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 木々が青々と茂る森の奥深く。辺り一面が背が高く幹の太い樹木に覆われ、地面ではその根や背の低い植物が疎らに降り注ぐ木洩れ日に照らされている。

 そんな深い森の中に、小鳥のさえずりや葉ずれの音に紛れるようにして、人の足音が静かに響く。

 時折バサリと邪魔な蔓や枝を手に持ったナイフで切り落としながら進むその足取りは、平とは言い難い地面に反して非常に軽快。

 慣れた様子で歩みを止めること無く、たまに周囲に目を配りつつも真っ直ぐ歩く人影は、腰のベルトに幾つもの麻袋を括りつけ、大きな木編みの籠を背負った少女のものだった。

 クリーム色の長いズボンに白い布のベルト、落ち葉を踏み分ける足には焦げ茶色のブーツ。上半身は白と緑を基調とし、袖や裾には刺繍があしらわれたゆったりとしたローブ。留め具が付いている前の部分の胸から上あたりはくつろげており、そこから黒いインナーと、銀色に輝く首飾りの上部分だけがちょこっと見えている。

 肩より少し長いくらいの少し癖っけのある金色の髪がフワフワと揺れ、顔立ちは少し大きめの翡翠色の目、小さめですっとした鼻、桜色の薄めの唇に細めの輪郭、柔らかそうな頬。

 どれをとっても大きいや薄いではなくて大きめや薄め、と言うパッと映える顔立ちには今ひとつな表現をせざるをえないけれど、まぁ全部が全部そうなのである意味いい感じにまとまっているので、顔の造形は整っている方に分類される。

 年の頃は17を迎えてまだあまり間もない。表情や仕草に幼さの僅かに残る少女が、たった一人でこんな森の深くで何をしているのかというと。

 背中の籠いっぱいの木の実、腰に括りつけられたパンパンの麻袋。麻袋は草が入っているものがほとんどだけれど、動物の毛皮と獣の牙っぽいものが袋の口から微妙にこんにちはしているものが一つづつある。

 彼女はこれらのものをこの森で集めて持って帰るためにここまで来たのだ。ここにあるものは、例外をのぞいて全て彼女の手によって魔力の篭った何らかの道具へと姿を変える。

 複数の物と物を組み合わせて、効果の増幅や全く別の効果を持った物を生み出す事ができる。単なる混ぜあわせの調合とは違い、魔力を伴った錬成を行う。

 魔力を使い新たなものを生み出す、創造と探求の使徒。少女ことシンシア・ヴェルドールは錬金術士なのである。

 ちなみに例外は背中の籠の中身である。最も重量のあるそれは単なる食用に採取された。


(えーっと、確かレコの草の群生地で、まだ採取していない場所へはアッチにまっすぐ行けば良かったはず……)


 シンシアは記憶を頼りに自身の目的地へとまっすぐに淀みなく歩いていく。

 彼女の求めるレコの草という植物は、そのままだと素肌に触った後洗わずに少しの間放置するとかぶれてしまうような肌への刺激の強いものだが、錬金術士たる彼女によって適切な錬成をされると、お肌がプルプルツヤツヤになる効能の良い化粧水へと変貌を遂げるのだ。

 シンシア本人も愛用者だけれど、彼女以外にも村の女性達からの需要が尋常では無く。しかしレコの草は森の深い部分にしか生えておらず採取に手間がかかる。

 しかも毎年夏になると毒々しい紫の葉を瑞々しく広げるレコの草は、秋口に小さな花を咲かせてからは徐々に生命力を失い、冬が到来する前には種を地面にポツリと落として枯れてしまう。

 花が咲いてしまうと葉の成分も少し変異して化粧水用には使えなくなるので、夏の終わりが近づいてきたこの時期に、また夏が訪れるまで在庫が持つように多めに確保しておきたいのだ。


(群生地って言っても刈りすぎると来年採れなくなるし、っていうか種は種で使い道があるし。そう考えるともう1箇所くらい行かなくちゃならなくなるかも)


 夏の終わりが近いと言っても、季節はまだ夏。

 気温が下がってきた上に、ここはあまり陽の光を通さない森の中。だけどやはり暑いものは暑いので、足場の良くない場所の超距離移動は体力的につらいものがある。

 だけどシンシアの表情に疲労の色は未だに見えない。背中や腰に荷物があるのにこれなのだから、筋力や体力はしっかりと付いているらしい。

 見た感じは平均的な体型の、出るとこはそこそこ出ていて、引っ込むところはまぁまぁ引っ込んでいるシンシア。細くなりきれないのは筋肉のせいだという自覚が彼女にはあった。

 まぁ筋肉も大事なものだもの。錬金術士たるもの、自分で使う材料は出来る限り自分の力で集めるものであり、そのためには体力作りとかは重要なのだ、と私が師事した錬金術のお師匠様も言っていたもの。

 でもお師匠様の元での修行を終えた後、他の人から錬金術士は基本的に素材の採取は他人に頼むものだと聞いて愕然としたけど。

 多少の騙された感はあれども、プラスになることもあるし。脚線美とか。こ、子供の相手とか。うん。

 油断すると自分の師匠への恨み事に頭を支配されそうになったシンシアは、その至高を振り払うかのごとくそれまで以上のペースで進んでいく。

 この分だと、急がなくても夕方までには村に帰れるはずだ。レコの草の採取が1箇所で終われば、の話だけれど。


(最近は魔族を見かける頻度が多くなってるし、暗くなってくるとちょっと危ないなぁ)


 夜だと視界が悪くなる。この森に住む魔族は基本夜目か鼻が利くので、夜中に遭遇すると人間側が不利なのだ。

 それに夜の森は方向感覚も狂わせる。いくら慣れ親しんだ場所だからといって、暗くなって周囲の状況が把握できなくなれば迷う可能性も出てくる。

 このままスムーズに進めるとも限らない。魔族と遭遇すればそれだけ時間もロスするし、シンシアも鍛えてあるとはいえ体力を消耗するのだ。

 状況によっては、数が足りなくても1箇所だけの採取で済ませたほうがいいのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、周囲を警戒しながら進んでいたシンシアの視界に、何やら不思議な光景が映った。


「……、……ん?」


 訝しげに思い、シンシアはそちらの方へと足を向けてみた。この距離だと遠くてよく見えない。

 時間を無駄にしている暇はないと頭のなかでは分かっているのだけれど、なんとなくそこに引きつけられるようにして足が向いてしまったのだ。

 距離が縮まるに連れ、視界を遮るものも減り姿も大きく見えてくる。

 そしてその姿を正確に認識したシンシアは、驚愕に目を見開いき、半開きの口からポツリと声を漏らした。


「……人間の、頭蓋骨?」


 小さな小さなつぶやきは森の奏でる音に消えたが、眼の前に映る光景は幻ではなく、じっと見ていてもその姿は健在だった。

 そこには確かに人間の頭蓋骨と思われる白い物体がちょこんと置いてあった。彼女の位置からはその側面が見えており、木漏れ日が差し込む場所で日光浴をしているかのように、髑髏は無様に転がるのではなく頭を上にして安定していた。

 そして頭の上や眼窩や口の中で鳥達が戯れ、羽を休めている。そこが人間の頭部が白骨化したものであることを除けば、随分と長閑な光景だった。

 でも、とシンシアは思う。果たしてここ最近この辺りに人が訪れただろうか。

 数週間前にもここは通ったし、その時にはあんな物はなかった。誰かがここで死んだのだとしたら、ここにその髑髏が、髑髏だけがあるのは不自然。

 白骨化するほど時間が経過したというのはあり得ない。魔族に食べられたとしても、死骸はこんなところじゃなくて巣の中にあるだろうし、そもそもこの森には骨を好む魔族も居るから残っているのはおかしい。

 何処かからつい最近運ばれてきたのだろうか、と首をひねった時、丁度目の位置が変わったおかげで反射光が目に入り、髑髏の口の中にキラリと光る何かがあることに気づいた。

 装飾品の類だろうか。だとしたら身元がわかるかも、と調べるために更に近づいていくシンシア。


 しかし、彼女の足元が一際大きく音を建てた瞬間。

 動くはずのない髑髏が、足元の落ち葉を引きずりながらぐるりと向きを変え。

 急な動きに驚いた鳥達が、鳴き声と羽ばたきの音を残して飛び去っていった。


 まさかの事態に驚き、その場に立ち尽くしたままじっと髑髏を見つめるシンシア。

 髑髏もまた、瞳の入っていない眼窩をシンシアの方へと向け、先ほどまでと同じように停止している。

 錬金術士と髑髏。その2者の邂逅は、沈黙の中暫くの間見つめ合うことから始まった。

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