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待ち伏せ

 俺たちが乗り換えたワンボックスカーは夜の空いた道を軽快に飛ばし続け、俺の家を目指す。俺たちが乗り捨てた最初の車が見つかった場所とは全く東西が逆の場所である。

 俺たちを追っていた奴らは俺たちが、逆方向に走っているなんて知らないはずだ。

 窓から見える景色はマンションが立ち並ぶ街並みから、戸建て住宅が並ぶ閑静な住宅地に変わりつつあった。やがて、車が坂を上り始めると、窓から見えるのは見慣れた自分の街になった。

 俺は気が気でない。普段したことの無い貧乏ゆすりが止まらない。そんな俺の手を、今度は優衣ちゃんが温かく包んだ。

 優衣ちゃんに目をやる。優衣ちゃんの表情にも心配な気持ちが浮かんではいたが、大丈夫、そう俺に瞳で訴えかけてきていた。

 俺もそれで少し反省した。ここで、いらいらしていても仕方ない。

 俺の手を包んでいる優衣ちゃんの手の上に、もう片方の手を置いて、頷いた。

 やがて、俺たちを乗せた車が、俺の家につながる坂の中ほどまで来た。ここをもう少し登れば、俺の家はすぐそこだ。

 再び俺の気持ちがはやったその時、車は減速して、路肩に停車した。


 「どうして、ここで止まるんだ?」


 ついつい俺が叫び気味に言った。


 「状況が分からないまま近づく訳には行かない。まずは」


 運転をしてきた大森議員の秘書が振り返って、俺に諭すように言ったが、俺の耳には届いていなかった。幸い、俺は車のドアの横に座っていた。俺が一気にスライドドアを開き、夜の街に飛び出した。居ても立っても居られないのは優衣ちゃんもだった。

 俺に続いて、優衣ちゃんが飛び降りた。俺は優衣ちゃんに手を伸ばし、手をつなぐと駆け出した。ぽつぽつと街路灯が灯るだけの暗い坂道を駈け上る二人。

 俺はその背後から、迫ってくる気配を感じていたが、お構いなしに走る。

 しかし、追ってくる者達の方がはるかに速かった。優衣ちゃんの腕を九重さんが掴んで引き留めた。


 「待て。落ちつけ。行ってどうする気だ」

 「離してよ!」


 優衣ちゃんが取り乱し気味に叫んで、九重の腕を振り払おうと、自分の腕を思いっきり振ったその時、さっきまで俺たちが乗っていた車が、横を通りすぎていった。


 「今、様子を見にいかせた。

 戻って来るまで、待て。

 それにお前、この子まで危険な場所に連れて行く気か?

 お前に守れるのか?」


 九重さんが俺を見ながら言ったその言葉に、俺は冷静さを取り戻した。優衣ちゃんは行かせないつもりだったのに、危うく優衣ちゃんを危険に巻き込むところだった。


 「優衣ちゃんはここにいて」

 「でも」

 「まずは俺が行く」


 俺がしっかりとした口調で、そう言った時、様子を見に行っていた車が戻って来て、俺たちの横に止まった。

 静かに開いた車の窓から八重樫さんが顔を出した。


 「家の周りには変わった雰囲気も、怪しげな者たちもおりません」


 その言葉に九重さんが頷き、車のドアを開ける。乗るぞ。そんな仕草で、俺たちに指示を出した。俺と優衣ちゃんが乗り込むと、車は再び坂の上を目指して走り始めた。

 もう少しで俺の家。そんな場所で車が停車すると、九重さんは俺に目を向けた。

 行け!

 そう言う事だと俺は理解し、力強く頷いて、車を降りた。

 何事も無かったかのように静まり返った闇が覆っているだけの空間。俺はそこを一人歩いていく。  元々人気の少ない住宅地。俺の足音だけが暗闇を震わせている。

 俺は自宅の中に入ると、横目で駐車場に目をやった。そこにはこの家のすべての車三台がとも止まっていた。

 何もなかったんじゃないのか?

 俺はほんの少し安心を覚えた。

 俺は鍵で、玄関のドアを開け、中に入って行く。

 俺がドアを開ける音がしただけで、家の中はしんと静まり返っている。

 夜も遅い事である。これはあたりの前の事である。

 俺は部屋の中を見渡した。

 窓から差し込むほのかな月明かりだけが、部屋の中を照らし出している。誰かに襲われた。そんな気配などなく、部屋の中に争ったような跡は見られない。

 よかった。

 そう思った時、俺はリビングがいつもと何かが違う事に気付いた。

 あれ?

 何だ?

 俺はリビングに近づいていった。その違和感はソファの位置だった。ソファはいつも壁に沿って、人一人が通れるスペースで配置されていた。ところが、今は壁に密着しているのである。

 これは何事も無かったかのように装うために造られた配置である。

 俺は慌てて階段を駆け上った。

 静まり返った闇の中に、俺が階段を駆け上がるけたたましい音が響いた。

 俺は二階に駆け上がると、そこに人の気配を探す。しかし、二階も一階と同じく、しんと静まり返っていて、人の気配はない。

 俺はそのまま両親の部屋を目指した。もし、中にいれば悪いとは思いつつも、そっとドアを開けて、中の様子をうかがった。

 ほんのりと明るい部屋。カーテンが開けられたままで、月の光が部屋の中を照らし出している。そこに浮かび上がった誰もいないベッド。

 俺は慌てて、部屋の中に飛び込んだ。部屋の中で、きょろきょろと両親の姿を探したが、そこには誰もいなかった。

 二人で出かけているのかも知れない。

 俺は気を取り直して、その部屋を出て真奈美の部屋を目指した。


 「真奈美、いるか?」


 部屋の中からは何の反応もない。


 「開けるぞ」


 小声でそう言って、真奈美の部屋のドアを開けた。

 遮光カーテンが窓を塞ぎ、部屋の中は真っ暗である。俺は真奈美のベッドに近寄る。ベッドの枕元に並べられたぬいぐるみ。それだけが、ベッドの上に横たわっていて、本来の主である真奈美の姿は無かった。

 俺の気力は抜けてしまった。絶望感に捕らわれた俺は、へなへなとその場に座り込んでしまった。


 その時だった。照明も付けていない静まり返った誰もいないはずの家の中、ドアの開く音が俺の耳に届いた。

 俺の心を緊張感が満たす。真奈美の部屋のすぐ近く。

 俺の部屋?

 誰かが俺が帰って来るのを待ち伏せしていた?

 俺が慌てて立ち上がり、ドアに目を向ける。

 ドアが開いた。

 そう思った瞬間、真っ黒な人影が飛び込んできて、俺のみぞおち辺りに痛みが走ったような気がして、意識が薄れて行った。

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