クローンたちが信じる一人の少女
どこにでもありそうな小さなワンルームの部屋。玄関の先には廊下を兼ねた補足長いキッチン。その奥には10畳ほどの広さの部屋があって、備え付けの家具とベッド、TVに机が置かれている。
その部屋はこのワンルームマンションの中の角部屋で、東と南の二面採光となっていて、机は東面の窓際に置かれていた。その机の椅子には少女が座っていて、机の上に肘をつき、目の前にある窓から、向こうに見える外の景色を見ていた。
そんな少女に背後から、話しかけている男が一人。
大森議員に九重三夫と名乗った男である。そして、その九重を挟み込むように二人の男が並んで立っている。
重い空気。
困惑顔の男たちからはそんな空気が立ち上っている。
「10-1号、じゃなかった。十合一雄さんは彼らの話を信じると言っています。
その話は、我々と同様外にいる仲間たちにも届いており、仲間の多くは十合さんに従い、政府が提案する国民登録に申請するようです」
「そう。仕方ないわね。
あなたたちはどうするの?
構わないわよ。
私をおいて、あなたたちも行って」
「しかし」
九重が言う。
「彼は人間を信じた。
私は人間を信じることはできない。
でも、私のわがままであなたたちの未来を閉ざすわけにはいかないわ」
三人の男たちはお互い、顔を見合わせている。
自分たちの未来がかかった選択である。
どちらにかけるか、簡単に選べるものではない。
短い沈黙が訪れた。
沈黙を破ったのは、九重だった。
「十合さんは人間の教官と接しすぎたため、人間と言うものを冷静に見ることができないのです。
あなたがおっしゃられるように、あそこから出て行った仲間たちの居所も明かさず、誰一人我々の下に連れこない事実を考えれば、人間たちを無条件に信じる事はできません。
となれば、我々は。いえ、少なくとも私はあなたを信じます」
「待ってください。
私も九重さんと同じく、あなたについて行きます」
「もちろん、私もです」
二人の男も次々に言った。
「いいの?それで。
政府は期限を切っているのよ?
これを逃したら、この国の国民になれないかもしれないのよ?」
男たちに背を向け、窓の外に視線を向けたまま、少女は言った。
「そこも変だと思うんです。
十合さんは人間を信じきっているため、そこに疑問を持たないようですが、期限を切る必要はないはずです。
そこには何か理由があるはずです」
九重の横にいる男たちも頷いている。
「ありがとう。私についてきてくれて」
少女の声は少し震えていた。
「いえ。私はファースト・クローンの予言を、そしてあなたを信じます」
「私も個人的な行動はしばらく控える事にするわ。
他の仲間たちの動きに気をつけて」
「はい」
三人の男たちの声がそろった。そう言った男たちの表情は生き生きとしていた。さっきまで、どうすべきか悩んでいた男たちだったが、結論が出たことで吹っ切れたようだった。
少女の下にいたクローンたちを除き、研究所を占拠していたクローンたちはもちろん、外の社会に潜伏していたクローン達の全てが国民への登録申請を行うことになった。