私ヤンデレルートなんで、お願いだから攻略しないで下さい。
※虐待を連想される描写があります。
※ありがちな転生ものです。
私を見てくれる人は誰もいない。
私を心から愛してくれる人は誰もいない。
私なんか死んじゃえばいいんだ。
みんな死んじゃえばいいんだ。
なんで私は生きてるの?
なんでみんな生きてるの?
殺して。殺したい。殺して。殺す。殺して。殺したい。殺して。殺す。コロシテ。コロシタイ。コロシテ。コロス。
「あんたなんか死ねばいいのよ」
美しい母が嗤う。
紅い口唇が吐く言葉。
白くて細い手足。
それを力いっぱい、私に振り下ろす。
「死ね」ドスッ
「私の男に色目をつかいやがって」ドスッ
「きたねぇんだよ」ドスッ
「死ね」ドスッ
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ドスッドスッドスッドスッドスッ
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
おかあさん、ごめんなさい。
「ひっ」息を強く吸って、私は目覚めた。
またアノ夢を見た。夜寝るたびに見る夢だ。
心臓が激しく動き、呼吸が荒くなっている。
私は起き上がり、深呼吸をして、自身を落ち着かせた。
しばらくすると、立ち上がり、部屋にあるバスルームに行く。
全身が汗で湿っていて気持ち悪いからだ。
シャワーを浴びたら、身体にタオルを巻きつけて、長い髪の毛を乾かす。
そして真新しい制服を手に取り、それを着る。
制服のネクタイを手に取り、私は固まった。
ネクタイが結べないことに今、気づいたのだ。
私はため息をついて、黒縁の眼鏡をかけて、部屋に飾ってある時計を見る。
7時30分。
おそらく、奴は起きているだろう。
部屋から出て、隣の部屋のドアをノックする。「はい」と聞こえたので、部屋に入る。
制服を着た目つきの悪い奴が、睨んできた。
「お、おはよう。朝からごめんね」
私がそう言うと、奴は眉をしかめた。
「何の用だよ」
不機嫌そうに言う奴に、私は気分が沈む。
「ネクタイが結べないことに気づいて・・・。結び方教えてくれないかな?」
呆れ顔になった奴はため息をついて、近づいてきて私の手からネクタイを奪う。
「髪の毛ジャマ」
「ああ、ごめんなさい」私は慌てて、手で髪を後頭部らへんでまとめる。
奴は、私の制服のシャツの襟を持ち上げて、スルスルとネクタイを巻く。
私は、奴の顔が赤いのが気になった。
熱だろうか?大丈夫かな。
・・・それにしても、また身長が伸びている。
出会った当初は、私より身長が低かったのに今は抜かされた。
奴は、名を鷲尾春紀という。
血のつながりはない、私の義理の弟である。
施設にいた私を、彼の両親が引き取り、養子にしたのだ。姉になった私を彼は気に食わないらしい。
「なに見てんだよ」
気がついたら、奴はますます頬を赤くして、私を睨んでいた。
そしてネクタイは結び終わっている。
しまった、結び方を見ていなかった。
「ありがとう」そう私が言うと、奴はふいっと私から顔を背けた。
そんなに嫌いなのか。
私は、ますます気分が沈んだ。
朝食を食べて、車に乗る。
外の景色を見ながら、私は自分の長い髪の毛を三つ編みにする。
もうすぐ入学する高校に着く。
「ここでおろしてください」
私がそう言うと、運転手は、緩やかに減速し停車をする。
私は運転手にお礼を言い、車からおりる。
桜並木。
真新しい制服に身を包まれた子たちが、同じ方向へ歩いていくのを眺めながら、私をゆっくりと歩く。
校門についた。
校門には、「私立 十色学園」と書かれてある。
桜がひらひらと舞っている。
それを見た瞬間、私ーーー鷲尾藍の頭に、ある男の声が響いた。
『藍たん!藍たん!藍たん!藍たぁぁぁああああああああああああああああああああああん!!!
ちゅきちゅき藍たぁぁぁぁん!藍たんの髪をクンカクンカペロペロしたいお!ハァハァハァ!
藍たぁぁぁぁあああああああん!』
『お兄ちゃん、またゲーム?うるさいよ・・・』
『妹よ!邪魔をするのではない!兄者は今、藍たんを愛でておるのだ!ああ!藍たぁぁあああん!そんな顔しないでぇええ!ちゅきだよぉおお!』
ああ・・・。
なんてことだ。
思い出してしまった。
それと同時に校門の前で、意識を失った。
私には、それはそれは恥ずかしい兄がいた。
恥ずかしくて友達に紹介できないぐらいの兄だ。
見た目は普通なのだが、中身が非常に恥ずかしい人間だ。
何が恥ずかしいかというと、兄はオタクだったからだ。
いや、私はオタクが恥ずかしいと言っているわけではない。
オタクの中でも色んなオタクがいると思う。
良いオタク、悪いオタク、隠れオタク、廃人オタク・・・。
兄は、害のあるオタクだった。
エロゲー大好きな兄は、18歳以下の私にそれを隠すことがなかった。
常にオープンだった。
兄は基本部屋に籠っているが、子どもには聞かせちゃいけない単語を叫びまくる。
隣の部屋である私にはもちろん聞こえる。
しかし、そんな兄を誰も止めなかった。
いや、止めることは出来なかった。
両親は共働きで家にはいないし、私が止めようにも聞こうとしない。
こんな兄が恥ずかしくないわけがない。
恥ずかしいに決まってるのだ。
私と会ったら、好きなエロゲーについて語ってくる。
私には非常に迷惑だったが、それが兄流の妹とのコミュニケーションみたいだった。
兄の話の中にはよく『藍』というエロゲーの攻略キャラが登場した。
そんなに可愛いの?と何気なく聞いたら、兄に『藍』の良さを小1時間くらい聞かされた。それに加えて、『藍』の良さを知るには実際にゲームをしたほうがいい!と言われて、無理やりそのエロゲーをさせられた。
そのエロゲーの名前は『十人十色』といった。
どんな内容かというと、主人公の男が私立十色学園に入学して、美少女達を攻略していくというものだ。
攻略キャラは8人いて、それに加え、隠しキャラが2人いる。
その隠しキャラの1人が『藍』である。
その『藍』のルートをクリアさせられるまで、兄の部屋に軟禁された。
兄の監視兼解説付きで。
『藍たんはね、愛されたいだけなんだよ。小さい頃にあんなことがあったからね・・・。人間不信だから、攻略が大変なんだよ。時間かけて大切にしてあげるんだ。そうしたら藍たんが究極の愛を注いでくれるんだ!うぁぁぁあああああ藍たぁあああああああん!泣かないで藍たぁあああああん!藍たんとのプレイはピーでピーなんだよ!ピーをピーしたら、ご褒美にピーしてくれるんだよハァハァハァハァ!ああ、藍たんとピーしたいお!藍たぁあああああああん!』
「や・・・いや!やめて、やめて!イヤァァァァァ!」
「藍!藍!」
誰かに体を揺すれて、私は目を開いた。
「ん・・・?」
「大丈夫か?うなされていたぞ」
目の前には、義理の弟の春樹がいた。
「なんであなたが・・・?」
私がそういうと春樹の顔が不機嫌そうに歪む。
「お前が倒れたって聞いたから迎えにきたんだよ」
「それはありがとう・・・。学校は大丈夫なの?」
「大丈夫だから来てるんだよ。ったく、うるせぇな。だまれ。帰るぞ。ほら、早く乗れ」
春樹がそう言い、しゃがみこんで背中を見せた。
どうやら背負ってくれるらしい。
恥ずかしいが、これ以上何か言うと、春樹の機嫌が悪くなるのは目に見えているので、起きあがって、春樹の背中にしがみついた。
春樹が立ち上がり、歩き始める。
わたしは、春樹の背中に顔をうずめながら、先ほどの見ていた夢を思い出していた。
間違いない。
あれは私の前世だ。
うろ覚えだが、学校の帰りに事故に遭った記憶がある。そこで死んでしまったんだろう。
しかし思い出したことと言えば。
兄がオタクで、『藍』というキャラクターを好きだったこと。
その『藍』というキャラクターは隠しキャラでヤンデレの攻略対象だということ。
それだけだ。
どんな風に主人公が関われば、『藍』の好感度がアップして、ヤンデレ化するのかは、全く覚えていなかった。
私は、その『藍』に生まれ変わってしまったのだ。
最悪だ。
私は、ため息をついて、顔を春樹の背中にグリグリと押しつけた。
春樹は「何してんだよ」とむすっとした声を出した。
家に帰って、一晩中考えた。
私は病みたくない。
普通の女の子になりたい。
そう思った。
そのためには、どうしたらいいのか。
私は考えてみた。
それで出た結論は、なんの解決策でもないものだった。
その結論とは、「現実のヤンデレを体験したい男なんていないはずだ」というものだ。
主人公の男が、私と同じ前世の過去をもつものだと、私を避けるだろう。もし、前世の過去をもたないものでも、こんな隠しキャラには眼中には入れないはずだ。
だから、私は普通に生活をすればいい。
こう考えたのだ。
そんな甘い考えだった過去の私を殴りたい。
私は図書室で、眼鏡を奪われて、無理やりキスされていた。
主人公の男がどんな男なのか分からない私は、ノーマークだった男に襲われていた。
中肉中背・温厚篤実そうな、同じ図書委員の“ まさき”という男子生徒だ。
一緒に本の整理をしていた時だ。
いきなり、本棚に身体を押し付けられて、唇を奪われた。
抵抗できないように手首を掴まれて、お互いの身体をピタリとつけて、執拗にキスをされる。
気がついたら、私の太ももの間に、彼の左膝が割り込んでいて、そのせいでスカートがめくれて太ももが露わになっている。
貞操の危機を感じた。
しかし、彼は何をするわけでもなく、執拗にキスを繰り返すだけだった。
どのくらいたったのだろうか。
チラリと時計を見ると、1時間はキスをしている。
やるしかない。
私は彼の舌を軽く噛んだ。
口内に鉄の味が広がる。
彼は私の噛んだ舌で、私の口唇をペロリと舐めて、キスを終わらせた。
彼は微笑み、私の耳元で呟いた。
「僕が、君を愛してあげる。だから、君も・・・」
最後まで言わずに、彼はその場から去って行った。
誰も私を愛してくれなかった。
お母さんも、他のみんなも。
だけど、彼は?
“まさき”は愛してくれるの?
こんな私を愛してくれるの?
本当に?本当に?本当に?
騙されちゃダメ、からかっているのかも。
彼の愛を、私は確かめなくちゃ。
ねぇ、まさき?
もし嘘だったら・・・
私、何するか分からないよ?
私は、自分の口唇を指で撫でた。
指には彼の血が付いていた。
その血をペロリと舐めた。
それは、ひどく甘く感じて、私は笑った。
・・・じゃねえよ!
あ、あぶねー!
危ない思考にのまれそうだった!
けど、セーフ!セーフだよ!
てか、何、攻略されてるんだよ!私のバカバカバカ!
そして、何攻略してんだよ!まさきって奴!
あんな奴、死んじまえ!
馬にひかれて、死んじまえ!
けど、どうせ死んでしまうなら、私が殺したいなぁ。
私が殺そうかなぁ。
ああ、けどまだ殺すのはもったいないから、愛を確かめてからにしようかなー。
どうしようかなぁ。
っっって、ちがーう!!!
また危ない思考にのまれそうだった!!
油断ならないわーっ!
私は普通の女の子。
私は普通の女の子。
私は普通の女の子。
私は、そう自分に暗示をかけた。
ちょっと油断をすると、危ない思考にのまれそうだったので、必死に頭の中で、羊の数を数えて、帰宅した。
途中で羊を惨殺しているイメージが頭に浮かんだが、きっと気のせいだ。気のせいなんだ。
夕食後に、春樹の部屋にお邪魔をすることにした。
「なにしにきたんだよ」
むすっとした顔で春樹が言う。
「ちょっと、お話ししたいなぁって思って」
「なんの話だよ」
「あ、あのね。煩悩を振り払うにはどうしたらいいのかな」
「はぁ!?ぼ、煩悩?」
「そう、煩悩」
欲があるから病むのだ。つまり、欲を無くせば良い。しかし無くし方が分からない。
「お前のいう煩悩ってのは、どんなやつなんだよ。色んな欲があるだろ」
「え、あ、えっと・・・人には大きな声で言えないやつ」
私、ヤンデレなんです、とは春樹には言えないので、そう誤魔化した。
「な、なんだよ。言えないやつって!俺に分かるわけないだろ!」
何故か、春樹は顔を真っ赤にする。
「そ、そうだよね。ごめん。じゃあ、おやすみ」
私はとぼとぼと自室に帰った。
私は普通の女の子。
私は普通の女の子。
そう心の中でつぶやきながら、私は寝た。
毎晩の見る悪夢は、見なかった。
そのかわりに、いつもと違う夢だ。
まさきが私の目の前にいる。
私を見つめて、口を開く。
『僕が、君を愛してあげる。だから、君も・・・』
まさきはそこで言葉を切った。
かわりに、私が口を開く。
『私も、あなたを愛してあげるよ』
まさきは嬉しそうに微笑んだ。
私も微笑み返した。
そんな、平凡な夢。
さぁ、私は一体どうなるのか。
それは神様しか知らないのだろう。
ただ、私はお祈りをすることぐらいしかできない。
お願いします、これ以上私を攻略しないで下さい!