寿司屋コンビニ(小説版)
トラックが行き交う、郊外の片側二車線道路。その脇の歩道をフラフラと歩く男がいた。
グレーのスーツ、ビジネス鞄。二十代のサラリーマンに見える。
「駅まで……遠い……」
そこは都心から遥か彼方の地。
トラックが脇を通る。風が巻き上がり、ホコリが舞う。
男は大きくフラついたが、道の脇の手すりに掴まり、踏み止まった。
ふと、道の外に立つ看板に目が行った。女の子がオニギリを美味しそうに頬張っている。
「そう言えば昼飯……食った記憶が無い。そうだな、何か食わないと……」
男は左右を見回す。あるのは道と田んぼだけだった。建物らしきものは、農業用の納屋ぐらいしか見当たらない。
「歩くしか……」
男は歩いた――。
三十分経過。光る看板が見えた。
「何かある!」
男は意気揚々とその建物へ向かって歩いた。建物が大きく見えて来る。看板がある。
それはコンビニだった。白地に青文字で「Sマート」と書いてある。
「聞かない名前だな」
看板の下には、更にイートインと書いてあった。
「よし! 行ける!」
男はコンビニに入った。
「えい、らっしゃい!」
店に入った途端、威勢の良い声が響いた。
男は一瞬立ち止まった。が、特に気にせず、弁当コーナーに向かった。
そこには、いくつかの弁当があった。シャケ弁、シュウマイ弁当、海苔弁。
「……えーと……これか」
男はシャケ弁を引っ掴み、レジに持って行った。
「これ下さい!」
しかし、店員は後ろを向いていた。何かを握って、口に運んでいるようだ。
「すいませーん!」
無反応。まだ何か食べてる。
「すいませーーーん!」
店員はビクッと飛び上がり、男に振り向いた。
「えい、何にしましょ?」
店員は、男の前に、お茶とおしぼりを置いた。
「……なんすかこれ?」
「アガリとおしぼりです」
「……サービス?」
「元、寿司屋なもので」
「ああ……なるほど?」
男は、お茶を飲み、おしぼりを使った。
「これ下さい! イートインで!」
店員は眉間を上げ、イヤそうなな顔をした。
「弁当……ですか……」
「……弁当ですよ?」
店員は、悲しそうな表情で下を向いた。
「どうしたんです?」
「いえ……何でも……」
店員は弁当を袋に詰め始めた。
ふと、男はレジ横に醤油差しがあるのに気付いた。
「醤油差し? なんで?」
店員は顔を上げ、嬉しそうにニヤリと笑った。
「……気付いてしまいましたか……」
店員は、男にコッソリ耳打ちをした。
「いいコハダが手に入ったんですよ」
「コハダ?」
男は、周りを見回した。まごうことなきコンビニの店内が見える。
「ここ、コンビニですよね?」
「コンビニですね」
二人は、しばし見つめ合った。妙な沈黙が流れた。
男はちょっと考えた。
「いえ、弁当……弁当下さい!」
「ああ、コハダはお嫌いですか」
店員は、後ろを向いて、並んでいたネタを指差して確認した。
「マグロはお好きですか?」
男は唾を飲み込んだ。
「いえ、弁当で……いいです」
「タコ。これね、明石のタコなんですよ」
店員はタコを持ち上げた。
「……弁当……」
「ウニもあるんですよ?」
グウ。男のハラが大きく鳴った。
「……ウニ……ですか……?」
店員は、ニヤリと笑った。
「ウニ、お好きそうですね。僕もね、さっき食べてみたら、これがもう、濃い味で旨いったら!」
「う、ウニ下さい!」
「ウニですね」
店員は、ウニの軍艦巻きを握り、客の前に置いた。
「えい、お待ち」
男は、寿司をほうばった。
「旨い! これは旨い! 今まで旨いウニを食べてきたけど……これは、最高だ!」
「まあ、元寿司屋ですからね」
男は、寿司をほうばりながら、店員を微妙な表情で見つめた。店員は上機嫌だ。
「実はね、とっておきの奴があるんです」
「とっておき?」
「食べてみます?」
「是非!」
店員は、また寿司を握った。
「どうぞ」
「おっ、これは!」
「スモークサーモンです」
「へえ!」
「お店にある食材で工夫してみたんですよ」
「やるねえ大将」
「コンビニ店員です」
「旨い旨い」
「まだありますよ」
寿司を握る。
「うお、何これ旨い」
「アイスですね」
「アイス?」
「ゴリゴリ君、トマトスープ味ですね」
「へえ……こんなんなんだ」
「じゃあ、ここらで奥義行ってみますか」
「奥義?」
店員は、複雑な勢いのあるポーズで寿司を握った。
「お待ち。はあはあ……」
「ちょっと、大丈夫?」
「ちょっと気合い入れすぎました。どうです?」
「これはコリコリっとして……」
「シャーペンの芯ですね」
「ちょっとーっ! これ食えんの? ペッペッ」
「コリコリっとした感触がキャビアっぽくて……」
「違えーーよ!」
「奥地で会いませんでしたか?」
「奥地行ってねーしっ! どこの奥地だよ! ジャングルかよ……って、それは、お口にでしょ!」
「あ……」
「あ、じゃなくて!」
「ではファイナルウェポン握り行きますか?」
「ファイナル?」
店員は、超高速で走って寿司を握り、寿司をカウンターに置くと、バタリと倒れた。
「ちょっと、大丈夫? ねぇ? 生きてる?」
「……食べて……」
「これは何だろう……パサパサして……年季が入った……」
店員は起き上がった。
「少年チャンプですね」
「食えねぇよ!」
「ヤギは喜んで食べますよ?」
「ヤギじゃねぇし!もういいや、旨いのもあったし……お会計!」
店員はフラフラしながら、レジを打った。
「えーと……」
店員は、手元が定まらない。打ち間違いを連発した。
「……こう!」
レジが、煙を吹いた。
「三億八千万円になります」
「高過ぎ!」




