絶望を与えてあげるのよと優衣ちゃんは言った
俺も廊下に出た。
照明が消えていて、窓に面していない廊下は薄暗い。どこかの部屋で爆発があったとしても、同時に電源全てが落ちるなんて考えられない。きっと、五木さんが監視カメラの映像を政府側に見られないようにするため、電源全てを切ったんだろう。
俺も佐川の後を追う。
その先に見えるこの建物の正門前のフロアには二階から下りてきたクローンたちとヒューマノイドたちで溢れている。ヒューマノイドたちに目立った動きは見られない。優衣ちゃんはまだ何も命令していないのかも知れない。クローンたちは爆発音を聞いているだけに、何があったのか不安顔である。
俺の先を駆けていた佐川がクローンたちで溢れている空間に足を踏み入れると、ドア側ではなく、ソファが置かれているこの部屋の奥に進んで行った。
俺はクローンたちで溢れている空間に出ると、そのまま奥を目指さず立ち止まって、この建物の正門である大きなガラスドアに目をやった。そこには何が起きたのかと厚生棟から飛び出してきたと思われる俺の家族と大森一家の姿があって、この建物のどこかを指さしている。
きっと、みんなが指しているそこが爆発した場所で、煙か何かを出しているんだろう。そう思った瞬間、何かを叫んでいるような表情になって、この建物の中に飛びこもうとしたが、電源が落ちている自動ドアは簡単には開かない。
その背後に大勢の兵士たちが現れ、次々に俺の家族や大森一家を捕えていく。慌てて、俺はガラスドアに向かおうとしたが、何歩か進んだところで、立ち止まった。
今、俺が行ったところで、何にもならない。
俺は慌てて優衣ちゃんを探すため、奥に向かい始めた。
「クローンのみなさん。
大人しく、外に出てきなさい」
外から大きな声がした。
俺が振り返ると、クローンたちの向こうにハンドマイクを手にした野本の姿があった。その横には田中が立っている。
その二人を取り囲むように銃口をこちらに向けた多くの兵士たちが、立っていた。
銃口を向けられた恐怖にクローンたちが雪崩を打つように、奥に逃げはじめた。俺はその波のようなクローンたちの勢いに押されるかのように、さらに奥に進む。奥に、奥にと進むクローンたち。
一気に密度が上がり、俺の前にも後ろにもクローンたちの壁ができてしまった。あのクローンたちに囲まれてしまったが、もう俺の精神はそれだけで恐怖しない。いや、それ以上の危機感が上回り、今俺の頭の中にあの光景が甦る暇はなかった。
「すみません。
通してください」
俺はそう言って、あのクローン、1号タイプをかき分け、優衣ちゃんのいる場所を目指す。優衣ちゃんたちがいるあのソファの場所はちゃんとスペースがとられていた。クローンたちの壁を抜けた先にはソファを取り囲んで、九重さん、八重樫さん、佐川、そして優衣ちゃんが真剣な顔で立っていた。
「優衣ちゃん。
俺の家族が、それに大森議員の一家が兵士たちに捕えられた」
「大丈夫」
優衣ちゃんはにこりと俺に言った。いつもの優衣ちゃんが戻ってきた。そんな気がして、取り乱し気味だった俺の心はすこし落ち着いた気がした。
「どうするの?」
「彼らはね。私が死んだと思ってるのよ。
ここに突入してこない限り、ヒューマノイドは攻撃してこない。
そう信じきっているのよ」
そこまで言った後、少しにやりとして言葉を続けた。
「勝ちを信じて油断していたところを一気に逆転してあげるのよ。
そうなったら、彼らを待ってるのは絶望よ。
そう、彼らには絶望を与えてあげるのよ」
俺は背筋に冷たい物が流れた。あの優しかった優衣ちゃんの口から、こんな恐ろしい言葉が出るのだろうか。
確かに殺さなければ殺されかねない状況である。しかし。でも。
力を得た人間がその本性を露わにするのはよくある事である。これが優衣ちゃんの本性だったんだろうか。
いや、そんなはずはない。きっと、怒っているのだ。優しい優衣ちゃんの事である。クローンたちに対する仕打ち、仲間を騙して爆殺を計るような汚い手を使う相手に。




