不完全なヒューマノイド
「厄介なクローンたちがいなくなったところで、君たちと話がしたい」
少女たちが階段に姿を消すと、田中が俺の父親に向かって言った。
さっきも俺の父親を狙った奴である。油断はできない。俺は警戒心いっぱいで、田中を見る。
「何でしょうか?」
「まずは人を絞ってほしい。
この場は奈良岡さん、あなたと佐川一佐だけで十分だ」
佐川が俺の父親に頷いて、提案を受け入れるべきだと合図を送った。
「雅美、真奈美。さっきまでいた事務所棟の中にいてくれないか。
それにお前、」
俺もかよ。
「優衣ちゃんを探してやってくれないか」
忘れていた訳じゃない。どこにいるのか。どうなっているのか。ただ、とてもじゃないが、外に出れる状況じゃなかった。だが、今なら出れる。
俺は慌てて、外に飛び出した。
思い出せ。あの時の事を。
俺は記憶があやふやになる直前の事を必死で思い出そうとした。
今は閉じられた研究所の正門。その向こうに兵士たちが待機している。
あの正門を通って、研究所の敷地の中に入ってくる黒スーツ、黒い帽子の男たち。
「ヒューマノイドを指揮しているのは君か?」
「いや、違う。
優衣ちゃんだ」
優衣ちゃんに向かった男たちの視線を感じ、俺は優衣ちゃんに右手を伸ばして、握りしめた。
優衣ちゃんは男たちの指示に従って、ヒューマノイドたちを建物の壁に一列に並べさせた。
「君には感謝しているよ。何しろ、クローンどもが反乱を起こした時と違って、メディアを呼んでいないのだからね」
男の一人が言った。
いや、その後、何かを言った。
何だ?
「あの女を殺せ!」
俺の頭の靄の向こうに男の言葉がよみがえってきた。
その後、俺の体が浮いて後ろに吹き飛ばされた。
俺は振り返って、走り始めた。
この研究所の敷地は広い。開発棟の奥にまだ二つの棟があって、その奥はフェンスで閉じられている。
走る。
走る。
俺は走る。
「優衣ちゃん。
優衣ちゃん」
その名を頭の中で叫びながら。
フェンスが近づく。その前に植栽がある。妙にその植栽が折られたようになっていた。
その奥にのぞくものを見た時、俺は絶叫しながら、その植栽の奥に駆け込んで行った。枝が俺の足を傷つけ、痛みを感じるが、それは些細な事だ。俺はズボンをずたずたにし、足を傷だらけにしながら、奥に進んだ。
そこに横たわる優衣ちゃん。
そっと、青白い頬に触れてみた。
冷たい。
外気と同じくらいの冷たさ。
口からあふれた血は黒く固まっている。
「優衣ちゃん」
抱きかかえ、抱きしめてみても、優衣ちゃんの温もりも、鼓動も感じることはできない。
激しく揺さぶってみても、返事は返してくれない。
ただただ、首が力無く揺れ、長い髪が乱れるだけだ。
俺の涙が優衣ちゃんの口のあたりにこびりついた黒い塊を溶かしていく。
「帰ろう」
俺はそう言うと、優衣ちゃんの目をそっと閉じ、お姫様抱っこして歩き始めた。
何だか目の前が揺れている。
涙で揺れているのか、足がふらついているのかは分からない。
俺は再び父親がいる開発棟に入って行った。
クローン達もいなくなり、ヒューマノイドたちだけが立ち並んでいる。
動かないヒューマノイドはまるでマネキンじゃないか。
そもそも、何でこいつらは優衣ちゃんを守らなかったんだ?
本当にただのマネキンじゃないか。
ヒューマノイドにさえ、怒りを覚えてくる。
優衣ちゃんを抱えた俺を見て、父親が駆け寄ってきた。
「優衣ちゃん」
俺の父親も、眠る優衣ちゃんの頬を愛おしそうに撫でた。
「なぁ。
なんで優衣ちゃんをヒューマノイドたちは守らなかったんだ。
大事な人を守らないんなら、ただの人形じゃねぇか!」
「ああ、そうだ。
ヒューマノイドはまだ完全ではないんだよ。
ヒューマノイドはいくつもの命令を同時に実行できないんだ。
最後に出された命令だけを忠実に実行する」
俺の頭の中に、男たちの言葉がよみがえった。
「では、ヒューマノイド全てをその建物の壁に沿って、一列に並べさせてほしい。
数を確認したいんだ」
あれか。やつらは、それを知っていて、優衣ちゃんを騙した。
「なんで、なんで、それを優衣ちゃんに教えていなかったんだよ!」
俺は叫び声が広い空間に響いた。
それから俺は涙が止まらなかった。どれくらいの時間、泣き続けたのか分からない。だが、俺のそんな感傷とは関係なく、事態は動いていた。




