人類最後の国 序章 上
全開の投稿から結構開きましたがこれからは定期的に更新するようにします・・・
次の日の朝
朝食を食べてすぐに昨日渡された魔道書を読んでいた私は、気分転換にバルコニーに来ていた。
昨日とは違い雲一つない晴天で、見下ろすと緑と青のコントラストが綺麗な下界の様子が見て取れた。
アルフの説明だとこの世界はつい最近まで崩壊の危機に瀕していたらしい。でも、フィースの力で修復したと言うことで、見る限りには平和そのものだ。
「真琴さん、魔法の勉強は捗っていますか?」
後ろから声を掛けられ、振り向くと少し離れたところにアルフが立っていた。
何時からいたのか分からないが、声を掛けられるまで気配すら感じなかった。
「まぁまぁ、ね。神聖文字を読める自分にも驚いたけど、魔法に関しての知識は元々知っていたみたいだわ」
昨日渡された魔道書はすべて、神聖文字と言う文字で書かれていた。
パッと見、初めは読めないだろうと思っていたが、魔道書を眺めていたら忘れていた記憶を思い出すような感覚と共に魔道書の内容が頭の中に浮かんで来たのだ。
「そうですか、それは不思議ですね」
フィースとアルフは何か知っているに違いないのだが、どうやら言いたくないらしい。
昨日も少し気になることがあって、私と昔会った事あるのかとフィースに聞くと、
「真琴お姉さんに会ったのはただの偶然だよ。何時もの様に異世界探索をしていたら、真琴お姉さんから強大な魔力の反応がしたから声を掛けたんだ」
冷や汗を流しながらそう言っていた。
「それで?何か私に用?」
昨日一日、二人を観察していたけど、フィースとアルフは真逆の性格をしている。
楽観的で気分屋、大した用もないのにつきまとってくるフィースに対し、アルフは用もなく私に話しかけるような人ではなかった。
「フィース様が、すぐに儀式の間に来るようにとの事です。なんでも、真琴さんに護衛獣ををつけると言うことで、儀式の準備をすでに始めています」
自分で言いに来ればいいのにと内心思いつつ、私はアルフに感謝の言葉を伝える。
「アルフは一緒に来るの?」
少し気になり去り際に聞くと、
「用があるので一緒には行けません」
と言うので、私は一人最上階にある儀式の間へと向かった。
儀式の間に着くと、部屋の中央でフィースが赤毛の少年と言い争いをしていた。傍らには純白の翼を背に生やした美しい女性が、二人の言い争いを見守っている。
「あ、真琴お姉さんやっと来た!」
部屋に足を踏み入れると、私にすぐ気づいたフィースが声を上げる。
それにつられて言い争っていた赤毛の少年と天使の女性もこちらに視線を向けた。
「早くこっちに来てよ!」
急かすフィースに従って、私はフィース達の元へと急ぐ。
天使の女性は優しげな微笑みを浮かべているのに対し、赤毛の少年は親の仇を見るかのように私の事を睨んでいる。
「ねぇ、フィース」
私を睨んでいた赤毛の少年が、唐突に声を上げる。
「ん?どうかした?」
さっきまで言い争っていた時とは違い、フィースは笑顔で返す。
「あの人が僕と契約するっていう真琴お姉さん?確かに強大な魔力は内に秘めているみたいだけど、一度も魔法を使ったことが無いでしょ?」
声変わりもしていないやや高めの少年の声、フィースより身長は低いし、真っ赤と言うよりは桜色に近い髪の毛はくせ毛で、顔立ちも可愛らしい。
こういう弟が欲しかったと内心思いつつ、私はフィース達の近くまで辿りつく。
「確かに私は一度も魔法を使ったことが無いわよ?それがどうかしたの?」
自分の事なので少年にそう声を掛けると、少年は私を一瞬睨む。
「そ、そう。じゃあ、僕は真琴お姉さんを主人だとは認めない!」
そう言ってそっぽを向く少年、初対面だが何か私がしたのかとフィースに視線を送る。
「真琴お姉さん気にしなくていいよ。ダミアンは人見知りしてるだけだから」
苦笑いを浮かべて、フィースは頭の後ろに腕をまわした。たびたびその行動を目撃しているので、癖なのだろう。
「そう?ならいいんだけど・・・」
今は明後日の方向を向いている赤毛の少年ダミアン、でもやっぱり先程の視線は気になる。人見知りだからと言う理由では片付かないはずだ。
「それより、真琴お姉さん。この二人がお姉さんの護衛獣になるダミアンとフィリアだよ」
どうやら天使の女性はフィリアと言うらしい。ダミアンは相変わらずそっぽを向いているが、フィリアは柔らかな笑みで会釈してきた。
「それで?私はどうすれば良いの?」
召喚獣契約についての知識は昨日読んだ魔道書に書いてあったのだが、念のために一応フィースへと問いかける。
「簡単さ。魔道書に書いてあった通りに契約術式を発動させて、この二人と契約してもらうだけだよ。契約が完了したら、一度地上に降りてもらうからね」
まぁ、そうだろうなとは思っていたけれど、魔道書通りにやれば大抵の魔法は使えるらしい。それより気になったのは、契約が完了したら地上に降りてもらうというフィースの言葉だった。
「ちょっと待って、地上に降りるってどう言うことよ!?まだ、魔法もまともに使えないのに!」
そうフィースに詰め寄るが、
「だからダミアンとフィリアを護衛獣につけるんだよ。今の真琴お姉さんでもぎりぎり大丈夫だと思うけど・・・それに、地上に降りてもらうと言っても修行を兼ねた社会見学をしてもらうだけだよ」
と、もっともらしい理由を返されてしまう。
そう言うことならと私は納得し、儀式の準備が整うのを待つことにした。
儀式の間の中央、準備は終わり私は昨日と同じ場所に立たされていた。
目の前には、片足を立て頭を垂れて跪いているフィリアとダミアン。少し離れた場所にフィースが立っていた。ダミアンは不服そうにしているが、フィースが服従魔法で強制的に跪かせている。
深呼吸をしてから二人の頭に手を乗せ、私は魔力を掌へ集める。
基本的に魔法は魔力を操る術の事で、魔力に様々な効果を与えるのは術者のイメージ次第らしい。魔力に自分のイメージを反映させるには相当な集中力が必要で、呪文や魔法陣などはイメージの具現化をスムーズに行うための方法に過ぎない。
要するに、魔力に自分のイメージを的確に反映させることが出来れば、どんな強力な魔法も瞬時に発動可能と言うことだ。
まぁ、昨日魔法についての知識を知った私には到底そんな芸当など出来るはずもなく、律儀に魔道書に書かれていた呪文を詠唱し始める。
この世界の音声言語は日本語との違いは無い。もしかしたら知らない内にこの世界の言葉を話している可能性も否定はできないけど、呪文に使う言葉は明らかに違う言語だった。
呪文の詠唱を終えると、掌に集めていた魔力に変化が起こった。
それまで視認できなかった魔力が光を帯び、その光が二人の体へと流れ、ダミアンは右、フィリアは左の手の甲へと収束していく。
収束した光は形を成し、ダミアンには炎を象った紋章、フィリアにはハートに翼の生えた紋章が現れる。
「契約はこれで完了だね」
その光景を見届けたフィースはそういうと、私に小さなウエストポーチを差し出してくる。
「これ何?」
ウエストポーチを受け取りつつ、無邪気な笑顔で私を見つめるフィースへと問いかける。
「安心して、それに必要な物は全部入ってるからね」
私の問いには答えずにそういうフィース。
急にどうしたのかと思っていると、
「じゃあ、行ってらっしゃい」
その言葉と共に景色が一変した。
さっきまでいた儀式の間の面影は無く、私は木々の生い茂る森の中にいた。
ダミアンとフィリアもいるようだが、二人も私同様状況が呑み込めていないようだ。
「真琴お姉さん!今すぐそこを離れて!」
どこからか聞こえて来るフィースの声、理由は分からなかったが私はダミアンとフィリアの腕を掴んで浮遊魔法で浮かしてから全速力でその場から離脱する。
元居た場所から数十メートルほど離れた時、爆発音が後方より響き土煙と共に衝撃波が私たちを襲った。
何事かと振り向くと、土煙が立ち、木々がなぎ倒され、さっきまで私たちがいた地点には大きなクレーターが出来ていた。しっかりとは見えないがクレーターの中心に人影が見える。
「真琴お姉さん、お姉さんたちが今いるのは人類最後の国『アンデルド』だよ。あれはアンデルドを守護する聖騎士団聖騎士長アレス、人類最強の戦士って言われている人で厄介だから今のうちに逃げて」
再びフィースの声が聞こえて来るが、声の出どころよりも今は身の安全が優先で私はダミアンたちを掴んだままその場から全速力で逃げ去った。
後に残されたのは大きなクレーターとその中心に立つ金髪の青年アレス、逃げ去る真琴たちの背を眺め地面に突き刺さっている剣を引き抜く。深いため息を吐き、森へと消えた真琴たちとは正反対の方向を向くと剣を鞘へと戻す。
「アレス様!」
何かを待つようにその場に立ち尽くすアレス、上空より青年に声を掛けたのは青年によく似た容姿を持つ少年だった。
傍から見れば兄弟だと間違われる二人だが、実は血縁関係は微塵もなく赤の他人だ。
「シリル、今回は何時もより早いな」
白銀のドラゴンに跨ったシリルは、アレスから少し離れた場所に着地する。
「はい、丁度訓練を始めよとしていたのですぐに出撃できました」
満面の笑みで言い、ドラゴンの背から下りてアレスの元まで近づいて行く。ドラゴンは手綱も着けられていないのに大人しくシリルの後を追う。
「それより、侵入者は何処です?もしかして殺しちゃいましたか?」
きょろきょろと周りを見渡してシリルはアレスに問う。
「いや、逃げられた」
表情も変えずにアレスは言うが、シリルの顔からは血の気下引いていき顔面蒼白になる。
「に、逃げられたって、そんなに強い相手なんですか?人類最強の戦士が敵わないような!」
興奮気味にアレスへと詰め寄るシリル。
人類最強の戦士と名高いアレスが敵わない相手が結界内に入って来たってことは、人類滅亡の危機と同義。何のために入って来たのかは分からないが、人類に対抗手段は無い。
「まぁ、大丈夫だろう。侵入者は人間の少年と少女に天使の女性だからな。危険はないと判断して追いかけなかった」
淡々と言うアレスだが、シリルは内心焦っていた。
アレス様は危険が無いというけれど、少年少女の方は良いとしても異種族が結界内に容易に侵入できるとなると大問題だ。天使がどうやって結界を壊さずに侵入したのか聞かないといけない。でも、人類最強の戦士であるアレス様と一緒だとしても二人だと効率が悪いのは確かだ。
「アレス様、一旦町へと戻りましょう。これからの事は他の騎士団長も交えてと言うことで」
「あぁ、俺もそう考えていた」
どうやらアレスもシリルと同じことを考えていたようで、シリルの提案に同調する。
「では、後ろに乗ってください」
先にドラゴンに跨ったシリル、アレスはシリルの言うとおりに後ろに跨った。
アレスが乗ったのを確認したシリルは、白銀のドラゴン『シルフィード』に思念で指示を出し、アンデルドの町へと帰還するのだった。