孤児院へ
エルヴィンの想いは……。
炭鉱に行った翌朝。エルヴィンは、城の庭で剣の素振りをしていた。
エルヴィンが一歩踏み出して剣を振るうと、ヒュンという音が響いて風が舞う。更に角度を変えて剣を振るうと、エルヴィンの顔から飛んだ汗が飛沫となってキラキラと朝陽を反射した。
「精が出るな」
そんな声が聞こえてエルヴィンが振り返ると、そこにいたのは兄であるディルク。エルヴィンは、模擬刀を腰の鞘に収めると、深々と頭を下げた。
「おはようございます、兄上」
ディルクは、エルヴィンの方に近付きながら苦笑して言った。
「お前、鍛錬のし過ぎだろう。まだ朝食の時間でもないのに」
エルヴィンは、目を伏せたまま答える。
「いえ……。俺は、まだまだ鍛錬をしなければならないんです。俺は、兄上やベンヤミン達のように、魔法が使える訳ではありませんから……」
そう。エルヴィンは、魔法を使う事が出来ない。正確に言うと、戦闘に使える量の魔力を引き出す事が出来ないのだ。
魔術師に診てもらった事もあるが、潜在的な魔力量が少ないのか、魔力を放出しにくい体質なのかは分からない。ただ、遊牧民の血が流れていると魔力を放出しにくくなるという説は、以前から魔法学会で唱えられていた。
「それでも、お前の剣の腕は並外れて強いじゃないか。……あまり無茶するなよ」
「はい、ありがとうございます、兄上」
そう言って再びエルヴィンが頭を下げると、ディルクは話題を変えた。
「そう言えば、聞いたかい? 聖女マシロ様に、専属の護衛を付けようという話が議会で持ち上がってるんだ」
「専属の護衛?」
「うん、マシロ様は二回も瘴気の完全な浄化に成功しただろう? 万一にも彼女の身に何か起きないように、専属の護衛を付けようという事らしい。……お前は、誰が専属護衛になるのが良いと思う?」
エルヴィンは考えた。大切な聖女の護衛となれば、かなりのレベルが求められる。そして、アルヌルフは雷魔法、ベンヤミンは風魔法、ツェーザルは水魔法、ディートマーは土魔法を極めている。皆実力は申し分ないが……。
「……俺では駄目でしょうか」
「お前が専属護衛になるという事? お前は王太子では無いとはいえ、公務もあるだろう。両立できるのか?」
「……やらせて下さい。俺が、マシロを守りたいんです」
ディルクは、フッと笑うと、頷いて言った。
「分かった。議会には、僕から働きかけておくよ。……実は、お前が名乗り出るんじゃないかと思ってたんだ。昨日の夕食の時、お前が優しい目でマシロ様を見ていたからね。……じゃあ、しっかりマシロ様を守るんだよ」
「はい、ありがとうございます、兄上」
エルヴィンが頭を下げると、ディルクはエルヴィンに背を向け、ヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
一人庭に取り残されたエルヴィンは、考えていた。どうして自分は、そんなにマシロを守りたいのだろう。分からない。
でも、墓地に供えられた花を守ろうと飛び出したマシロ。魔物を倒した後、一生懸命墓石を磨くマシロ。そんな彼女の姿が脳裏に浮かび、気が付いたら「俺では駄目でしょうか」と言っていた。
……まさか、恋? いや、きっと自分は、マシロを一人の人間として尊敬しているだけだ。
それに、恋をしたって仕方ない。マシロはこの国にとって大切な聖女。それに比べて自分は、王太子でもなく魔法も使えないただの人間。マシロが自分の事を好きになってくれるはずが無い。
エルヴィンは、沈む気持ちを振り払うように、再び剣を握った。
◆ ◆ ◆
炭鉱に行った翌日の昼。私、エルヴィン殿下、コリンナさん、ヘルムートさんの四人は、城の会議室へと集まっていた。ヘルムートさんが、手元にある資料を見ながら口を開く。
「本日皆様に集まって頂いたのは、他でもありません。新たな瘴気に関する事案が発生したので、マシロ様に浄化をお願いしたいのです。エルヴィン殿下にはマシロ様の護衛を、コリンナさんにはマシロ様のサポートをお願いしたいと考えております」
「何で私がこのちんちくりんのサポートをしないといけないのよ」
コリンナさんが机に肘を突きながら悪態を吐く。ヘルムートさんは、咳払いをしてからコリンナさんの方を向いて言った。
「良いのですかな、コリンナさん? 今回瘴気の発生が確認されたのは、孤児院『リーリエ』ですぞ?」
それを聞いたコリンナさんは大きく目を見開き、ガタンと立ち上がった。
「ちょっと、それ、本当なの!?」
「はい。吐き気や眩暈を催す子供が数人出ているようです。幸い命に別状はありませんが」
「そう……」
コリンナさんはホッとした顔で呟くと、椅子に座り直して言った。
「分かったわ。マシロのサポート要員として『リーリエ』に行こうじゃない。……マシロ、浄化を失敗したら許さないわよ」
コリンナさんに睨まれ、私はコクコクと頷く事しか出来なかった。
感想等を頂けると嬉しいです!




