神暦3020年。
世界各地で魔族と呼ばれる存在が徐々にその活動を活発化させた。
魔族とは、その肉体の何処かに魔晶と呼ばれる核が含まれている存在の総称であり、非常に好戦的で獰猛なモノが多い。
そんな存在に対して人間は、時には糧としつつ、また時には逆に糧とされつつ。2つの存在の勢力は均衡を保っていた。
しかしその年から、少しずつ、少しずつ各地にある人々の住まう土地から魔族に依る被害が増えてきていた。
最初は末端の小さな村。次いで地域間を繋げる街道などにも出没し始める。最初のうちは追い払えていたが徐々に増えて力も増す魔族に、そのうち耐え切れなくなる村もあった。
ある村は激化する襲撃に耐えかねて村人が去り、ある村はその暇さえも与えられずに滅ぼされ。魔族はその進行の勢いを増していった。
神暦3025年。
各地から舞い込む被害報告の数々に、とうとう当時世界で最も勢いのあった神聖国が本格的な対策を開始した。
水面下での調査の結果、数百年から数千年単位のサイクルで出没すると言われている”魔王”と呼ばれる魔族の長の存在。それに依るものであると断定。
都市部にまでまれに出没する魔族たちへの対応は、その頃までの専守防衛から、遠征に依る積極的な討伐が加えられた。
しかし魔王に対抗することのできるのは、世界各国に存在する教会の本部を媒介に、神暦以前より伝えられてきた術式による”神の加護”を与えられた6人のみという事実が判明。
神聖国は、歴史上この世で神に最も愛された存在であるとされる当代の聖女を中心とし、6人の少数精鋭に依る討伐隊を編成することを決定。各地より選りすぐりの精鋭を揃え、神聖国の首都である聖都に存在する協会本部へと招集した。
事前に各地へと分散させていた他の討伐隊、各町村や都市部を守る守備隊や自警団、また世界各国へと援護を要請し6人の動きをサポートさせた。
度重なる魔族の攻撃に心身共に疲弊しきっていた人々は、現状を打開できる討伐隊の登場にその心の曇りを晴らせた。
神聖国は神の加護を受けた6人による討伐隊を”勇者”と呼称し、御伽噺の英雄の名を与えられた存在に人々の期待は更に高まった。
きっといつか、勇者様が何とかしてくれる。神聖国の目論見通り、その名の響きに魅せられた人々は、疲れきった心と体を奮起させ、生きるためにあがき続けた。
加護を受けた勇者達は準備を終え次第聖都を発ち、各地を転々とし魔族を討伐しつつ、その長である魔王の居場所を捜索し続けた。
そして、神暦3028年。
遂に、魔王が討たれたという報告が世界各国へと入れられた。
そのことと前後して魔族の勢いが明らかに衰えていたため、この報告が事実であると断定。
各国はすぐさま自国領全てにそのことを知らせる。暗黒の時代の終わりを告げるその知らせに、人々は咽び泣いた。
やがて勇者達が人里へと姿を表したという報告も入ると、すぐさま迎えを手配。各国と打ち合わせし、各地での凱旋パレードの実施を決定。
大々的に彼らを祭り上げ、被害を受けた各地の復興のための心の糧とするべく、勇者には戦士としてでなく、偶像としてのあり方も求めた。
その目論見は概ね正解だった。実際に自身の目の前に姿を表した英雄の姿に人々の心は沸き立ったが、同時に困惑も生まれていた。
聖都でも、他の国々でも。
勇者として民衆へとその姿を見せたのは5人しかおらず。
この世で最も神に愛された聖女の姿だけが、そこにはなかった。