深夜の研究所
暗く、他には車も人の気配もしない道路の片隅で、かすかなエンジン音を立て、俺たちの乗ってきた車が停車している。先にたどり着いた九重さんが、後部座席のドアを開け、俺たちを待っていた。俺は優衣ちゃんを先に乗り込ませ、続いて乗り込んだ。
乗り込むとき、後部座席に目をやると、そこにはすることもなくて、眠りこけてしまったんだろう1号タイプの姿があった。そして、運転席には秘書の人、助手席には五木さん、俺の横に九重さんが乗り込んだ。
「出してくれ」
その言葉に、秘書の人がアクセルを踏み込み、車を発車させた。窓の景色が流れ始めた。
「八重樫さんがいないようだけど」
「ちょっと偵察に出てもらっている。
気にしなくていい。後で、合流することになっている」
俺の問いかけに、九重さんがちらりと俺に目を向けて、そう言った。
こんな夜中に偵察って、何なんだよ。俺はそう思ったが、八重樫さんにかかわる事で、研究所に到着するのが遅れるのは嫌だったので、納得顔を返した。
早く研究所に到着し、ヒューマノイドを起動する。そして、政府に俺の家族を返すよう要求しなければならない。家族に危害が加えられるような事があってはならない。
「で、行き先は」
「浅井新薬研究所。
分かるか?」
「ほぉ。そう来たか」
秘書の人はそう言うと、アクセルを踏み込み気味に加速して、暗い夜の道路を駆け抜けはじめた。
窓からは、ぽつりぽつりとある街灯が速い速度で流れていく。深夜の人も車もいない道路をかなりの速度で飛ばしていた。
「ところで、そのヒューマノイドはどんなものなんだ?
そのヒューマノイドは戦闘に使えるのか?」
車が進み始めると、九重さんが俺の方を向いてたずねてきた。
「そう聞いているけど、実際に戦っているのを見た訳じゃないから、どのくらい強いのかは分からない」
「何体くらいあるんだ?」
「分からないけど、100以上はあるんじゃないかな」
「なるほど」
九重さんが何か納得気味にうなずいている。
何を考えている?
本当に俺たちを裏切ったりしないのか?
少し不安を抱いてしまう。心の中を読む能力があればと思うが、そんな事言っても仕方ない。
俺はまだかまだかと心の底で焦りながら、優衣ちゃんに不安を抱かせまいと、何食わぬ顔で、流れる景色に目をやっている。その俺の右手は優衣ちゃんの左手をしっかりと握りしめながら。
やがて、俺たちの乗る車が大きな幹線道路から曲がり北に向かい、山の斜面にある研究所に近づき始めた。優衣ちゃんと二人で来た時に見た景色と変わりはない。ただ、それが太陽の光に映し出されているのか、人工的な照明と、弱々しい月の光に映し出されているのかが違うだけである。それなのに、あの日の事は、何かすごく昔のような気がする。
「その辺りで、止めてくれ」
そんな思いを抱きながら流れて行く街の風景に目をやっていると、九重さんが秘書の人にそう言った。
「何で止めるんだ!」
秘書の人が減速し始めるのと、俺が叫ぶのはほぼ同時だった。
俺は九重さんの方に視線を向けた。
「確認したいことがある。
そこはお前が行って、すんなり入れるのか?」
「ああ。
俺と優衣ちゃんは登録されているから入れる」
「それは今までの話だろう。
今はどうかわからんぞ。しかも、こんな時間に」
「だったら、どうしろって言うんだ!」
「俺も行こう。
戦いになれば、役に立つだろう」
「好きにすればいいさ。
でも、言っておくけど、ヒューマノイドを起動する場所には優衣ちゃんだけが向かう。
いいよな」
「ああ。分かっている」
そう言うと、九重さんは車のドアを開けた。冬の深夜の冷気が一気に車の中に流れ込み、暖まっていた空気を再び凍りつかせた。ぶるっと、俺は一度身震いした。
俺は優衣ちゃんの手をとって、車を降りた。
研究所に続く歩道に散在する街路灯が、近づく三人の人影を映し出しては消して行く。歩道に沿って建つ研究所の壁の上には有刺鉄線が張り巡らされ、所々には監視カメラが設置されている。きっと、俺たちの姿は捕えられているはずである。
そんな事を考えながら歩いている内に正門が近づいてきた。正門には普段は固く閉ざされた大きな鋼鉄製の門と、その横に職員などの人間が通るためのセキュリティドアが設けられている。そして、そこを通ろうとする入門者をチェックする保安室が併設されていた。
この時間帯は入門者と言うより、侵入者を防ぐための保安室である。そこは照明がともされ、明るい空間であった。
俺と優衣ちゃんの二人だけが、保安室に向かう。その中には警備のためのガードマンがいた。監視カメラで見ていたのであろう。ガードマンたちは警戒心むき出しで、俺たちが何者で、何をしようとしてるのかを把握しようと注視している。
突き刺さるような視線を受けながら、俺と優衣ちゃんは保安室に近づいていく。俺たちの足音だけが響いていた静寂な世界に、椅子と床が擦れる音が響いた。座って俺たちを眺めていたガードマンたちの一人が立ち上がった。




