愛しているなら、愛してよ!
紗希はいつものようにフェンス越しに野球部の部活風景を眺めていた。同じユニフォームに同じ帽子。なのに、どうして彼を見つけられるのだろうといつも自分自身に驚く。
彼はきっと自分を見つけられないのに。
ふと、空を見上げた。少し前までは明るかったこの時間もすっかり暗くなっている。
「ありがとうございました!!」
野太い声が重なって聞こえた。その声を合図に紗希はフェンスに背を向け、ゆっくり歩き出した。
「はじめくん、お疲れ様」
10分ほど経てば、いつものように制服に着替えた野球部員たちが校門を通る。そして、紗希はその一人に軽く手を振った。
「ああ」
紗希の言葉にそっけなく返すはじめ。それが付き合ったばかりの頃は寂しかったが、もう慣れてしまった。笑顔を絶やすことなく、紗希は続ける。
「じゃあ、帰ろうか」
「おぅ」
はじめは小さく頷き、紗希の隣に並んだ。
「ねぇ、今度の日曜日って部活休みだよね?」
「ああ」
「あのさ…どこかに行かない?」
「紗希…ごめん。自主練がある」
「あ、やっぱ、そう…だよね。ごめん」
「いや…」
「じゃあさ、その自主練、見に行ってもいい?」
「来てもつまらないと思うし、構ってやれないし、…それに集中したいから」
「…」
「ごめん」
謝るはじめに紗希は慌てて首を横に振った。
「ううん。前にも同じこと言われたのに、何度も同じこと聞いて私の方こそごめんね」
「…いや、別に」
「えっと…あのさ。…先輩たち卒業したけど、どう?順調?」
話題を変えるように、明るい口調で聞く。はじめは分かりやすく安堵の息を吐いた。
「まあまあ、だと思う」
「そっか。甲子園行けるといいね」
「とりあえず少しでも多く勝てるよう頑張るよ」
「うん。応援してるからね」
そう言って紗希は笑った。そして思う。笑顔を作るのが上手くなったなと。
けれどきっとはじめはそんなこと気づいてくれない。こっちを見てはくれないのだから。
はじめの視線に入るには、入るように自分が動かなくてはならない。彼からこちらを見てくれることはないのだ。
それが当たり前だった。けれど、それで「恋人」と呼べるのだろうか。
「別れてやる」
何度目かになる言葉が、紗希の口から出た。横で聞いていた貴子が呆れたように息を吐く。
「はい、はい」
「ちょっと、貴ちゃん!しっかり聞いてよ!」
「聞いてるよ?別れるんでしょう?滝沢はじめと。でも、それ何回目?付き合って3か月で10回は聞かされたと思うけど。結局何も言えないくせに。ってか、そもそも本当に付き合ってるんだよね?」
「……付き合ってるもん」
「即答できないところが弱いよね」
再び呆れるように言う貴子を紗希は睨むように見た。
「そんな目で見ても怖くないし。だって、滝沢と付き合って3か月なのに、手すら握ってないんでしょ?しかも、遊びに行ったことすらない。それって付き合ってるって言えるの?」
「それは…しょうがないじゃん。野球部のエースなんだもん。部活に必死なんだもん。たまに部活が休みの日だって自主練してるし。そんな暇ないの」
「うちの高校の野球部、弱いけど」
「弱くても関係ないんだって。頑張ってるの!3年生が引退して、はじめくんたちが一番上になって、だから責任もさらに上がったの!しょうがないの!!」
「ふ~ん」
「で、でも!『好きです、付き合ってください』って言って、頷いてもらったもん。付き合ってるよ!」
「ま、紗希がそれでいいならいいけどさ。じゃあ、なんで別れるわけ?」
「…だってこれじゃあ、付き合ってるなんて言えないもん」
自分の発言に矛盾があることはわかっている。けれど、それが本心だった。
友達に「本当に付き合っているの?」と聞かれる数は多い。それに対して、紗希は全力で否定したかった。付き合っていないわけではない。自分の告白にはじめは頷いてくれたのだ。けれど、それだけだった。
メールはほとんど返ってこない。疲れているなと思うから電話もできない。もちろん、はじめがかけてくることはない。遊びにも行かない。ただ、学校で会って、話して、野球部の練習が終わったら一緒に帰るだけ。それで付き合っていると胸を張って言えるのかと言えば、答えは、否。ただの仲のいい友達の域を出ていない。
「遊びたいって言ってみれば?」
「…言ったよ。でも、部活で忙しいんだって。部活がない日は自主練なんだって。その自主練も集中したいから見に行ったらダメなんだって」
「…」
「いいんだもん。頑張っているところが好きだから」
声が小さくなるのがわかる。それに合わせるように貴子の声も励ますように優しくなった。
「でもずっと自主練してるわけでもないんでしょう?終わったら遊べばいいじゃん」
「…疲れてるし、そんなこと言えないよ」
「……ねぇ、本当に別れたら?」
「え?」
顔を上げて貴子を見る。心配そうな表情。なんだか苦しくなった。
「全部あいつの都合じゃん。それに合わせてそんな寂しそうな顔してまで付き合う必要があるの?紗希はかわいいんだからすぐに彼氏なんてできるよ」
「…」
「付き合ってるなら、相手だって紗希に合わせなくちゃいけないんじゃないの?そうしてやっと『付き合ってる』って言えるんじゃないの?」
「……うん」
貴子の言葉は正しかった。そして、「別れる」と先に言ったのは自分。
けれど、紗希はなぜか必死ではじめをフォローする言葉を探していた。でも、探せば探すほど何もないことに気づいてしまう。
唯一一緒の下校時ですら、話すのはもっぱら紗希だ。はじめは時々相槌を打ち、返事を返すだけ。その一緒の下校も紗希が無理を言ってようやく成り立っている。
多いわけではないが、紗希を好きだと言ってくれる人もいる。そんな人を好きになれば、きっと自分は寂しい想いもしなくていいし、無理に笑顔を作る必要もないのだろう。必死で興味がない野球のルールを覚える必要もないし、来ないメールを待つこともない。
そして、相手の気持ちを疑い苦しくなることもないのだ。
「…別れるも何も、たぶん……一緒に帰ろうって私が待ってなかったら、勝手に終わると思う」
ただの事実だった。それを口にした途端、涙が出そうになり、紗希は慌てて堪える。
そんな紗希を貴子は黙って抱きしめた。
そのぬくもりが暖かくて、紗希は小さく声を出して泣いた。
「紗希、合コン行こう」
「…え?」
埋めていた顔をそっと上げる。突然の言葉に涙が止まった。
「男はあいつだけじゃないんだよ?だから、合コン行ってもっといい人見つけよう!」
貴子は決して冗談とは言えないほど真剣な顔をしていた。けれど紗希は小さく首を振る。
「でも、私、一応はじめくんと付き合ってるし」
「だって、滝沢ばっかりわがまま言っててずるいじゃん!そんなのフェアじゃないよ。紗希だってわがままの一つや二つ言っていいはずだよ」
「でも…」
「でもじゃない!新しい彼氏作れとまで言わないからさ、たまには滝沢のこと忘れて楽しもうよ、ね?」
貴子の言葉に、紗希の心は揺れた。
「…たまにはいいかな?」
「いいよ!よしっ!!決定。イケメン集めるからさ。だから、紗希、土曜日空けておいて」
「土曜って明日の?」
「善は急げ、だよ。他校の友だちに言ってすぐに集めてもらうから」
「…わかった。貴ちゃん、ありがとうね」
「かわいい紗希のためですから」
その言葉に紗希は笑った。つられるように貴子も笑う。
貴子が言うように、思いっきり楽しんでやろうと紗希は思った。
いつもと同じように薄暗い帰り道をはじめと一緒に歩いていた。それがいつもより緊張するのは、合コンへ行く計画があるからだろうか。
やましいことはないつもりだ。ただ少し、はじめのことを忘れ楽しむだけ。けれど、どうしても罪悪感を抱いてしまう。
「あのね、はじめくん」
だから、紗希は口を開いた。「やきもちを妬いてほしい」そんな思いもどこかにあったのかもしれない。
「何?」
「明日なんだけど、はじめくん部活でしょう?」
「うん」
「私ね、貴ちゃんに誘われて、その…合コンに行ってこようかなって思ってるの」
「…」
「合コンって言うか、遊びに行くのに男の子もいるってだけだと思うんだけど。浮気とかじゃないから…」
「行くなよ」
紗希の言葉を遮るように発せられたその声は小さく、しかしそれでも紗希の耳にしっかり入った。
期待はしていた。けれど聞けるとは思っていなかったその言葉に紗希の胸は大きく鳴る。
「付き合っているやつがいるのに合コンに行くのは浮気だと思う。俺、今は部活が忙しいけど、部活が終わればちゃんとお前のこと見れるようになるから」
まっすぐ見つめてくるはじめに紗希は苦しさを感じた。きっと今の言葉ははじめのやさしさだったのだろう。
けれど、紗希は思ってしまった。『じゃあ、今は、私を見てくれていないの?』と。
部活が終わるようになるまでには、あと一年もの時間が必要だ。その間、彼はずっと自分を見ない気なのだろうか。それなのに、行動を縛ろうとするのか。
付き合っているのに合コンにいくのはダメなのに、付き合っているのにその人のことを見ないのはいいというのだろうか。
紗希ははじめの目を見つめた。堪えなければならない、そう思うのに、口が勝手に動く。
それは静かな声だった。けれど、だからこそ、紗希の心を表現していた。
「部活が終わったら私のこと見てくれるんだね。でもさ、部活が終わるまであと一年近くあるんだよ。その間ずっと見てくれないの?私はそれを待たなきゃいけないの?」
「…」
「たとえそれを待ったとしても、次には受験があるよ?はじめくんは受験に集中したいって言うでしょう?それも待つの?受験が終わってもきっといろいろある。ねぇ、私はそれも待たなきゃいけないの?そのたびに我慢しなきゃいけないの?はじめくんの何かが終わるまで、いつも待って。また新しいことが始まったら、それが終わるのを待つの?…そんな都合のいい人に見えた?」
「紗希…」
「ごめんね。違うの」
涙が一筋頬を流れた。それを拭うことなく紗希ははじめに背を向け、走った。
はじめが全力で追いかけてくればすぐに捕まってしまう。けれど、紗希にはわかっていた。はじめが追いかけてこないことを。
息が切れた。苦しくなって足を止める。無意識に後ろを見ていた。
知っていた筈なのに、それでも、はじめの姿がないことがたまらなく悲しかった。
暖かい陽射しの中、紗希は一つため息をつき家を出た。今日は、ファミレスに集合しカラオケに行くという予定になっている。3対3の合コンで、もう一人の女の子も貴子が集めてくれたようだ。
紗希は歩きながら、場所と集合時間が書かれたメールを開いた。
『イケメン集めたからね!』という貴子の言葉に、紗希は邪念を振り払うように首を振る。はじめのことを忘れ楽しむと決めたのだ。だから、昨日の言い争いも、追いかけてくれなかったことも忘れようと念じるように思う。けれど、頭は勝手に昨日の出来事を再生し、涙は勝手に出てこようとした。紗希は、足を止めぎゅっと目を瞑る。息を吐き、再び歩き出した。
時間に遅れたわけではなかったが、紗希が到着したころには、もうすでに全員集まっていた。慌てて貴子の隣に座りながら軽く頭を下げる。
「遅くなってごめんなさい」
「いいよ。俺たちが少し早かっただけだから」
「気にしないで」
「ありがとう」
「じゃあ、全員集まったことだし、自己紹介からしちゃおうか。じゃあ、俺からね…」
そう言って順に自己紹介をする3人は貴子が言うように、端正な顔立ちをしていた。
「紗希ちゃん」
「え?あ、何?」
名前を呼ばれ、紗希はそちらを向いた。そして一瞬どきっとする。どことなく顔立ちがはじめに似ているような気がしたのだ。たしか浜崎渉と名乗っていただろうか。少し長く伸ばした髪を茶色く染め、服もおしゃれだった。髪を短く切りそろえただけのはじめとは大違い。それでもどこかはじめに似ていた。
「紗希ちゃんって、何部に入ってるの?なんか足速そうだけど、運動部?」
「ううん。美術部。運動苦手なんだ」
「なんか運動得意そうだけど。な?」
「美術部ってことは絵が上手いの?」
「そんなことないよ」
「何言ってるの、紗希。紗希ね、めちゃくちゃ絵書くのうまいよ。この前なんかの賞とったよね?」
「マジで?すごいじゃん。いいな。俺めちゃくちゃ下手なんだよ」
「そうそう。本当にこいつ下手なんだ。紗希ちゃん今度、渉に教えてやってよ。こいつ美術の成績いっつも2だから」
「なんだよ。1じゃないだけましだろ」
「あんまり下手だから不憫で1にできないんだろ」
「いや、それは…。ありえそうで嫌だな」
その言葉に紗希は小さくふき、つられて皆も笑いだした。渉はむくれるような、それでいてしてやったりというような表情を浮かべている。
ふと渉を見た。紗希と目が合うと渉はにっこりと笑った。
表情に出していたつもりはなかったが、紗希が楽しくなさそうに見えたのだろう。だからこそ、紗希を笑わせようとしてくれたのだ。そう思うと紗希は純粋にうれしかった。
そして、大違いだと思った。どことなく雰囲気がはじめに似てはいるが、渉は場を盛り上げる術を知っている。それに比べ、はじめはいつももただ聞き役に徹しているだけだ。
紗希に質問してくれることもなければ、紗希の表情を読み取ろうとしてくれることもない。
素敵だなと思った。けれど、どうしても紗希の頭ははじめを思い浮かべてしまう。こんなにも素敵な人がいるのに、それでも、想うのはただまっすぐに部活に集中しているはじめの姿なのだ。
「紗希、どうかした?」
「…貴ちゃん、ごめんね」
「え?」
「あの!お客様?」
少しだけ声を張ったような店員の声。紗希は何事かと首を動かす。貴子もつられるように後ろを向いた。
「紗希、あれって…」
入り口付近で店員を無視し、辺りを見渡す人物がいた。店員が困ったような表情を浮かべている。それでもかまわずその人は誰かを探すように頭を忙しなく動かしていた。
「…はじめくん」
「え?あれ、紗希ちゃんたちの知り合い」
「まあ、知り合いっていうか…。紗希、どうする?」
「…」
目が合った。そう思った瞬間、怒ったような表情を浮かべ、はじめがこちらに向かってきた。
秋も深くなっている季節だというのに、はじめの額には汗がにじんでいる。息も切れていた。
探し回ったのだろうか、自分を。そう考えながら、隣に立ったはじめを見上げるように見つめた。
途端に腕を掴まれ、椅子から立たされた。隠すように抱えられる。
「…こいつ返してもらう」
「え?」
突然のことで驚いている紗希をよそに、はじめは放つようにそう言った。
「俺のだから」
その言葉だけを残し、紗希の腕を掴んだままファミレスを出ていく。
驚きながらその後ろ姿を見送った貴子の視界の端に千円札が映った。手に取れば2枚ある。
それを持ち上げ、2人が出ていった入り口を見つめた。
「わかりずらい愛だね」
小さく笑い、仕切り直しとばかりパチンと手を叩く。ぽかんとしている目の前の彼達にまずは状況説明をと貴子は咳払いを一つした。
手を引かれたまましばらく歩き続ける。はじめは歩いているのに、紗希は軽く走るようになった。二人の間には十数センチ身長差がある。けれど紗希は今まで、はじめに合わせて歩みを速めたことはなかった。
合わせてもらっていた。そう気づいて泣きそうになる。言葉も行動も何もなかった。けれど、見てくれていた。そう思った。
太陽はちょうど頭の上にある。本来ならこの時間、はじめはグラウンドにいるはずだ。グラウンドで白い球を投げていなければおかしい。それなのに、ここにいて、紗希の手を握っていた。
「はじめくん!」
今回の行動の意味が知りたくて、ごめんと謝りたくて彼の名前を呼ぶ。
「…」
「ねぇ、はじめくんってば!」
「…何?」
「何じゃないよ!ねぇ、止まって」
「…」
「お願い。ちゃんと話したい」
紗希の言葉に、はじめは手を離し、歩みを緩めた。大通りから外れたためか、通行人の姿はまばらである。ゆっくり止まるとはじめは振り返った。
けれど、紗希を見ることなく地面を見つめた。ぎゅっと拳を握る。
「はじめくん、今の時間部活だよね?大丈夫なの?」
「…大丈夫じゃない。理由も言わず休むとだけ伝えただけだから、明日からボール触らせてもらえないかもしれない」
「……それでも、探しに来てくれたの?場所、伝えてなかったのに?」
「合コンって大体カラオケかファミレスだって聞いて、カラオケじゃあ探せないからとりあえずファミレスを回ってみた」
「…うん」
「全然いなくて、土曜だからか人も多くて…全然見つからなくて」
「うん」
「もし見つけ出しても、何言えばいいのかわからなかったし、やっぱ部活も気になったけど、でも、他の誰かと一緒に笑ってる紗希を想像したら、走り出してた」
「…ごめんね」
謝る紗希にはじめは首を振る。
「ごめんは俺だ。甘えててごめん。…俺、正直、付き合うってよくわかんなくて、部活してる方がずっと楽だった。紗希は俺にいっぱい話してくれるけど、俺は紗希を喜ばせるようなこと言えないし」
「…」
「でも、紗希に告白されて、野球をしているところが好きだっていてもらえて、嬉しかったんだ。あの時は紗希のことをどう思っているか自分でもよくわかんなかったけど、ここで断ったら紗希は他の人を見るんだろうかって思ったら、頷いてた。…紗希を誰にも渡したくないと思った」
「…うん」
「一緒にいて、たわいもない話で紗希が笑ってくれて、俺は、『ああ、この人が好きなんだ』って思えた。でも、そう思っても、どうすればいいかわからなくて、紗希がどのくらい受け入れてくれるかもわかんなくて、怖くて、だから余計に部活に集中した。部活さえ必死にやっていれば紗希はずっと俺を見ててくれるってそう思ったから」
必死で走っている姿が好きだった。汗を流して、泥だらけになって、それでも楽しそうにボールを追う姿が好きだった。
その姿を一番近くで見ていられたらいい。紗希はそう思っていた。けれど、それだけでは足らなかった。気持ちを受け入れてもらったら、相手からも気持ちが欲しくなった。
「付き合う」と形を手に入れたことで、どんどん欲張りになっていった。
「好きだって言ってもらいたかったの。手を繋ぎたかった。もっと近くに行きたかった。告白した時は、隣にいられたらいいって思ってたのに」
「…ああ」
「でも、不安だったの。だって告白したのは私で、話しかけるのも私で、だから…はじめくんは私のことどう思っているんだろうって。『付き合う』ことがただ形だけだったらどうしようって」
「…うん」
「はじめくんは私を見てくれていないって思ったの。部活が一番で、私の事なんてどうでもいいんだって思ったの」
「不安にさせてごめん。臆病だった。ちゃんと気持ちを伝えたかったのに、…変わってくのが怖かったんだ。どう変わっていけばいいかもわからなかった。でも、俺も足りない。『付き合う』だけじゃ足りないんだ」
そう言うとはじめは一歩前に出た。大切なものを包むように紗希を抱きしめる。
紗希もはじめの背に腕を回した。
「好きだよ」
「…うん」
「紗希が好きだ」
「うん」
「『お疲れ様』って笑ってくれると疲れが取れた。『帰ろう』って言われると嬉しかった。紗希がグラウンドを見ていてくれるときは、いつも以上に頑張れた。…紗希がいるから頑張れるんだ」
「うん。…うん」
「紗希」
名前を呼ばれ、紗希は顔を上げた。
「何?」
「明日、自主練するつもりなんだけど…付き合ってくれないか?」
はじめの言葉に、紗希は一瞬目を丸くし、そして大きく頷いた。
「お弁当持っていくね」
泣くのを堪えそう笑った。嬉しくてたまらなかった。
はじめの顔がゆっくり近づいてくる。それを感じ、紗希は静かに目を閉じた。
変わるのが怖い。それはみんな同じだ。
けれど、変わらなければ、何も始まらない。触れあうこともできなければ、もっと好きになることもできないのだ。
だから、愛しているのなら、愛せばいい。
ゆっくり離れていくはじめの顔を見ながら紗希は思った。
初めてのキスは、幸せの味がしたな、と。
いかがでしたでしょうか?終わりはあんな感じで大丈夫でしょうか??
感想や評価をいただけたら幸いです。
これからも書いていきますので、よろしくお願いします!!!




