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この腕に抱きしめた優衣ちゃん

 「優衣ちゃん!優衣ちゃん!」


 俺はそう叫びながら、優衣ちゃんが姿を消したと言う公園を目指した。

 駅まで続く下り坂。暗い歩道をぽつりぽつりとある黄色い街灯が照らしだしているだけで、俺の背後に、俺の家族の気配を感じるだけで、辺りに他の人の姿はない。

 歩道に沿って、公園は広がっている。俺の目の前に公園の柵が見えてきた。暗い公園。入り口はまだ先である。俺は一刻も早く、公園に入るため、柵を乗り越えて中に入った。そこはいわゆる植栽のエリアであって、照明もない。歩道以上に真っ暗で、俺が地面に散らばる枯葉を踏みしめる音がしているだけである。


 俺は立ち止まり、神経を集中させ、目を細めて、辺りを見渡す。

 人の気配は感じられない。

 俺は自分のポケットに手を当てる。

 有った。

 スマホはポケットの中に入れたままである。

 俺はスマホを取り出すと、辺りを見渡しながら、優衣ちゃんに電話をかけ始めた。

 話中音。

 俺の父親か、誰かがかけているに違いない。

 俺は一度切ってから、再びかけなおした。何度目かで、呼び出し音が鳴った。


 「出てくれ」


 心の中で祈ったが、出る気配はない。俺はスマホを耳から離して、辺りに耳を澄ましてみたが、近くからは携帯が鳴ってる音も、バイブの気配も感じられない。

 このあたりにはいない。

 そう感じた俺は一度スマホを切って、それを手にしたまま走り始めた。

 何かから逃げているなら、きっと坂の上には逃げていないはず。

 俺はそんな気がして、公園から出て、坂を下り始めた。

 辺りをきょろきょろと見渡しながら、走る。辺りは住宅がつながっている。それぞれの住宅には明かりが灯りTVの声や、人の楽しげな会話が漏れ聞こえてきたりしている。今の俺の心境とはかけ離れた平和な日常。それが辺りを満たしている。

 俺はさらに坂を下って行く。時には立ち止まり、スマホで優衣ちゃんに電話をかける。そんな事を繰り返して、どれくらい経った時だったろうか。優衣ちゃんが電話に出た。


 「もしもし、優衣ちゃん。今、どこにいるの?」


 優衣ちゃんからの返事は無い。ただ、かすかに嗚咽している気配だけが伝わってくる。


 「優衣ちゃん、どうしたの?今から、僕が行くから、どこにいるのか教えて」


 ここで、俺が慌てた口調では優衣ちゃんの心を落ち着かせることはできない。そう思って、俺は落ち着いた口調で、たずねた。


 「真一さん」


 電話の向こうから、涙声で俺の名を呼ぶ優衣ちゃんの声が聞こえてきた。

 やはり優衣ちゃんを助けてやれるのは俺だけだ。そんな気がしてくる。


 「優衣ちゃん、どこにいるの?」


 俺はスマホを耳に当てながら、暗い夜の街を走る。

 どこにいる?

 俺はそばにいてやりたい。

 そんな思いで走り続けていると、スマホから聞こえてくる音があった。

 電車?

 俺は頭の中に、この街のイメージを浮かべる。電車の音が聞こえる線路沿い。駅近くなら、もっと雑音が聞こえていていいはずである。静かな場所。そして、女の子が一人泣いていられる場所。

 線路沿いの公園。

 絶対と言う確証はない。だが、俺にはそこ以外に目指す場所は無かった。


 「優衣ちゃん」


 俺は語りかけながら、坂を駆け下り、線路沿いの公園を目指す。

見えた。

 公園の角にある入り口から、足を踏み入れる。広い公園に散らばる植え込み。俺は走りながら、あたりに気を配る。植え込みに沿って設置されたベンチ。そこには誰もいない。

 さらに公園の奥に進んで行くと、ベンチの横にうずくまっている人影に気付いた。

 近づく俺に、その人影が顔を上げて、こちらを向いた。

 暗くて、それが優衣ちゃんかどうかはまだ俺には分からない。

 俺は相手を驚かせまいと、ゆっくりと近寄って行く。

 公園内にぽつりぽつりと建てられている街灯が照らしだす空間に、俺が足を踏み入れた。俺の姿が相手には視認できたはずだ。


 「真一さん」


 その人影はそう言って、立ち上がった。

 やっぱり、優衣ちゃんだ。

 俺は駆け出すと、優衣ちゃんの前で立ち止まった。


 「優衣ちゃん!」


 優衣ちゃんの足が一歩だけ動いたが、そこで立ち止まってしまった。俺も、もう一歩踏み出さず、そのまま優衣ちゃんを見つめる。

 優衣ちゃんの瞳からは涙があふれ出し、両手を顔にあて、まるで泣きじゃくる子供のように嗚咽しはじめた。

 何があったのか、俺には分からない。でも、俺はそんな優衣ちゃんから悲しみを全て拭い去ってやりたかった。

 代われるものなら、その悲しみを全て自分が背負い込んでもいい。

 そう思いながらも、俺はどうしていいのか分からない。

 俺には何もできないのだろうか。

 どんな時も優しく包んであげたい。

 そう思った時、俺は目の前の優衣ちゃんを抱きしめてしまった。

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