優衣ちゃんが浅井優衣じゃなかったって??
優衣ちゃんは俺の腕の中で、びくっとしたが、抗うことはなかった。
俺はこの子を守りたい。
「どうしたの?何があったの?」
俺は優衣ちゃんを抱きしめながら、耳元でささやいた。
優衣ちゃんはその問いに答えない。ただ、泣いたままである。
「言いたくないなら、言わなくてもいいよ。僕はどんな事があっても、優衣ちゃんの味方だからね」
何だか弱っている女の子の隙につけ込むようで、卑怯な気もしたが、俺はどうしても伝えたかった言葉を口にした。
俺はその言葉と共に、優衣ちゃんを抱きしめていた腕の力をさらに強めた。
しばらくの時が流れた。優衣ちゃんの嗚咽も収まり始めてきた。
「行こう。帰ろう」
そう言うと、俺は抱いていた腕を緩め、優衣ちゃんの両肩に両手を置いて、優衣ちゃんを見つめた。
俯いて、顔を両手で覆って泣いていた優衣ちゃんが、ゆっくりと顔を上げて、俺を見た。
俺が頷いて見せると、優衣ちゃんも頷き返してきた。
ゆっくりと俺が右手を優衣ちゃんの左手に差し出すと、優衣ちゃんは少し戸惑いの表情を浮かべたが、俺の右手をとった。
初めて優衣ちゃんと意識して手をつないだ。いや、小さかった頃はつないで歩いていたかも知れないが、大きくなって、優衣ちゃんの事を好きになってからは、初めてである。
恋人同士のデート。そう言うシチュエーションではないのが、ちよっぴり残念だが鼓動は高鳴っている。
家を目指して歩き始めた時、優衣ちゃんのスマホに着信があった。優衣ちゃんがスマホを取り出し、俺に言った。
「おじさまから、電話」
優衣ちゃんが俺を見てぽそりと言った。
俺は何が二人の間にあったのか知らないが、優衣ちゃんがこんな事になったのは俺の父親に関係がある事は確実である。
「今、出たくなかったら、出なくていいよ」
優衣ちゃんは予想外な事に、首を横に振って、スマホに出た。
「はい。優衣です」
優衣ちゃんの声はまだ涙声である。きっと、電話の向こうで俺の父親もそれを感じ取っているに違いない。
「はい。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。今は真一さんと一緒です」
優衣ちゃんが、そう言いながら、頭を下げている。
「はい。分かりました」
優衣ちゃんはそう言うと、手にしていたスマホを俺に差し出してきた。代わってくれと言っているのだろう。俺はスマホを受け取り、スマホに出た。
「何?」
「優衣ちゃんをちゃんと連れて帰るんだぞ」
「分かっているよ」
そう言うと、俺は電話を切り、優衣ちゃんにスマホを返した。
そして、俺は優衣ちゃんに微笑みながら、再び手を差しだした。
「帰ろう。優衣ちゃん」
優衣ちゃんが俺の差し出した手に自分の手をつなぎ、こくりとうなずく。
俺は優衣ちゃんを元気づけるため、何か面白い事でも言おうかと考えたりもしたが、今はそっとしておく事、それが一番なのではと思い、ただただ黙って歩き続けた。
もうじき、俺の家。そんな時だった。
優衣ちゃんが突然立ち止まった。
俺と優衣ちゃんをつないでいる手が、ぴんと伸びきった。
優衣ちゃんに振り返ると、優衣ちゃんはうつむき加減で、少し震えている。
どうしたものかと、俺が思っていると、優衣ちゃんはつないだ手を一度ぎゅっと強く握りしめた後、手を離して、後ろに一歩下がった。
「優衣ちゃん」
俺がその名を呼ぼうとした時、優衣ちゃんは大きく深呼吸して、俺を見つめてきた。
「真一さん。実はね」
優衣ちゃんはそこで言葉を止め、一呼吸おいた。
「何?優衣ちゃん」
俺は優衣ちゃんの気を落ちつかせようと、いつも以上に優しい声音で言った。
「今日のことなんだけど」
そこでまで言って、躊躇しているのか、優衣ちゃんは言葉を止めた。
「言いにくいことなら、言わなくてもいいんだよ」
俺はそう思っていた。言いたくない事を言う必要はない。ずっと言わなくてもいいし、言えるようになった時に話してくれてもいい。
それが俺の本心だ。
一番避けたいのは優衣ちゃんが傷つくこと。悲しむことだ。
「ううん。でも、言っておかないといけないことなの」
優衣ちゃんの言葉に、俺は何も言わず、優衣ちゃんを見つめる。
「実は私、私ね」
優衣ちゃんはそこで言葉を止めて、一歩また下がって、深く息を吸い込んだ。
「私、実は浅井優衣じゃなかったの」