表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

怪談は怖いですか?嫌いですか? なら、一緒に語りましょう

第1筆 森のくまさん





木にくくりつけられた『くま』から、血が滴った


夢を見た。

幼なじみが、見知らぬ男に乱暴され、殺されるところを。



仕事か何かの帰りなのだろう。

鍵を開け玄関を閉めようとした瞬間、強引に男が入ってきたのだ。

幼なじみが必死に抵抗するが、適わずに押し倒され乱暴されてしまう。

そして、男は持っていたナイフで幼なじみを……。


血が、飛び散る。


その一滴が、『くま』のぬいぐるみにかかった。


『くま』が、哀しげに、幼なじみを見つめる。


怨めしげに男を見つめる。



場面が、変わる。

ざくっ、ざくっと音がする。

男が、地面に穴を掘る音。

どうやら森の中らしい。

満月が綺麗に輝く夜の森。

風が、ざわざわと木々を揺らす。

風の音にびくびくとしながら、男は幼なじみの身体の上に土をかける。

埋め終わると、近くにあった木を見て、一目散に森の中を走って行った。


木には、『くま』がくくりつけられている。




【早ク……見ツケテ……】




はっと目が覚めた。

ばっと上半身を起こす。

なんだったのだろう。今の夢は。

ただの夢にしては、妙にリアルだった。

リアルどころじゃない。まさにその現場にいたかのような……。

最後のあの『くま』は、いつの間に木にくくりつけられたのだろう。

あの男がくくりつけた訳じゃないのなら、どうやって?

あの『くま』が自分でくくりつけたというのか?

…………ただの夢をなぜ真剣に考えてるのだろう。

所詮夢だ。疲れてあんな夢を見たのだろう。

そう思うのに、頭から離れない。

電話をしてみよう。それで不安は消える。

携帯を取り、幼なじみの番号にかける。


「…………」


なかなか出ない。寝てるのだろうか。

やっと出た。口を開きかけた瞬間、


《………………、早ク……見ツケテ……》


「…………っ!」


夢の中と、同じ声。ブツンッと電話が切れた。



私は急いで着替え、顔も洗わずに財布と携帯だけ持って家を出る。



そして、鬱蒼と繁る森の中を、急き立てられるように掻き分けて行く。

所詮夢なのだから、気にすることなどなかった。

しかし、どうしても、妙に胸が騒いで仕方ないのだ。

無視してはいけない、行かなければ、と思うのだ。

なぜかは分からない。

分からないが、まるで何かに押されるように、森の中を駆けている。

なぜ、こんなに必死になっているのだろう。

あの声を聴いたからか?

所詮、夢なのに。幼なじみは、殺されているとでも言いたいのか?

突然、開けた場所に出た。太陽が燦々と降り注いでいる。

そこに、


『くま』が、くくりつけられていた。


幼なじみが大切にしていた、『くま』のぬいぐるみ。

『くま』がくくりつけられている木だけ、生々しい『鉄』の臭いがする。

それもそうだろう。中に人体の一部でも埋められているのか、と思うほどの乾いていない大量の『血』が、木に付着しているのだから。

あれは、幼なじみの『血』なのだろうか。

『くま』が、空虚な瞳で、哀しげに私を見据える。

まるで「早く見つけてやってくれ」と、言っているように。

『くま』から『血』が滴った。

『血』が落ちた場所を、見つめる。

よく見ると、土から生えた『指』が――。


そうだったのか。早く見つけてもらいたかったから――。


『お前』は、そうやってずっと待ってたんだな……。

携帯を取り出し、『110』と押す。



『くま』の表情が、穏やかとなった。





男は、同じ森の中で、まるで恐ろしいモノに出会ったかのような、なんとも恐ろしい形相で死んでいたらしい。

死因は心臓発作とされている。



第2筆 お土産





女が天井からぶら下がり、こっちを見た



「おい、おせーぞ」


「悪い悪い。電車一本逃した」


暗くなり、不気味な樹海の前で友人と落ち合う。

今日はこの樹海の中で肝試しをやることになってる。

一人ずつ樹海の中に入り、予め木に付けてある色付きの紐を取ってくるという、至ってシンプルなものだ。


「彼女、結局来なかったんだ」


「うん。最後まで行かない。嫌だって」


俺の彼女は昨日からずっと誘ってるけど、結局行きたくない、嫌だって言われて無理だった。

無理矢理連れてくることも出来ないし、する必要もないから一人で来た訳だ。


「んじゃ、面子は揃ったし、やりますか」


「樹海つってもおもろくねーなー。なんも起こらなかったぞ。次、お前な」


懐中電灯を渡される。次は俺の番。真っ暗な闇の中を懐中電灯を点けて、樹海の中に足を踏み入れる。




懐中電灯で照らしながら、ロープを伝って進む。

周りは、不気味なほど静か。

ロープがなかったら右も左も、前も後ろも分からなくなってるところだ。

ちゃんと前に進んでるつもりでも、方向感覚を失う。

しかも暗いから余計だ。

だから、樹海に自殺に来る人がいるんだろうな。


「おわっ!?」


こけそうになるのを、なんとか踏みとどまる。

何かにけづまづいたみたいだ。

照らしてみるけど、何もない。

自分の足でもつれたとか?カッコ悪。あいつらには言わないでおこう。



しばらくしてようやく紐を見つける。

これで戻れる。さっさと戻ろう。



「取ってきたぞ……って、なんでお前いんの?」


戻ってみたら彼女がいた。なんで?あれだけ嫌だって言ってたのに。


「心配になったから……」


具合でも悪いのか、彼女の顔が青白い。

彼女が俺をしっかりと見た。

その瞬間、彼女の表情が変わった。

驚愕と、恐怖。

俺が、どうかしたのか?

彼女がポケットから取り出したお守りのような物を、俺に持たせる。


「…………?」


「何かあったら、中に入ってる物を撒いて。何かあった時だけ使って。約束して」


「う、うん。分かった……」


何かあったらって、何か起こること前提か?

俺に何か憑いてるとか?まさかな。



その後、何事もなく肝試しは終わってそれぞれ家に帰る。



無事に家まで帰ってきた。

あいつ、大丈夫かな。別れるまで顔色悪かったし。

ポケットからお守りを取り出す。

黒い袋に入ったお守り。お守りに黒って、ありなのか?

まぁ気にすることじゃないか。



軽くシャワーを浴びて、寝ようとした時だった。

部屋の中に土の匂いが充満してることに気づく。

なんで土の匂いなんかするんだ?

土の匂いに混じって異様な匂いがする。

匂いのキツい方を辿ってみると、どうやら靴が原因らしい。

洗ったら取れるかな。


いきなり、ぽたっと何かが落ちてきた。

見上げると、苦痛に歪んだ醜い顔をした女が、嗤いながら天井からぶら下がっている。

びっくりして尻餅をついてしまう。

女が、俺に触ろうと腕を延ばしてくる。

触られたら、ヤバいんじゃないか?

女の腕が延びてくる。俺は、動けない。

びっくりして腰が抜けた訳じゃない。

本当に、動けない。

うわ……これがかの有名な金縛りか。

これじゃあ彼女にせっかくもらったお守りも意味ねぇよ。

動けないからポケットから出せない、中身を出せない。

そもそも、シャワー浴びる時にテーブルに置いちゃって、今ポケットにお守りがない。

しっかし、彼女が見たのはコイツだったのか。

そりゃあ顔色悪くもなるわ。

金縛りじゃなかったら、今頃トイレに駆け込んでゲロってる。

てか、女の気持ち悪い手が、俺の首に延びてくる。

間近で見たら余計気持ち悪い。腐敗してる。

俺を殺して、仲間にしようと?

床に押し倒される。ギリギリと喉を締め上げられる。

ヤバい……マジで殺される。

でも、金縛りで動けないしお守りもない。

為す術なし。

意識が遠退いてきた時だった。

ポケットの中で、パリンッと何かが割れる音がした。


ぎゃあああああぁぁあっ!


悲鳴が上がり、女が消えた。

咳をしながらポケットを探る。

出してみると、テーブルにあるはずのお守り。

守ってくれたのか……?

緊張が解けたのか、そのまま眠った。



彼女に女のことやお守りのことを訊いてみた。

あの女は恐らく、寂しさから波長の合う俺に憑いてきて、仲間にしようとしたらしい。

お守りは、彼女の家に伝わる由緒正しき魔除け。

お守りを造った彼女が死ぬまで、お守りは俺を守ってくれるらしい。

お守りは、なくさないように首にかけてる。


第3筆 自己主張





『夢じゃあ、ないよ』


耳元で、そう囁いた



目覚ましの音で起きる。

目覚ましを止め、起き上がる。

ちゃんと寝ているはずなのに、疲れが取れない。

なぜだろう。こんなこと今までなかったのに。

この部屋に引っ越してきた時からかもしれない。

転勤のために引っ越してきたこの部屋。

近所のお喋り好きの主婦が、面白そうに噂していた。

この部屋には昔、殺された挙げ句に壁に埋められた男がおり、入居してくる人間を呪い殺すのだと。

男は未だに壁に埋められており、入居してくる人間を、仲間にするべく待っているのだと。

どこにでもある、よくある噂、怪談。

まぁ、私は怪談や幽霊など信じていないから、どうでもいい話だ。

しかし、引っ越してきてから疲れが取れなくなったのは事実。

市販されてる薬でも買ってみるか……。



「はぁ……」


帰ってきた。家に着いた途端に、疲れがどっと襲ってくる。

まるで、背中に何かを背負ってるみたいだ。

頭が痛い。身体がだるい。

なぜ、ここまで身体が重い?


『………………』


声が聴こえた気がして、振り向く。

勿論私以外、誰もいない。

壁に、黒い染みがあるのは気のせいか?まるで、人の形に見える。

こんなもの、朝までなかったのに。

顔の形のような染みに、目と口があるように見える。


見つめていると、染みの“口”が笑った。


びっくりして後退りしてしまう。

再び視線を戻した時、染みはなくなっていた。

……情けない。幻想を見るほど疲れているのか。

今日はもう寝よう。



『…………オ前、仲間、決定……クスクス……』



風呂上がりにコーヒーを飲みながら、ニュースを見る。

最近殺人とか放火とか失踪とか、物騒だな。昔からだが。

さて……寝よう。

なぜか耳鳴りが酷い。



暑い。 暑い。

なぜか異様に暑い。今は十月。こんなに暑いことなどないのに。

まとわりついてくる暑さ。

服が汗でへばりついて気持ち悪い。


頭痛が酷い。


吐きそうなほど酷い。本当に頭が割れそうだ。

寝返りを打ち、目を開ける。

目の前に見えるのは、あの黒い染みが浮かび上がった壁。

黒い染みがくっきりと浮かび上がっている。

黒い染みが、“嗤う”。


ずっ…… ずるっ……


黒い染みから、“男”が這いずり出てくる。

急いで寝返りを打つ。夢だ。あんなもの夢に決まってる。


『……クスクス…』


耳元で、嗤い声が聴こえた。


『夢ジャア、ナイヨ……オ前、気ニ入ッタ』


ふーっと、耳に息を感じる。

背中に、衝撃を感じた。

ずぶずぶと、“何か”が入り込んでくる。

私の大切な“何か”を、掴み、肉体という“殻”から引き摺り出そうとする、感覚がした。


『サァ、俺ト来イ』


嬉しくてたまらないというような、笑い声が、響く――。



今日、この家に引っ越してきた。

この広さで家賃二万なんて安すぎ。

一人で住むには十分すぎる広さ。

なんで安いのか、だけど、この部屋は曰く付きだから。

何年か前にこの部屋で、男の人が死んだらしい。

原因は不明。健康そのものだったのに、原因不明の突然死。

それ以前から、殺された男が壁に埋められているっていう噂があって、その男に連れて行かれたんじゃないかって噂。

私が引っ越してくるまでに何人か入ったらしいけど、その人達も原因不明の突然死を遂げたらしい。

まぁ、ちょっと怖いけど単なる噂だし気にすることないでしょ。

お腹すいたし、コンビニでも行ってこよ。


『………………』


「…………?」


後ろを振り返る。声が聴こえた気がしたけど、気のせい。

私以外いないし。

それよりコンビニコンビニ。



『今度ハ女ダナ……』


『どうするんだ?』


『ソリャア勿論“喰ウ”サ。女ナラ、強姦サレル夢ヲ毎日見セテヤロウゼ』


『それで、弱ってきたら“犯して”喰うか?』


『勿論。楽シミダナァ』


『ああ』



第4筆 集団下校





“皆”といれば、寂しくないでしょう?



さまよい始めて、何年目?

殺されたあの日から何年目?

忘れた。もうどうでもいいから。

親友だと信じてたあいつはもう死んだしね。

愉快だった。死んだはずの私を見て、ごめんなさい許して、って。

血塗れの身体であいつの前に出たから、かなり怯えてたなぁ。

で、階段から落ちて頭打って、打ちどころが悪かったから即死。

どんな気分だったのかな。私と同じ死に方して。

まぁ、どうでもいいけど。

楽しそうに笑いながら学校に行く子供を眺める。

楽しそうだよね……。

私だってその中に入りたいのに。

でも、私は死んでるから誰も気づいてくれない。

気づいてくれる人なんていない。

眺めるだけしか出来ない。



校庭に突っ立って、体育の時間なんだろうな。楽しそうに走り回ってる。

一年生かな。

楽しそうに、はしゃいで。

私なんて、未練たらたらでさまよってるのに。

いいなぁ……。突然死んで、全てがぶち壊しになることを知らない笑顔。

戻れるんなら、戻りたい。

もう無理だって分かってるけど。



放課後になって、皆が帰っていくのを眺める。

その中には私の友達もいる。

誰も気づいてくれないけど。

誰でもいいから、気づいてくれないかな……。


『あなたも、一緒に来る?』


思わず顔を上げる。

私に手を出してくる、女の人。

幽霊に憑かれてることに気づいてない、女の子。


『皆と一緒にいれば、寂しくないでしょう?』


そう、そうだ。皆といれば寂しくない。

だから、女の人の手を握った。



「あ、ごめん。忘れ物したから先に行ってて!」


「あいあい。ゆっくり行っとくから、早く来てよ」


「うん。行ってくる!」


手を振って学校に走って戻る。

早くしないと遅いって怒っちゃう。

ふと、立ち止まる。

目の前には、女の子。

幽霊が、背中に三人もいる。男が二人、女が一人。

女の子は、きっと幽霊に気づいてないんだ。

皆私みたいに視える訳じゃないのに、女の子を避ける。

近づきすぎたら、移されちゃうから。

女の子が私の方へと歩いてくる。

目を合わせちゃダメ。目が合ったら、幽霊が全部私のところに来ちゃう。

俯いて女の子の横を通る。

しばらくして後ろを振り返ったら、幽霊が一人増えてた。

私と同じくらいの、女の子。

その女の子が、私を見てきた。

にっこりと、笑って。



第5筆 我が家のケルベロス



人が、生えている。



ケルベロス:三つの頭を持つ地獄の番犬

英雄ヘラクレスによって生け捕りにされ、地上に引きずり出されもがき苦しんだ際に、その涎から毒草トリカブトが生まれたという



あれは子供の頃の、ある日のことだった。

とても暑い日で、蝉がうるさく鳴いていた日だった。

私は学校の帰りで、近道をしようと思いいつもは通らない公園を通ったのだ。

不意に、クゥーンクゥーンとうう、いかにも犬の鳴き声のような音が聴こえてきた。

気のせいかと思ったが、どうも違う。

仕方なしに音が聴こえてくる方へ行く。

そうしたら、いた。子犬が、段ボールに入れられて。恐らく柴犬だろう。

人懐っこそうな瞳で、私を見上げてくる。

まだ生後間もないのだろうか。かなり小さい。

連れ帰ったら親がなんと言うか不安だったが、置いていくことも出来ずに連れ帰った。



結局、怒られることもなく子犬を飼うことになった。

私よりも、母の方が喜んでいた気がする。



子犬を連れて、初めて散歩に出る。

昨日までしっかりと食べさせて、休ませたから元気だ。

リードを持つ手が、ぐいぐいと引っ張られる。

早く遊びたいんだろう。



公園に着いて、ボールを投げて遊ぶ。

投げたボールをくわえてきて、投げてと言うように尻尾を千切れんばかりに振る。

ボールを投げる。

子犬がボールを追いかけていく。

力を入れすぎたのか、ボールは茂みの中に入ってしまう。

子犬もボールを追って、茂みに入ってしまう。

すぐ出てくるかと思ったが、なかなか出てこない。

仕方なく茂みに入って子犬を探す。

後ろから鳴き声がして、ほっとして振り向く。

子犬が元気よく尻尾を振っている。


子犬の身体から、人間の手足が、頭が生えている。


実に、出鱈目に。

顔が、笑う。

私は、子犬に触れることが出来なくなった。



それから何日か経った夜だった。

その日はとても嫌な、暑苦しい夜だった。

嫌な汗が流れる。

汗の染み込んだ服が皮膚にへばりついて、気持ち悪い。

汗を拭こうと思い腕を動かそうとして、身体が動かないことに気づく。

金縛り……か。

またか。全くもって鬱陶しい。

まぁ、やり過ごせばいいだけの話だ。

目を閉じていればそのうち眠り、朝になっているだろう。

そう思い、目を閉じる。

その時だった。ギシッと、ベッドが軋む音がした。

思わず目を開けてしまう。それがいけなかった。

目の前に、にたりっと笑う髪の長い女がいた。

髪に隠れて詳しい表情は見えないが、笑っているのは分かる。

女の手が、私の首にかかる。

まさか……もしかしなくても殺される……のか?

よく顔を見せる幽霊じゃなく、どこぞの見知らぬ幽霊に殺されるのか?

この女に恨みをかった覚えはないぞ。

女の手に力がかかる。

喉を締めつけられる。

もう駄目かもしれない、と思った時だった。

子犬の鳴き声が聴こえてきた。

子犬の鳴き声を聴いて、なぜか女が怯えて私の首から手を離す。

子犬が女に飛びかかり、腕に噛みついた。

そして、女は悲鳴を上げて消え去る。

呆然としていると、子犬が私にじゃれついてきた。

撫でてやると、尻尾を振って喜ぶ。

心なしか、子犬に憑いた幽霊が得意気に笑っている。

なるほど……。なぜかは分からないが、この幽霊は私を守ってくれたみたいだ。

今まで子犬に触れなかったが、これからはうまく付き合えそうだ。

とりあえず、寝よう。



幽霊は今も犬に憑き、共に暮らしている。



第6筆 今日の運勢



あぁ、今日は嫌な日になるな



ネクタイを締めながら、自画像を見る。

友人の友人に描いてもらった自画像。

首に黒い紐が巻きついてる……ってことは、今日はあまりいいことはないな。

なぜだか知らないけど、この自画像は今日がいい日か悪い日か教えてくれる。

黒い紐の日は、何か悪いことが起こる日。

白い紐の日なら、逆にいいことが起こる日。

紐がない日は、悪いこともいいこともない普通の日。

まぁ悪いこといいことって言っても、些細なことだ。

悪いことなら、仕事でちょっとしたミスをするとか、どしゃ降りの雨の日に限って傘を忘れるとか、飲みすぎて二日酔いとか。

いいことなら、上司に奢ってもらえるとか。

どっちかというと、悪い日の方が多い気がするな。

さてと、そろそろ出ないと遅刻する。


電車を待ちながら、眠いなぁと欠伸を繰り返す。

電車がもうすぐ来ることを告げるアナウンスが流れる。

通過だから、止まることはない。

その止まることの電車目掛けて、高校生らしき男が、飛び下りた。

人体が破壊される音に、飛び散る血。

そして、

転がってきた、半壊した首。


「う"っ……!」


吐き気をこらえて、その場にうずくまる。

やっと止まる電車。騒がしい悲鳴。

今日の悪いことって、まさかこれなのか?

今まで上司に怒られるとか些細なことだったのに、いきなり人が目の前で死ぬだなんて……。



「お前大丈夫か?顔色悪いぞ?」


「大丈夫じゃない……あんなもん見てみろ、吐くぞ」


「そりゃそうだ。部長に言っとくから、今日は帰れよ」


「悪ぃ……そうするわ……」


同僚に見送ってもらって、ふらふらした足取りで会社を出る。

マジ気持ち悪ぃ……。こんなんじゃ最初から休むんだった……。

転がってきた生首を思い出すと、吐きそうになる。

転がってくる血塗れの生首がコロコロとこっちに来て……俺を見る。

単なる偶然だけど、生首は俺を見た。

“見られた”



それから毎日、事故現場に居合わせるようになった。

そして、俺の前に転がってくる生首。

慣れって怖いな……。転がってきても吐き気なんてしなくなった。

普通に、会社に行くんだ。

どうして“首”ばかり転がってくるのか、考えなかった。



今日もいつも通りに起きて、ご飯食って、着替えながら自画像を見る。


「なんだ……これ?」


首に赤い糸が幾重にも巻きついて、頭に針みたいな物が突き刺さっている。

どういうことだ?気をつけないと、怪我するってことか?

事故に居合わせることと、何か関係あるのか?

とりあえず、仕事行くか。



仕事が終わるまでは何事も起きなくてほっとする。

今から何か起きるってこと、ないよな……?

とりあえず、さっさと帰ろう。



信号待ちをしながら、後ろを見る。

工事現場。鉄パイプみたいな積み上げてる途中だ。なんかぐらぐらしてるけど、大丈夫か?

いや……まさか、な。

信号が青に変わって渡ろうとした時だった。信号の向こう側に、首のない半透明の人間が佇んでいた。

視線を感じて足下を見ると、俺を恨めしげに見上げてくる首。

そんなの無視してればよかったんだ。

後ろで、何かが千切れるような音と、何かが落ちてくる轟音。


振り向く間もなく、頭に走る衝撃。


ざわざわと騒がしく、俺に集まってくる野次馬。

俺、どうなったんだ?

声が、聴こえてきた。



『あーあ、せっかくあいつら使って警告してあげたのに』



第7筆 直径250mmから直径180mmへ



女の悲鳴が、排水溝から聴こえてくる



はぁはぁという、荒い息。

ざしゅざしゅという、肉を突き刺す音。

包丁が突き刺さる度に跳ねる、女の身体。

美しかったであろう顔は、判別不能なほどズタズタに裂かれ、身体も内臓がはみ出している。

女を辱めているのも、また女。

お前が悪いんだ、と繰り返しながら、ただ女を辱める。

何が彼女を、殺人に駆り立てたのか。

仕事のいざこざか。

はたまた色恋事か。

いずれにせよ、いつも微笑んでいるような印象を受ける彼女を殺人に駆り立てるようなことを、女はしたのだろう。

彼女の被害妄想でなければ。

突如として彼女は突き刺す手を止め、跳ねるように立ち上がると、笑い出した。

ひゃはは、あは、あはははは!ひひ、ひゃははははは!と、狂ったように。

狂ったように笑ったまま、シャワーの蛇口を捻る。

水が血を排水溝へと、導く。

彼女は尚も笑う。

手にしていた包丁を見ると、一際笑い声が高くなった。


彼女は笑いながら、包丁を自らの首に埋め込む。


血が吹き出し肉が断たれ、骨に当たろうとも、構わず包丁を埋め込んでいく。

笑い声がごぼごぼという音に変わった時、彼女はようやく笑うのをやめ、倒れた。



排水溝に血が流れていく。



それから数年後、事件が起こった部屋に事件のことを知ってか知らずか、女が一人入居する。

仕事も恋も、全てが順風満帆なはずだった。

たった一ヶ月で仕事がうまく行かなくなり、恋の方もすれ違いが生じ、どうしようもないところまできてしまった。



泣きながら風呂に入っている時だった。

ふと、誰かに見られているような違和感を感じ、顔を上げる。

当然自分一人しかいない訳で、誰かがいる訳がない。

しかし、違和感は消えない。

疑問に思っていると突然、身体を動かせなくなった。

それどころか、自らの意思で身体を動かせないというのに、勝手に身体が動き出す。

ずぶ濡れのまま台所へ向かい、包丁を握りしめる。

包丁を握りしめたまま、風呂場へと向かう。


握りしめた包丁を手首に突き刺す。


何度も何度も、手首に突き刺す。

次第にズタズタになっていくが、お構いなしに包丁を刺す手は手首を抉る。

勿論、女の意思ではない。

手首を刺すことに飽きたのか、ひんやりとした刃を首に当てた。

女のしゃくりあげた声が、ひひっという笑い声に変わる。

そして、包丁を喉にねじ込んでいく。

肉を引き裂き骨に当たろうとも、止まらない。

喉に血が溢れ、声の代わりにごぼごぼと音がする。

喉を半分以上切り裂き、ようやく手が止まった。

女は既に息絶えている。倒れた拍子に頭部が受けた衝撃が強かったのか、かろうじて繋がっていた肉が千切れ、頭部は壁の隅に転がっていく。



排水溝に血が流れていく。



血がすっかり洗い流された風呂場を眺める。

一ヶ月前、彼女に何が起こったというんだ……。

首が包丁で切断され、引き千切ったかのようにもげていたと聴かされた。

無惨な死体。残忍な殺し方。

どうして、こんなことに……。

今更後悔しても遅すぎる。彼女は死んだんだ。もういない。

こんなことになるなら、意地を張らずに謝ればよかった。

彼女なら許してくれたはずなのに。最後は笑顔になってくれたはずなのに。

後悔ばかりが募る。



ふと、ごぼごぼと水が流れるような音がした。

音を辿っていくと、排水溝から聴こえてくるみたいだ。

気になって排水溝に近づく。

ごぼごぼという音が、いつの間にか女の悲鳴になった。

苦痛に悶えるような、何かに追われて必死に逃げているかのような悲鳴。

段々と悲鳴が近づいてきている。

ここを出た方がいいかもしれない。

そう思った時は遅かった。排水溝から真っ赤な汚水が逆流してくる。汚水と一緒に、女が湧き出てくる。

身体中が真っ赤な、三人の女。

その中に、彼女がいる。首から滴る真っ赤な血に染まり、見知らぬ三人の女に憎々しげな表情で腕を掴まれている彼女。

彼女は女達から逃れようとしてるのか、必死に女達の手を払いのけようとしている。

だが、意味がない。

彼女が私に気づいた。助けを求めるように手を伸ばしてくる。

しかし、女達が恐ろしい形相で睨んでくる。

恐ろしくて、後退る。彼女が、憎々しげな声を上げた。

彼女達が吸い込まれるように引き伸ばされ、変形する。

吸い込まれた先は、蛇口。

彼女が私に手を伸ばしたまま、吸い込まれていく。

蛇口に吸い込まれても、手だけが執念深くまだ覗いている。

しばらくして、手も吸い込まれた。

私はその場にへたり込む。



蛇口に吸い込まれた彼女達は、どこに連れて行かれたのだろう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ