りにいたほとんどの者が同意するように深く頷いている。
「それはどういうことでしょうか?」
まさかとは思っていたが、アーサーと言う男は正真正銘の馬鹿だったようだ。
そもそも結界に侵入する方法など侵入者本人しか知ることは出来ず。その侵入者は騎士団が一致団結したとしても敵わない可能性が高い。だからモルドは動かずに警戒だけは怠らないようにと言ったにも拘らずアーサーは全然理解出来ていなかったようだ。
「まぁいい、どうせお前に何を言っても通じないだろうからな・・・今回は解散と言うことでよいな」
そう言うとモルドは席を立って扉の方へと歩いて行ってしまう。
他の騎士団長達もモルドの後を追うように会議室を後にする。
残ったのは得心行かない様子のアーサーと俺だけとなった。
「なぁ、アーサー」
座ったままアーサーに声を掛けると、アーサーはこちらに視線を向けた。
「アレス、教えてくれないか?なぜモルド殿はあのような事を仰ったのだ?」
アーサーとは特に仲良くもないが齢が近かったこともあり、何度か話したことはあった。でも、まさかこんな天然だとは思いもしなかった。
「そうだな・・・一言でいうと、お前が馬鹿だから」
思ったことを率直に言うと、アーサーはそうかと一言だけ言い受け入れてしまう。
案外素直な性格をしているらしく、アーサーは俺に反論する事なく見るからに落ち込んだ様子で会議室を後にする。
まるで俺がイジメたようで後味が悪いが、ここに居ても意味がないので俺も会議室を後にした。
会議室を出て自室への近道である中庭を囲む回廊を歩いていると、前方から煌びやかなドレスを纏ったジェナ姫がやってくるのが見え、俺は壁際へと寄り頭を下げ姫が通過するのを待った。
人類最後の国と呼ばれるアンデルドだが、王族はお気楽なものだ。
毎日のように城ではパーティーが行われ、招かれた貴族たちは自分の領地をほっといて数か月も王都に入り浸る。
数年前に創造主によって張られた結界のおかげでアンデルド内に異種族が侵略することは無くなったのだが、国内は危機的な食糧不足で毎日多くの人々が命を失っているのにも関わらず王侯貴族は少ない食料の大半を自分たちで消費しているのだ。
ジェナ姫が俺の目の前を通過し、角に消えたのを確認してから歩き出す。
現国王の愛娘で母親である王妃に似た性格をしているジェナ姫は、気に入らない者どもを次々と極刑に処している。
城に仕える者も多く処され、昨日も自分の目の前をメイドの娘が横切った事に腹を立ててその娘をドラゴンの餌にしたばかりだ。
「アレス様、こんなところにいたのですね」
自分を呼ぶ声が聞こえ視線を遣ると、シリルが山積みの書類を両手に持ちこちらに近づいてくるのが見えた。
「その書類は何だ?」
自分の背丈ほどもある山積みにされた書類を器用にバランスを取りつつ、近づいてくるシリルにそう聞くと、
「来月行われるジェナ姫の誕生日パーティーの準備に必要な装飾品や食材の発注書です。これから元老院に持っていくところなんです」
満面の笑みで答えてくれた。
「あんまり無茶はするな」
そう言ってシリルの持つ書類の上半分を俺はゆっくりと取り上げる。
「アレス様、僕一人で運べますよ?」
だから大丈夫ですとシリルは言うが、俺が
「そう言う問題じゃない。俺が手伝いたいから手伝うんだ」
と言うと、
「しょうがないですね」
と嬉しそうにシリルは言った。
今日も元老院は大忙しなのだろうと内心思いつつ、半分になった書類を持ち、俺とシリルは元老院の元へと急ぐ。
元老院にジェナ姫の誕生日パーティーの発注書を届けた帰り道、王の補佐官を務めるマルクにばったり出くわした俺たちは面倒な仕事を言い渡された。
マルクの話だと、城下町のスラムで革命軍が組織され活動を行っているという情報が入ったので偵察に行ってほしいというのだ。
騎士団の団員に言って行かせることも出来るのだが、これから予定もないのでシリルと二人で城下町へと赴く事にした。
王城を出てすぐは綺麗に舗装された通路に、手入れの行き届いた庭園が目に付く。
庭園を抜けるとそこは貴族街と呼ばれる地域で、主に城下町と呼ばれるのは貴族街を取り囲む城壁の外側だ。
城下町の南側は商店街や住宅街などが立ち並びそこまで治安が悪いとは言えないのだが、北側のほとんどはスラム街で一般人は立ち寄らない。
しかも、城下町の南側は貴族街や王城と同じように城壁に囲まれているので、北側に行く場合は検問をパスしないといけなかった。
「アレス様、本当に僕達二人だけで行くんですか?」
木製の杖を両手で持ち、シリルは俺の斜め後ろを着いて来て言う。
「今回は偵察が目的だ。騎士団を連れて行ったら宣戦布告ともとれるだろ」
あくまで今回の目的は偵察で、それ以上の事はしない。そのため、俺は騎士団の紀章が入った鎧ではなく前に城下町で買い揃えた武装をしている。
「それもそうですけど・・・万が一の場合、僕達二人だけで大丈夫なんでしょうか?アレス様が人類最強なのは重々承知ですが、スラムの住人だとしても相手は民間人です。僕はあまり傷つけたくありません」
杖を両手でギュッと握るシリル。目深にローブのフードをかぶっているせいで表情は分からないが、声音から察するに泣きそうな顔をしているのは間違いないだろう。
「俺もシリルと同じことを考えていた。だからお前と二人で行くんだよ」
シリルの頭に手を乗せ、俺は出来るだけ優しい口調で言う。
そんな俺の手を払い、シリルはフードを脱ぐと俺の目をまっすぐに見つめて、
「騎士団内には僕以上の手練れも多くいます。僕が魔法を使えるからと言う理由で連れて行くのでしたらルアンナ様を連れていけば良いではないですか?なのに何で僕なんですか?」
と言った。
「それは・・・騎士団内で俺が一番信頼しているのがお前だからだよ」
払われた手が少し痛いが、俺は正直に自分の思いを伝えた。
それを聞いたシリルは一瞬驚愕し、次の瞬間には涙を流しながら満面の笑みで頷くと、
「僕はまだまだ未熟でアレス様の足手纏いにしかなりません。でも、がんばって強くなりますから待っていてください」
と力強く宣言してくれる。
「そうだな。お前が俺を追い越す日もそう遠くは無いかもしれないな」
そう言って再びシリルの頭に手を置くが、今度は払われることは無かった。
「ちょっと、お二人さん。城門前で何をしているのかな?」
シリルの涙を持っていたハンカチで拭いてあげていると、近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声のした方に視線を遣ると腕を組んで仁王立ちをしているマルクの姿があった。
「マルク、何か用か?」
白髪で黒縁眼鏡が印象的なマルクだが、今は手に乗馬用の鞭を持っているので必然とそれに目が行ってしまう。
「アレス、シリル、仲がいいのは良いけど、人通りの多い城門前で怪しい事してんじゃねぇよ!」
組んでいた腕を解き、右手に持っている鞭を地面に向かって振り下ろしながらマルクは怒鳴る。
「お前が何でそこまで怒っているのか分からないが、怪しいことなど一切していない」
正直に言うがマルクは納得してくれない。
「はぁ?初めから話を聞いていたが、俺の脳内では身分の差に苦しみながらも愛し合う騎士団長と一般兵だったぞさっきの会話!」
何を言っているんだこいつと内心思いつつ、顔には出さない。
「お前、何か勘違いしているぞ。俺とシリルはどちらかと言うと兄と弟の様な関係性だと思が」
「アレス様の言うとおりです。決して恋仲などではありません!」
俺の言葉にシリルも賛同した。
俺とシリルの言葉を聞き、何やら思案する事数分、
「・・・そうか、まぁなんだ。こんなところで油売ってないでさっさと城下町に行け!」
自分の発言が勘違いだと気づいてくれたのか、マルクはそう言うと踵を返して城内へと入って行ってしまう。
「今のは何だったのでしょう?」
マルクの背中を見送りつつ、シリルが呟く。
「あまり気にするな。元老院の仕事が大変で疲れが溜まっているだけだと思うからな」
俺はそう言うと、城下町へと歩みを進める。
「あ、ちょっと待ってくださいよ」
慌てて着いてくるシリルの声を聞きつつ、俺は念のために賢者ルアンナの所に寄ることを決める。