力を与えられて!?
異世界の扉の中は、あたり一面波打つ光の海で、私はその中を漂うように浮かんでいた。隣には、私の左腕を掴んでいる少年がいる。
「なんだか不思議な場所」
まわりを見渡し、一人呟く。すると、私の独り言が聞こえていたらしい少年が、誇らしげににこういった。
「ここは世界と世界を繋げる異世界の扉の内部、時空の穴だよ。僕が創ったんだ。すごいでしょ」
「う、うん。すごいねー・・・」
もう、何でもありなのかと思いながらもどうにか返事をする。
パチンという音が聞こえ、少年を見遣ると私の視線に気づいた少年が、
「異世界の扉を消したんだよ」
と笑顔で言った。
これで退路は断たれた訳ね。
「それじゃあ、説明したいことがたくさんあるから僕の家に行こうか」
「えぇ、そうね」
拒否権の無い私は、乗り気ではなかったが少年の提案に賛成する。
「じゃあ、行くよ」
そういうと、少年は私の腕を掴んだまますごい勢いで時空の穴の内部を進んでいく。
「ちょ、ちょっと!早すぎるわよ!」
抗議の声を上げるが、少年には聞こえていないようだ。
仕方がないので、私は戦闘機に乗っているかのような重力に耐えながら少年に身を委ねた。
時空の穴を出ると、そこはゴシック様式の豪華絢爛な部屋だった。
壁には十五世紀後半から十六世紀前半に活躍した有名な画家が描いた様な絵が飾られており、天井からはシャンデリアが下がっている。床にはいかにも高そうな絨毯が敷かれ、大きな窓の向こうには広々としたバルコニーが見える。
「ここが君の家?」
「そうだよ。客間の一室だけどね」
少年の言葉を聞きつつ、ソファに男性が座っていることに気付く。
男性は優しそうな顔立ちをした全身が真っ白の青年。
「あの人は?」
「アルフだよ。僕のお兄さん」
少年がアルフと呼んだ青年は、私と同い年くらいだろう。
言われないと気づかないが、どことなく少年と顔立ちが似ている気もする。
「お姉さん、立っているのも疲れちゃうから座ろう」
「えぇ、そうね」
私はアルフの座るソファへと歩いて行き、少年がアルフの隣に座ったのを確認して、その対面のソファに座る。
「まずは自己紹介からだね。初めに僕から」
私がソファに座ると、少年がそう言って自己紹介を始める。
「僕はフィース、この世界の創造主だよ。趣味は異世界旅行で、君の世界にも何回も行っているんだ。この家はお姉さんの世界のフランスと言う国の豪華な宮殿をイメージして造ったんだ」
「あぁ、あの宮殿ねぇ・・」
私はフィースの言葉に改めて部屋を見渡す。
教科書の写真で見たことしかないけど、もしかしたら本物もこんな豪華な造りをしているのだろう。
フィースが自己紹介を終えると、続いてアルフが自己紹介を始めた。
「私は、フィース様の兄のアルフォンスと言います。気軽にアルフと呼んでください」
「あ、はい。よろしくお願いします。私は波多野 真琴と言います」
アルフがソファから立ち上がってお辞儀をしたので、私もソファから立ち上がり自己紹介をしてからお辞儀をする。
「二人とも何してるの?」
私とアルフの行動の理由が分からないらしいフィースが、私たちを不思議な物を見る目で見ていた。
「何でもありませんよ」
アルフがソファに座り直し、言う。
「そう、それじゃあ真琴お姉さんをこの世界に呼んだ理由を今から詳しく説明するね。じゃあ、アルフお願い」
「はい、フィース様」
フィースの代わりにアルフが説明するらしく、アルフの手にはいつの間にか一冊の手帳が。
その表紙をめくり、アルフはゆっくりと語り始めた。
「今から数億年ほど昔、この世界は二柱の神によって創られました。
二柱の神々は、まず初めにこの世界の基礎を作り出し、世界の法則を定めました。
世界が形作られると二柱の神々は、この世界に住まう生物を次々と作り出していきました。そして、ある程度の生物を生み出した後、俺とフィース様を生み出したのです。
俺たちを生み出した後、二柱の神々は俺とフィース様に創造主の力を置いて行って聖域と言う場所で眠りについてしまわれました。
二柱の神々が眠りについた後、俺は創造主の力を拒みました。ですのでフィース様が創造主の力を受け継いでこの世界を管理することになりました。ですが、フィース様は勿論、俺もこの世界については何も知らないのです。その結果、世界中で戦争が起こり、この世界そのものが崩壊寸前にまで徹底的に壊れていったのです。
俺が異変を感じた時には世界の半分は崩壊しており、フィース様の力を使ってどうにか持ち直すことは出来ました。ですが、管理する存在が居なくなったことによってこの世界に住む生物のほとんどは様々な理由から戦争を今なお続けています。
真琴さんにはこの世界に住む知的生命体を和解させて、世界の崩壊を食い止めてほしいのです」
長々と昔話?神話?を話し終えたアルフ。
話が壮大過ぎて私は驚くことしかできないが、フィースが私をこの世界に呼んだ理由が大体はわかった。
「でも、和解させるってどうすれば良いの?私、魔法とか使えない普通の人間なんだけど―――」
「大丈夫、僕の力の一部を真琴お姉さんにあげるから、その力を使ってこの世界を救って!!お願い!!」
私の言葉を遮ってフィースが懇願してくる。
私は必至な形相のフィースの申し出を無下にできる訳もなく、少し躊躇いつつも世界を救う事を了承した。
「・・・分かったわ」
「じゃあ、今から力の譲渡の儀式を行うから最上階にある儀式の間に場所を移そう」
あからさまにご機嫌になるフィース。
世界を救う事を了承してから気が付いたけど、私じゃなくても誰でもよかったんじゃないの?
そんな事を思いつつ、客間を出ていくフィースとアルフの後に私は着いて行く。
「あの宮殿にエレベーターなんてあったっけ?」
私は今、エレベーターに乗って最上階に向かっていた。私の独り言に反応する人は一人もいなく、フィースもアルフも無言だ。
最上階に着いても二人は一言も発することは無く、儀式の間の扉と思われる華美な装飾が施された両開きの大きな扉の前に着いた。
「真琴お姉さん、ここが儀式の間だよ」
「儀式の間?」
その名の通り、儀式を行う部屋だという事は推測できた。でも、どんな部屋のなのか想像もつかない。
「入ってみれば分かるよ」
フィースはそういうと、扉に片手で触れた。すると、フィースの触れた箇所から魔法陣が浮かび上がり音もなくゆっくりと扉が開いていく。
儀式の間の内部は、ドーム状の天井から壁一面がガラス張りで床は薄らと光っている。家具は何もなく、部屋の四隅にクリスタルの像が置かれているだけだ。
「綺麗・・・」
私は部屋を一通り見渡した後、感嘆の声を上げる。
客間に比べると豪華さでは負けるが、ガラスの向こう側には真っ青な空に無数の星が煌めいている。
「ねぇ、フィース。この世界では昼間に星が見えるの?」
例え、元の世界ではありえない事でもこの世界では普通の事かもしれない。だから一応訊いてみる。
「ここから見える星空は僕の力で映し出しているだけだよ」
フィースの返事を聞いて私は納得する。
「それより、そろそろ力の譲渡の儀式をしてもいい?」
「えぇ、良いわ。私は何をすればいいの?」
「部屋の中心に歩いて行って、目印があるからそこに立ってればいいよ」
私はフィースが言ったとおりに部屋の中心へと歩いていく。中心部に着くと五芒星が地面に掘られているのが見え、私はその上に立った。
私が五芒星の上に立ったのを見届けてから、フィースがしゃがんで床に両手を着けた。そして、呪文を唱え始める。すると、フィースの体が淡く光り、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。頭上にも地面と同じ形の魔法陣が浮かんでおり、それがゆっくりと小さくなっていく。そして、私の体と同じくらいになると高速回転しつつゆっくりと降りて来た。
「ちょ、ちょっと!?これ大丈夫なの?」
私は少し怖くなってきて二人に確認を取る。
「大丈夫ですよ」
柔らかな笑みで返事をしたのはアルフだった。
フィースは構わず儀式を続けていて微動だにもしない。
高速回転している魔法陣が私の体に達すると、体中に温かい物が流れ込んでくる。なんだか懐かしい感覚が――――
「これで儀式は終わりだよ」
どの位の時間がたったのか分からないが、私はフィースの声で自分が意識を失っていたことに気づく。
体には何の異常もない。儀式は上手く行ったのか、私には分からない。
「何も変わってないように思うのは私だけ?」
不安になり訊いてみる。
「力の譲渡は正常に行われました。変わってないように思うのは、元に戻っただけですから」
私の問いに対して、アルフが意味不明な返答をしてきた。
「元に戻った?どういうことなの?」
「なんでもないよ。それより、力の使い方を勉強しないとね」
私の疑問にアルフは答えず、フィースが話をそらした。
二人が何かを隠していることはすぐに分かったが、それが何なのか分からないし、無理に聞こうとも思わなかった。
「そうね、与えられた力を使えなければ宝の持ち腐れだものね」
フィースに連れられて、私たちは今度はバルコニーにやって来ていた。
バルコニーから見える景色は、広大な雲海。
どうやらこの屋敷は空中に浮かんでいるようだ。
「はぁ、もう驚きすぎて感想が尽きたわ」
私は独り言ちつつ、魔道書を持ってくるというアルフの帰りを待っていた。
「真琴お姉さん、どう?この家、気に入った?」
フィースは棒付きキャンディーを口に咥えつつ、景色を眺めている私に話しかけてくる。
「えぇ、気に入ったわ。教科書に載っている何処かの王族が建てた豪華な宮殿より素晴らしいわ。まぁ、その宮殿を実際に見たことが無いから比較の使用もないけれどね」
私の返答に何がそんなにおかしいのか、フィースが腹を抱えて笑いだす。
「ちょっと、バカにしてるでしょ?」
「そ、そん、な事は、なぁあははははは」
笑いこけているフィースを初めて見たはずだが、なぜだか既視感を覚える。
何だろう?前にもこんな事があったような・・・・
「真琴さん、魔道書をお持ちしました」
どこで見たのか思い出そうとしていると、いつの間にか戻って来ていたのかアルフが私の近くの床に大量の本を置いた。
「え・・・これ、全部?」
私は何かの間違いかと思い、アルフに確認を取る。だが、アルフは私の期待を裏切り、笑顔でこう言った。
「はい、全部です。後、まだ五十冊はありますから」
私の呆けた顔をみたフィースがさらに大爆笑しだす。私はそれを聞きながら、これから起こるであろう苦行を想像してため息を吐いた。