あの地下室へ
「何かの間違いか、別の場所のカメラなのじゃないか?」
父親がすっとぼけた表情で、ひょうひょうと答えた。
なるほど。
俺はいい答えだと思った。ネットワークにつながったカメラなら、別にこの研究所とは限らないと言い逃れができるはずだ。とは思ったものの、相手にはハッキングの技術すら保有している五木さんがいるのである。基本中のの基本、IPアドレスから、その隠されたカメラがこの研究所内の存在であることくらい分かっているのではないだろうか。
俺は少し不安を抱きながら、九重さんたちの反応を見ている。
「では別の質問をしよう。
クローンの製造が人間社会で、倫理的に許されない事は知っている。
そして、ヒューマノイドの製造は特に隠す必要のない事だと思っている。
政府はなぜ我々を騙したり、兵の犠牲を出してまで、これらの事実を隠したいのかね?
倫理的に許されないとしても、多くの犠牲を払ってまでも隠すほどの事なのか?
他に何かがあると言う事はないのか?」
俺は思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。言っている事はある意味、理にかなっている。クローン製造だけだったなら、ここまで隠そうとはしなかったんじゃないだろうか。
人体実験。
この闇こそ、政府が隠したいものなのではないだろうか。
九重さんたちはすでにその事を知っていて、遠回しに俺たちを追及しているのではないだろうか。俺の額に脂汗が浮かんでいる。
「さあね。
私は政府の考える事は分からないからな」
父親は相変わらず、すっとぼけた表情で、のらりくらりとかわした。俺もそんなスキルを身に着けたい。そう思わずにいられない。俺に話を振られたりすると、ぽろりとぼろを出してしまうかもしれない。そう思って、俺はこの場を離れることにした。
「優衣ちゃん」
俺は優衣ちゃんの事が心配なんだと言う風を装って、優衣ちゃんが腰かけているソファに向かう事にして、視線を移した。
俺の声に振り返った優衣ちゃんは耳に携帯を当て、テーブルの上に置いた紙に何かを書いていたが、俺に振り返って、にこりとしながら、携帯を切った。俺が近づくと、優衣ちゃんはその紙を小さくたたんで、ポケットにしまった。
「何?」
「ううん。何にも」
優衣ちゃんが、にこりと微笑む。俺は優衣ちゃんと向かい合うように座った。
「ねぇ。これからの事なんだけど、危ない目に遭うといけないので、みんなと一緒に厚生棟に避難しておいてもらえないかな」
俺はちょっとさみしかった。危ない目に俺をあわしたくない。それは分かるが、そんな目に、自分一人で優衣ちゃんは臨むと言うのか?俺も一緒だろう。
「ねっ。お願い。そうして」
返事を返さない俺に、優衣ちゃんが両手を顔の前で合わせて、お願いポーズでにこりとしている。
思わず、頷いてしまいそうになるが、そうはいかない。
「だめだよ。
優衣ちゃんだけを危険な目に遭わせるなんて、できない。
俺も一緒にいるに決まってるだろ」
「そっかぁ」
そう言って、少し戸惑った表情をしたかと思ったが、すぐににこりとして言った。
「分かった。
一緒にいよ。
ありがとうね」
俺は優衣ちゃんに力強く頷いて返した。
九重さん達と父親の話は結局父親のとぼけ勝ちだったのか、諦め顔で九重さんたちが戻ってきた。その後には、何食わぬ顔の父親がついて来ていた。
「お前はどうする?」
俺には父親のその言葉の意味が分かった。父親も厚生棟への避難を勧められたのだろう。
「俺は優衣ちゃんと一緒にいる」
「そうか。
分かった」
そう言って、父親は俺に軽く手を振って、背を向けた。俺は父親が開発棟から出て行くまで、その後姿を見送った。
俺が視線を優衣ちゃんに戻すと、九重さんに何か頷いていた。
俺がMRIを受けている間に、クローン達との間で何かの話があったのだろうか?俺は聞きたかったが、クローンたちの前で聞く訳にはいかない。
「地下室に行ってみようと思うのだが」
九重さんの口から出た言葉に耳を疑った。
地下室の存在を知っている。
あそこは簡単にいく事はできない。行く方法を知っているのだろうか?それとも、簡単に行けない事を知らないのだろうか。
「どうしたの?
真一さん」
俺が狼狽気味になっていたのを、優衣ちゃんは感じ取ったのだろう。しかし、優衣ちゃんは平気なのか?あの場所に行くことに。そして、クローンたちを連れて行く事に。
「いや、しかし。
その」
俺は言葉を見つけられないでいた。優衣ちゃんがにこりとして、ソファから立ち上がる。九重さんたちと一緒に行く気だ。
「ち、ち、地下室って、何?」
俺はしどろもどろで、すでに背を向けている九重さんたちに言った。お前たちは何か勘違いしている。そんなものは無い。そう言うことにしたかった。俺はその考えに、優衣ちゃんの同意を求めたくて、優衣ちゃんに目を向けた。そんな俺を優衣ちゃんは不思議そうな視線で、見つめている。
いや、まずいだろ。あの場所に、クローンたちを連れて行っちゃあ。
俺は口をパクパクさせ、言葉に出さず、そう言ったが、優衣ちゃんには通じなかった。
「行こ!」
優衣ちゃんは俺に手を差し出してきた。
「え。いや、それは」
そう言いながらも、俺は優衣ちゃんの手を取り、立ち上がってしまった。




