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 元聖女は、混乱の渦中に居た。

 聖女として、勇者と呼ばれる遠征隊に参加していた彼女は、てっきり死んだと思っていたはずの自分の意識があることに疑問を覚えた。

 しかも記憶の中で最期に自分が居た場所と目覚めた自分がいる場所は全く違うものだった。記憶がハッキリとしていたからこそその事実に首を捻った。

 そして更にとんでもない変化として、自分の肉体から肉が綺麗サッパリなくなり、全身が骨の自分とその周囲に記憶にある限りの自分の持ち物だけがあった。ちなみにこの当時はまだ手足の骨まできちんと揃っていた。

 困惑しつつも薄暗い、遺跡のような洞窟のような場所から這い出た彼女を待っていたのは、生前と同じように自分を襲ってくる魔族達だった。いや、今も一応生きてはいるのかもしれないからその表現で会っているのかどうか微妙だけれど。

 魔族は魔族同士でもその身を食い合う。人間側からすれば魔族と大きく分類され、その中でもまた様々な種類に分けられており、狼系や猪系など姿形によって大別される。その系統ごとに群れを形成する種族も少なくないし、自分の種族以外を餌と見る魔族が多い。

 全身が骨の彼女は特に狼系の魔族によく襲われた。その都度その骨を奪われながらも元いた場所を離れ、現状の把握と誰かに助けを乞うために移動を開始。

 時には人間と遭遇することもあった。が、冒険者らしき人たちからは攻撃を受けてその骨を減らし、人間の村に声が出せないため”助けて”と文字を彫った石を携えて近づいてみれば、その文字は見られること無く石ごと投石に破壊され、武器を持って追い払おうとする人々から骨を減らしながらも命からがら逃げ出し。

 各地を転々としつつ、目覚めから半年近く経過したつい先日に辿り着いたこの森で、また狼系の魔族に残り少ない骨を集団で奪われ。

 とうに服も持ち物も失い、残すは頭蓋骨と、必死に守っていた大事なアクセサリーのみとなり。

 虚ろな眼窩から見える世界には、彼女の味方などどこにも居なかった。


(どうしてこんなことに……)


 骨になってからは聖職者として神の力を行使することもできなくなり、もはや噛み付きと頭突きしかできなくなった彼女は、己の境遇を嘆いていた。

 歴史上神に最も愛されたというその身はその力を失い、それどころか肉の身体まで失い、更には何やら本体らしき頭蓋骨以外の骨まで失った。

 神にも見放されたのだという後ろ向きな気持ちがむくむくと成長したのを自覚し、なんかもうどうでもいいやと投げやりな気持ちになって、木漏れ日の日光浴をして久方ぶりに太陽の恵みを感じて、自分に纏わりつく鳥達を眺めてそのささくれだった気持ちを癒していた、ちょうどその時。

 すぐ近くの物音に気づいて、すわ骨が好物の魔族かとその方向に空っぽの目を向けた時、そこに佇む少女と目があった。

 さんざん自分を餌にしてきた魔族もそうだが、彼女は人間とのコンタクトも何度も失敗して骨を散らしている。その経緯もあって人間との遭遇も若干トラウマになっていた。

 そのため彼女は自分を見つめてくる翡翠の瞳を、その仄暗い空虚な眼窩で見つめ返すことしか出来ない。

 予期していなかった突然の事態に、彼女は動けない。思考さえも働かない。


――――元聖女は、混乱の渦中に居た。






 眼球対眼窩の睨み合いによる硬直の末、先に我に返ったのはシンシアだった。

 足を踏み出したままの状態で隙だらけだった自分の体勢を思い出し、慌てて踏み出していた方の足を引っ込める。

 そのまま全身の関節を寛げ、不測の事態にも即座に対応できるように構えてから、彼女はあの髑髏についての考えを巡らせてみた。


(ア、不死族(アンデッド)……、……だよね……?)


 それが何やら自信なさ気なのは、やはり先ほどまでの光景を見ていたからだろうか。

 シンシアの視点では、ほんのついさっきまではあの髑髏の周辺で鳥達が戯れ、そこに木漏れ日が降り注いでいて、それはそれは平和的な光景だったのだ。……その中心が頭蓋骨ではあったけれど。

 アンデッドといえば、死者の亡骸や怨念などに何らかの要因で魔族を魔族足らしめる核である魔晶が宿り魔族化したもので、基本的に知能など無く本能のみで、また常に空腹状態に近いとされており、周囲の生物や死骸を手当たり次第に捕食するという存在だったはず。骨のみの魔族だって何らかの方法で口に入れて噛み砕いたものを食事としていたはず。

 それがあんな、眼窩から鳥の顔がひょっこり出ていたり、口の中に入って隠れて身体を休めていたり。食われてもおかしくない状況にいた鳥達が何ら害されること無く、元気に慌てて飛び立っていったのだ。

 アンデットも上級魔族まで行けば肉体を得て知能も感情も宿るらしいけれど、流石に頭蓋骨のみだったら知能なんて備えていないはず。本能に従って鳥達を捕食していたはずだ。いや、そもそも鳥に接近されたかどうかすら怪しい。

 それはシンシアだけが思うことではなく、魔族についてある程度の知識があれば誰しもが思うこと。

 そのためシンシアは、アレがアンデッドではなくてただの骨で、むしろさっき動いたのが何らかの偶然によって引き起こされた奇跡的な何かなのではないのかという錯覚さえ覚えている。

 しかしそんな思いも、再び動き出した髑髏によって掻き消される。

 シンシアのことを呆然と見つめていたように見えた髑髏は、その身に魔力を滾らせてふわりと浮かび上がり、シンシアの方へとふよふよと緩慢な動きで近づいてきた。


「うわっ、こっち来た!?」


 驚きの声を上げたシンシアは右手に持っていたナイフを、後ろ越しにくくりつけていた草刈り用の鎌に持ち替え、それを正面に構えた。

 鳥には手を出さなかったのに人間は食おうとするのか、グルメな骸骨め! と、何やら若干ずれた思考をしながら、宙に浮いている骸骨をキツい表情で睨む。

 それ以上近づいたらこの鎌脳天にぶっ刺してやるという気概満々で隙無く構えるシンシアの姿に、髑髏は空中でピタリと動きを止めた。 

 それは決してシンシアの間合いにはいらないためのものではなく。


(し、失敗した……!)


 その行動が適切ではなかったと理解したがためのもの。元聖女こと髑髏は自分の行動を悔いていた。

 久しぶりにあった人間におっかなびっくり近づいてみたら、思いっきり警戒されてしまった。

 だがしかし、ここで諦める訳にはいかない。

 髑髏は既に満身創痍。いや、全身ボロボロどころか首から下がない状態。ひどく弱々しい彼女は、この期を逃すとそう長くは生きられないのだと気合を入れる。

 とりあえず首を左右にブンブン振り、害意がないことを必死でアピールしてみた。


「怖っ!?」


 しかしその気合が空回ってしまった。シンシアはそれを見てビクリと体を震わせて叫ぶ。

 その光景を見せつけられたシンシアとしては、突如髑髏が宙に浮いたまま左右にガクガクと首を振り始めたのだ。怖くもなろう。

 この森にはアンデッドは住んでいない。過去に別の場所で遭遇したことはあれども普段はあまり接点がなく、それ故に免疫もあまり強くない存在の奇行にシンシアは実はタジタジだった。

 怖いからもう殺っちゃっていいかな、とちょっぴり危険な思考とともに攻撃の予備動作としてシンシアは鎌を振り上げる。ココから飛び込めばすぐにでも仕留められる。

 それを見て髑髏は更に焦る。戦意が無いことをどうにかして示すために、彼女は自分が怯えているのだと伝えることにした。

 そのための行動は、ゆっくりと後退しつつ全身を震わせ歯をガチガチと鳴らすという、気弱な小動物チックな動作。

 しかし、宙に浮く髑髏という不気味な見た目が悪かった。彼女はその点を考慮に入れずに実行し、結果。


「めっちゃ威嚇されてるぅ!?」


 シンシアの足が思わず一歩下がり、接近するのを躊躇った。彼女の声は困惑の色が強い。

 シンシアからして見れば、首を降っていた髑髏がその動きをピタリと止め、かと思えば突如小刻みに揺れながら歯をカタカタと鳴らしてきたのだ。

 ゆっくりと後ろに下がってはいるけれど、それでもその光景が不気味なことには変わりない。


(何これどうしよう、さっさと殺っちゃったほうがいいんだろうけど、何かすごく近寄りがたい……!)


 内心ちょっとビビるシンシアは、表情を引き締めてゴクリと唾を飲み込む。

 焦りから髑髏の目論見は半分失敗、戦意満々に思われてしまった。けれどその代わりにシンシアの攻撃を止めさせることには一応成功した。

 とは言え止まった理由は髑髏が不気味すぎて近寄りたくないと思ったからなのだけれど、結果だけを見て首の皮一枚――皮とかそういうのはもう無いけど――で繋がったことに興奮してその事実に気づかない。

 髑髏はここからなんとか活路を見出そうと思考を巡らせる。武器を構えられたとはいえ、まだ実際には何もされていない上にせっかく自分に興味を持つ人間と遭遇出来たのだ。

 幾度もの失敗を繰り返したためちょっと怖いけれど、それでもこれを逃せばどうせ自分はすぐ死ぬのだ、と挫けそうな心を再び奮起。

 そして彼女は失敗の記憶の中から思い出す。自分の気持ちを伝えるための方法を、ずっと練習してきたではないかと。


(この方法で、今度こそ、今度こそ……!)


 髑髏の眼下に仄暗い希望の光が宿った、ような気がした。

 髑髏は後ろから刺されるのを恐れて、視界に少女が常に映っているようにしながら、スーッと後ろに距離をとる。

 シンシアはシンシアで、奇妙な行動を繰り返す髑髏に困惑しながらも興味を持っていた。もともと錬金術士は新たなものを生み出す未知の探求者、好奇心が人一倍強い。


「な、何なの……?」


 眉根を寄せるシンシアが見守る中、髑髏は地面に落ちていた石を歯で器用に挟んで拾い、ほぼ常にシンシアを見つめながら近くの木へと移動する。

 そしてシンシアの頭の位置と同じ高さの幹へと石の尖った部分を突き立て、髑髏全体を動かしながら文字を彫っていく。

 それは以前何度も伝えられなかった言葉。それでもいつかは誰かに伝えるため、骨が減ってもちゃんと書けるようにずっと練習してきた言葉。

 髑髏は自分が樹の幹に彫った文字を見て、コレならば問題なく読めると誇らしげに1度頷く。

 そしてこの文字を自分の行動を見守っていた少女に見てもらうために、少女の方へと髑髏の正面を向けてカチカチ、カチカチと2回ずつ一定のペースで繰り返し歯を打ち鳴らす。


(お願い、来て! 気づいて!!)


 必死の思いが込められた髑髏の行動。シンシアはその思いには気づかなかったけれど、自分が呼ばれているのはなんとなく理解できた。

 なんだかんだでシンシアは1度も攻撃をされていないし、木を削っていた石も自分に飛ばされるわけでもなく、もう用済みとばかりに地面に落ちている。

 本来であれば知性など欠片もないはずの、どう見ても弱そうなアンデッド。なのに何らかの感情と意思の込められたその行動に、シンシアの探究心と好奇心が強烈に刺激された。あの髑髏はどんな存在で、一体自分に何を見せたいのだろうか、と。

 一応襲われても対処できるように鎌だけは右手にしっかりと握って、強張った表情で1歩、また1歩と髑髏とその傍の木へと近づく。髑髏が木へと頭を打ち付け続けるという奇行に走っても、若干引き気味ではあるけれどその歩みを止めない。

 当の髑髏はというと、近づいてきてくれた少女を見て内心で拍手喝采の大興奮。相手にどう思われるかを憚ること無く、ただただ自分が文字を彫った位置を頭突きでアピールし続ける。

 そして遂にシンシアが木の傍にたどり着くと、髑髏は興奮を押し殺して動きを止め、宙に浮いたままその行動をじっと見守る。

 髑髏が必死にアピールしていた場所へと顔を近づけるシンシア。そこにあったものを視認し、彼女の表情が驚愕に染まる。

 震える左手を持ち上げ、手触りでもそれが確かにあるものだと認識し、呆然とそこに彫られた文字を呟く。


「……、……助けて……?」


 ゆるゆると、顔ごとその見開かれた目を向けたその先で。

 こちらを見つめる髑髏が、シンシアのつぶやいた言葉を肯定するかのように、その歯を1度、力強く打ち鳴らした。

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