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俺はどうすればいいんだ?!

 俺たちが家に帰ってきた時は19時を回っていた。辺りはすっかり暗く、吐く息を見事なまでに凍らせるほど、記憶は冷たくなっている。

 家の門扉を開けて、家の玄関をゆっくりと目指す。カーテンを通して漏れてくる部屋の明かりが、なんだか心を落ち着かせてくれる。

 そこにあるのは俺の日常であり、暖かく包んでくれる家族のいる空間。俺が玄関のドアに手をかけた。そのままドアを開ける前に、俺は優衣ちゃんをちらりと見た。優衣ちゃんはもう泣いてはいなかったが、黙りこくって俯いたままである。優衣ちゃんが心に受けた衝撃は収まっていそうにない。


 「開けるよ?」


 俺は優衣ちゃんに確認した。


 「はい」


 小さな声だったが、優衣ちゃんは答えた。この時間は俺の家では、夕食が始まる時間である。俺がドアを開けると、家の中から、夕食のいい匂いが漂ってきた。

 こんな状態で、夕食を食べられるのか?

 俺は中に入らず、再び優衣ちゃんを見た。俺の気持ちを察したのか、優衣ちゃんは俺に視線を合わせた後、目を閉じると大きく深呼吸し、俺に頷いた。


 「ただいまぁ」


 優衣ちゃんがそう言って、俺より先に靴を脱いで部屋に上がって行く。

 きっと、普段通りにしなければ、俺の母親にどうしたのかと聞かれる。

 それを避けたいのだろう。今日は何も問題は無かった。

 そう言うことだろう。

 無理している。俺にはそんな優衣ちゃんの気持ちが分かったが、それを指摘するのは優衣ちゃんの考えを否定するような気がして、俺は黙っておくことにした。


 「お使い、ご苦労様。

 ちょっと遅かったわね。

 もう夕食よ」


 キッチンの方から、俺の母親 奈良岡雅美の声がした。


 「あ、はい。すみませんでした。

 少し街をふらふらしてしまいましたもので」


 優衣ちゃんが、明るく作った声で、そう言いながらダイニングに向かう。


 「真奈美。ごはんよ」


 俺の母親が階段の下から、二階の自分の部屋にいる俺の妹 真奈美に声をかけた。

 二階から真奈美が下りてくる。なぜか、優衣ちゃんと同じように、ストレートの髪を伸ばしていて、年齢的には優衣ちゃんと同い年だ。ただ、幼稚園の時からずっと私立の優衣ちゃんと違い、真奈美は俺と同じ公立育ちなので、二人が同じ学校に通った事はない。

 俺が少し遅れてダイニングに向かうと、優衣ちゃんが配膳を手伝っていて、食卓に夕食が並んだ頃、真奈美も二階から下りてきた。

 平日の夕食はいつもの事だが、俺の父親はいない。4人の食事が普通である。真奈美はいつものごとく、元気いっぱいである。その話相手は主に母親だ。

 俺が優衣ちゃんと話しはじめると、いつもなぜだか割って入ってきて、邪魔するくせに、そうでない時はいつも母親と二人で話している。

 俺はそんな二人の会話なんか気にせず、黙ってもくもくと食べる。

 優衣ちゃんも黙って食べているが、そのペースはいつもより明らかに遅い。そんな優衣ちゃんに俺の母親が気付いた。


 「優衣ちゃん、どうかしたの?」

 「えっ?」


 隠そうとしていた気持ちを見抜かれた優衣ちゃんが驚いたような声を上げた。


 「何にもないです」


 優衣ちゃんがぽそりと答えた。


 「あれ?本当。どうしたの、優衣ちゃん。

 いつもの優衣ちゃんなら、こんな風にして言うはずなのに」


 真奈美がいつもの優衣ちゃんの仕草を大げさに真似して、結んだ両手を顎のあたりに当てながら、首をかしげて見せながら言う。


 「何にもないですぅー」

 「こら。真奈美」


 優衣ちゃんを茶化すような発言に、むっとした俺が叱り気味に言った。


 「だって、本当のことじゃない」


 真奈美が口をとがらせながら言う。ついつい真似している優衣ちゃんの癖が、完全にうつり始めている事に真奈美は気づいていないらしい。


 「すみませんでした。

 ちょっと、疲れちゃっただけです。

 ごちそうさまぁ」


 優衣ちゃんはそう言うと、席を立ち、自分の食器を片づけ、2階の自分の部屋に向かい始めた。


 「大丈夫?」


 俺の母親が心配そうな表情で言う。


 「はい。寝れば大丈夫だと思います」


 そう言い残して、2階に優衣ちゃんが消えて行くと、母親が俺に視線を向けてきた。


 「真一、優衣ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね。

 あんたも、さっきから少し変よ」


 思わず、俺は口の中に入っていたジャガイモを噛まずに飲み込んでしまった。

 さすが俺の母親。俺としては普段通りを取り繕っていたつもりだったが、見抜かれていた。


 「お兄ちゃん、優衣ちゃんに何かしたら、私、許さないんだからねっ!」


 優衣ちゃんにはいつも冷たくあたるくせに、どうしてそんな言葉が出るんだか。俺は呆れ顔で言う。


 「何もしていないに決まってるだろ。

 何をするって言うんだよ」


 俺はそれだけ言って、お箸でご飯を口に運んだ。

 今日あった出来事で、心が穏やかでなかったところに、二人から勘繰られた事で、俺の気持ちは高ぶってしまったのか、ついつい口調がきつくなってしまっていたらしい。二人が目を見開いて、顔を見合わせている。

 ますます疑いを深めたのか、真奈美なんかほっぺたが思いっきりふくらんでいる。いや、それも、優衣ちゃんの真似をしていたのが、くせになってるだろ!そう思ったが、そんな事を言って、真奈美ともめる気は無いので、俺はさっさと食事を済ませるため、お味噌汁を手にした。


 その日、俺はなかなか寝付けなかった。それだけ、衝撃的な光景であったし、衝撃的な事実だった。法律的にどうだかなんて、よく分からないが、犯罪に近い事を目撃し、それを放置しているどころか、その犯人とも言うべき人物が自分の父親だったのだ。

 俺はどうすればいいのか?

 優衣ちゃんはこの事には触れないと決めたようだが、本当にそれでいいのか?

 俺は結論を出せないままだった。

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