浅井優衣と言う女性
「政府の関係者ですね?」
大森は出遅れたと言う表情でたずねた。
「いえ。今、占拠されている研究所の関係者と言うことでしたが」
研究所の者たちが来た。やはり、この事件と浅井優衣が深く関わっている。
しかし、警察でもなんでもない研究所の者たちが、何のために?
その意外な答えに、大森たちは顔を見合わせている。
「で、その者達は何を?」
「優衣ちゃんの事を根ほり葉ほりと」
亮二はそこで、言葉を一度止め、大森たちを見つめながら、言葉を続けた。
「優衣ちゃんの事とあの事件と何か関係があるのですか?」
大森たちも、話を聞くには持っている情報を出さない訳にはいかない。
「ここだけの話ですが、あの研究所を占拠している犯人たちは浅井優衣と言う娘を探しているようです。
ですが、ここにはそんな名の女性はいませんよね?」
「優衣ちゃんはすでに亡くなって18年ほどになりますので。
ですが、どうして、いまさら」
浅井優衣。それが、この家と関係ある人物だと確認できた事に、大森は両手の拳を一度強くぎゅっと握りしめた。しかし、亡くなっているのなら、あの研究所の暴徒たちはそれを知らない事になる。
亮二も暴徒たちが浅井優衣と言う女性を探している理由に心当たりは無さそうである。亮二に心当たりが無いなら、この答えを目の前の亮二から引き出す事は期待薄である。少なくても、優衣と言う人物の情報だけは知っておきたい。
大森の率直な心境である。
「それを知りたくて、ここに来させていただいたのですが。
心当たりはなさそうですね。
では、まずは優衣さんの事をお教えいただけませんでしょうか?」
「分かりました」
亮二は快よく答えた。
「優衣ちゃんは私の兄 雅弘の一人娘だったんですが、二十歳の時だったと思いますが、事故に遭いまして、そのまま亡くなってしまいました。
最愛の一人娘を突然亡くしてしまった兄夫婦の落胆は大きかったものです。
そして、その後を追うように兄夫婦も車で事故を起こしてしまい、帰らぬ人になってしまいました」
「そうでしたか。
今のお話には出てきませんでしたが、その優衣さんはあの研究所と何かかかわりがあったのですか?」
「特に無いと思うのですが、あの研究所の事は詳しくは分かりません。
兄が大半の資金を出資しているのは確かなのですが、途中から政府の管理下になっていて、私などはあそこの事は一切把握していません」
政府管理下。その言葉に大森たちが力強く頷きあう。
「あそこで、何が行われているかも、ご存じではないのですか?」
大森が身を乗り出して、亮二にたずねる。
「申し訳ありません。
さきほど、申し上げましたとおり、あそこの事は兄は知っていたでしょうが、私にはまったく」
そこまで言って、亮二は何かを思い出した顔をして、手をポンと叩いた。
「占拠された研究所ではなく、近くにある新薬を研究しているはずの研究所の所長の奈良岡に兄が遺産の一部を譲っていますよ」
「どう言うことですか?」
「病院に運ばれたときにはまだ兄は意識がありましてね。奈良岡を呼び出して、あの子のために使って欲しいと言って、奈良岡にかなりの金額を預けたんです。」
「あの子?」
「ええ。確かに兄はそう言いました。奈良岡も意味が分かっているようでしたが、我々には何のことだか。
その事に関し、奈良岡に聞いてみた事があるのですが、何も教えてくれませんでした。
私共としましては不満もありましたが、本人の遺志でしたので、そのまま奈良岡に渡しております」
「そうでしたか。
我々の方でも、何か分かればお伝えしましょう。
ありがとうございました」
大森たちは立ち上がり始めた。亮二も立ち上がる。
「あっ!」
大森が、何か思い出したような声を上げる。
「その優衣さんの写真を拝見することはできませんでしょうか?」
大森が立った状態で、亮二を見つめながら言う。
「いいですよ。
ちょっと、お待ちください」
そう言って、亮二は大森たちを残して、部屋を出て行った。
戻ってきた亮二の手には何枚かのスナップ写真が握られていた。
「どうぞ」
亮二が大森たちに優衣の写真を渡した。
「この子ですか」
そう言いながら、写真を変えながら、優衣と言う女性の姿を確認している。
二十歳の晴れ着姿。
大学入学の頃だろうか?
中学生?
もう満足した大森がそのまま写真を束ねようとした時、大森が声を上げた。
「あれ?」
そう言って、手を止め、制服姿の優衣の姿の写真をもう一度取り出し、じっと見つめる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。何も」
大森は慌てて写真を亮二に返した。