国がこんな事をしていいのか?
俺の父親ははっきり言って、仕事人間である。土曜の仕事はほぼふつうの事。時には、日曜でさえ仕事に行く。もちろん、普段から帰って来るのは深夜。たまに早く帰ってきても、書斎に閉じこもって、仕事である。
そう。そんな部屋が、俺の父親にはある。
俺は自分の机に向かって、勉強しながら、父親が帰って来るのを待っていた。窓際に置かれた机の上に、窓を通り抜けた外の冷気がひんやりと滑り降りてくる。静かな部屋の中には、俺が時折問題集をめくる音と、鉛筆を滑らせる音しかしない。普段なら、もうこんな時間かと思うのに、待つものがあると時間の進みはめっきり遅い。時折、時計に目をやるが一向に進んだ気がしない。
ゆっくりと進む時の中、車のエンジンの音が聞こえてきた。時計に目をやると、もうじき日付が変わろうかと言う時間を指し示している。
俺はカーテンの隙間から、外をのぞく。俺の父親が乗る車が車庫に入ってこようとしている。俺は慌てて、部屋を出て、一階に向かうと、玄関に向かった。
父親が帰って来たからと言って、出迎えなんかした事はない。普段とは違う行動をとる俺を怪訝な表情で、母親が俺を見た。
なんでもないよ。そんな感じで、俺が右の手のひらを振って合図を送る。
「ただいま」
そう言って、俺の父親が玄関に入ってきた。
普段、そこにいるはずのない俺を見て、父親までもが怪訝な表情を俺に向けた。
「おかえり。
ちょっと、話があるんだ。
書斎で、どう?」
俺の言葉に、父親は一瞬戸惑ったような表情をしてから、笑顔で言った。
「何だ?
男同士でなければ話せない内容なのか?」
「そう言う訳じゃないけど、ちょっと」
俺のその言葉に、父親は書斎がある二階を指さし、じゃあ行こうと言うような仕草をした。
「お母さん。ちょっと、先に真一と二階で話してくるわ」
父親は母親にそう言い残して、階段に姿を消した。その後を俺が追う。
父親の書斎はそれほど広くはない。奥の窓際に大きな机が置かれ、片側の壁に本棚が配置されていて、その本棚に難しそうな本が並んでいる。
父親が椅子に座って、俺に向かう。俺は座る場所が無いので、立って父親に向かう。
「なんだ?」
「優衣ちゃんには言わないで欲しいんだけど」
俺はそこで言葉を一度止めた。
「分かった。
で、何だ?」
「俺たち、見てしまったんだ。
あの日、研究所の地下で、クローンを使った人体実験を」
俺の言葉に、俺の父親はのけぞり気味に体をびくっとさせたかと思うと、大きな目を見開いたまま動きを止めた。
本人にも、罪悪感はあったんだろう。
それを自分の息子に見られてしまった。
大きな衝撃だったに違いない。
しばらくすると、うなだれ気味になって、俺に言った。
「どう思った?」
俺はどう答えるべきか悩んだ。
本心は決まっている。しかし、この状況で自分の父親を追い詰めるような言葉を発していいのか?俺は何の葛藤も無く、本心を言うほどの勇気は持っていない。
「いい事とは思えない」
精いっぱい、言葉を選んだつもりだ。
「まぁ、そうだわな」
俺の父親は元気のない声で、そう言うと、あの人体実験の全てを話してくれた。 その理由は俺が想像したものと同じだった。ただ、父親が語ったこの実験の背景は俺の知らない事ばかりだった。
クローンの開発を持ちかけたのも、そのクローンを使っての脳構造の解析を提案したのも、政府だったとの事だ。
つまり、この計画の闇は全て政府公認の下、行われていたらしかった。
国がこんな事をしていいのか?
恐ろしいことだ。
俺はそう感じずにはいられなかった。
「政府の指示とは言え、やっていい事といけない事があるだろ!」
政府への怒りが湧き上がって来ていた俺は、ついついその感情のまま自分の父親にも怒鳴り口調で言ってしまった。
「お前の言うとおりだ。
だが、止める事はそう簡単ではないんだよ。
たとえ、私が止めたとしても、あの実験自身が止まる事はない」
俺は世の中の理を知った気がした。そうだろう。俺の父親が下りたところで、他の人間があの研究を続けるだけであろう。
止めたければ、計画自身を潰すしかない。しかし、そんな事、簡単にはできやしない。
「じゃあ、このままあの実験を続けるのか?」
「いや、私には止める事はできないが、あの実験自身は止まる可能性がある」
俺の父親はそう言うと、今起きている研究所の占拠事件について、語り始めた