第五話 話
後ろに居るエウィルから、なんとも言えない雰囲気を感じ取る。
こんなこと、今までなかった事だ。
そう思い。
軽く振り返る。
こうして見えたエウィルの表情は、無表情。
……いつも通りの顔だな。
気のせいか?
だが、こんなこと今まで一度もなかったことだ。
つまり、それほどまでに動揺する何かがあるという事。
「……エウィル。どうした」
足を止めず。
正面を向いたまま、声を掛ける。
「……………………隊長。隊長であれば、同じ手で、同じ紙、違う文の手紙をもらったとして、どう考えますか」
こいつは、いきなり何を言い始めたんだ?
同じ手で同じ紙。
そして、違う文……ね。
まったく。
まぁ。
これで考えられることは、恋文か。
上からの命令。
だが。
上からの命令であれば、俺と違い。
常に特定の居場所に居るこいつには必要ない物だ。
何より、上層部が俺以外に手紙を出すなど、ありえないことだしな。
まぁ、なんだ。
基本。
薄っぺらい威厳を振りかざしたいがため、俺たち下っ端は呼びつけられるんだ。
めんどくさいことこの上ない。
と、まぁそんな感じでサボってたら、机の上に手紙が置かれ。
重要なことが描かれたモノはエウィルが管理し、俺に直接手渡す。
そんな事が常になった。
てことで。
上からの命令の手紙ではないだろう。
ということは。
「恋文か……?」
立ち止まり、首をひねって問う。
エウィルは俺が立ち止まったと同時に止まり、短く返事を返す。
…………他を当たれ。
俺はそう言う面倒事には疎いんだ。
「何に迷う?」
「……『飼い猫が逃げ出そうとしているようで不安なため、見ていてほしい』という物と、『逃がしたほうが良いのだろうか?』『逃がしてあげたい』、『猫が何を考えているのか解らない、殺してしまおうか』、『家を改装しようと思うが、何かないか』などです」
しばしの間の後。
淡々と語ったエウィル。
「その飼い主を一度たたっ切ってこい。そうすればすぐに解決する」
「少々暴力的な表現ですが、そうですね。考えておきます」
冗談のつもりの言葉に、淡々と頷くエウィル。
その様子に寒気がした。
「…………冗談だ。本気にとるな……」
言って思い出した。
こいつは冗談が通じないということを……。
あぁ。
頭が痛くなってきた。
もうこいつの相手は辞めよう。
そして。
『もう二度とこの手の冗談は言うまい』
とは考えるんだがな。
ついうっかり、言葉にしてしまう。
少しは自重しねぇとな……。
軽く反省し、歩き始めたとき。
脚に軽い衝撃があった。
「きゃっ!」
小さな悲鳴と共に地面にひっくり返り。
慌てて顔を上げ、立ち上がった。
金の髪に緑の瞳を持ち、変わった服を着た幼い少女。
その少女は、両手を前にして頭を下げた。
「ごめんなさい!!」
張り上げるような幼い声。
俺はその少女と目線を合わせるべく、ひざまずき。
少女の頭を撫でる。
その際、エウィルが珍しく眉を寄せた。
「怪我は無いか……?」
「え……? ぅん」
少女はおどろい顔で数回瞬きをした後。
小首を傾げ、頷いた。
「そうか、それは良かった。背中の砂を落とそう」
「え?」
「砂がついてしまっている」
「ぁ、はい……」
少女は困惑気に頷き、後ろを向く。
その際。
一つの紐で縛っただけの、長い髪から砂が落ちた。
……これは。
一度結いなおした方がよさそうだ…………。
そう考えつつ、背中についた砂を払う。
「一度髪を梳くが、良いか?」
「? いっぱい?」
「あぁ。それを落とすために、一度解くぞ?」
「ん」
少女の了解を得て髪をまとめている紐を解き、手櫛ですいて砂を落とし、再び結びなおす。
「もう良いぞ」
声をかけると、少女は首をひねって自分の背中を見て、微笑んだ。
「ありがとう、おじちゃん!」
「いや。気にするな」
「バイバイ!!」
そう言って少女は一瞬きょとんとしたが、また笑って手を振り。
踵を返して走り去った。
「隊長。何子供に跪いているんです」
「幼子を威圧する気はない」
そう言いつつ立ち上がり、歩き始める。
後ろではエウィルが無言でついて来るのが分かった。