ハイパーベンチレイション
こんなに大量の血が流れる音、初めて聞いた。
意外にもきれいな音だ。それにまったく痛みを感じないし、暖かい感じがする。もしかすると、もう天国なのかもしれない。
「う…痛ってぇ」
目を開くと目の前に大川が俺の肩を抱くようにして俺に寄りかかっている。なぜだかかなりつらそうな表情している。
「...え?」
その後ろにはまだ例の化け物が殺気を出していた。
!
大川の背中から大量の血が流れている。
え…これって…
「…痛ってぇ、…野田…逃げろって…」
………死ぬだろうか。
ここで逃げれば助かる可能性がある。
逃げなければ大川も助かる可能性がある。いや、実際は無いが。
どうしよう、体が動かない。
「ハァ…ハァ…」
息が苦しい。吐き気がしてきた。
「ハァ…ハァ…」
発作だ。こんなときに…
「ハァ…ハァ…」
やばい…意識が薄れてく…
「ハァ…ハァ…」
死ぬ、確実に惨殺コースで。
「ハァ…ハァ…」
つまらない生活だったからちょうどいいかもしれないな...
「ハァ…ハァ…」
でも、大川には死ぬ価値がないと思う。
「ハァ…ハ……っ」
ふと。
こんなときにふと、佐々愛子の笑顔が頭の片隅をよぎる。こんなときに。
ここに来て初めて、死ぬのが怖くなった。
野田の意識がなくなる頃には、すでに体が黒に侵食されていた。体の何処かから広がった深い黒は、野田の身体を埋め尽くした。
野田(?)は、大川の腕を放し、化け物の前に立った。
[やはり、お前も同類だろう。]
[……]
[すぐに帰ろう。その入れ物から出るんだ]
化け物が野田(?)に手を差し伸べる。
野田(?)はその手を取る。
そしてそのままその手を引き抜くようにして千切り、後ろに投げ飛ばした。
[手遅れか…早くに気付いてやれず、すまなかった]
ギイイィイィィイィイィィイィイィーーー
叫んだのは野田(?)の方だった。
化物の顔をおもいきり殴り、腹をけり上げる。
化け物は宙に浮き上がり、地面に背中から叩きつけられる。
「…すげえ…」大川は朦朧とする意識の中でそれを見ていた。
化け物が仰向けになったところをすかさず押さえつける。
漆黒の左手は首、そして漆黒の右手で腹部や頬を殴り続ける。
化け物はすでに動かなくなっていた。
大川は、もう死んでるよ!やめろ!と叫びかったが、意識を保つには血液が不足していた。
ガチャ
扉を開け、屋上へ来てしまったのは佐々愛子だった。
[大川く…えっ!大川くん!?どうしたの!?」
トイレに行ったまま帰りがあまりにも遅い大川を探しに来た佐々は、大川が血まみれで倒れているのを見て、駆け寄ろうとした。
「え…誰です…」
が、その道を野田(?)に阻まれたことに困惑していた。
「あの…大川くんが…」
野田「?)佐々の首をつかんだ。
「え…?」
もう片方の手を振り上げる。
「きゃあっ!」
野田は腕を下げ、掴んだ手を放した。
「…野田くん?」佐々がおびえた表情で言う。
野田の肌が左目から徐々に元の色に戻り、意識も正常に戻っていた。
「ねえ、これどうしたの…!?」
「……」
「大丈夫?…どうしたの?」
[……」
「……野田くん?なんで泣いてるの…?」