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墓地

エルヴィンの事情が明らかに……。

 それからしばらくして、私とエルヴィン殿下は炭鉱の近くにある墓地へと足を踏み入れた。ベンヤミンさんは、例の男達を連れて治療院へと向かっている。


 墓地は、まばらに草が生えた荒野のような土地にあるけれど、それなりに人の手が入っているらしい。白い石で出来たいくつもの墓石は、綺麗に保たれていた。


 エルヴィン殿下は、ある墓石の前に立つと、しゃがみ込んで手に持っていた花を供えた。

 誰の墓なのか聞こうと思ったけど、しゃがんだまま憂いを帯びた瞳で墓を見つめる殿下を見ると、何も言えなくなってしまった。


 エルヴィン殿下は、しばらくして立ち上がると、ポツリと言った。


「……母親の墓なんだ」

「え?」

「これは、俺の母親の墓なんだ」


 エルヴィン殿下の母親と言うと、王妃様? でも、王妃様は公務や社交で忙しいながらも健在だと聞いているけれど。

 私の心を読んだように、殿下が言った。


「俺の母親は妾でな。兄上とは腹違いの兄弟になる」

「……それにしたって、国王の子供を産んだお方の墓がこんな寂しい所に……」

「俺の母親は、遊牧民の一族で、昔は迫害されていたんだ。今では迫害される事は無いが、差別意識は根強く残っている。だから、歴代の王族と同じ墓に入る事を許されなかったんだ」

「そうだったんですか……」


 そう言えば、ディルク殿下とエルヴィン殿下は全然似ていない。母親が違うからなんだ……。


 エルヴィン殿下がその遊牧民の血を引き継いでいるという事は、エルヴィン殿下も、今まで苦労してきたのかもしれない。

 農村で見せたあの剣戟(けんげき)。あれを身に着けるまで、エルヴィン殿下はどれだけ努力してきたのだろう。皆の役に立てるように、皆に認められるように、必死だったのかもしれない。


 私はしばらく感傷に浸っていたけれど、ふと嫌な感じがした。顔を上げると、少し遠くの方に紫色の靄が見える。


「エルヴィン殿下! 瘴気の靄が見えます!」

「何だって!?」


 エルヴィン殿下がこちらに視線を向ける。私は、瘴気の見える方を指さして言った。


「あそこに見えます」

「そうか。すぐに行こう!!」


 そう言って殿下が駆け出そうとしたその瞬間。何かの群れがこちらに近付いて来るのが見えた。よく見ると、それは狼の群れ。灰色の毛をした、犬と同じくらいの大きさの狼だ。

 その群れはあっという間に墓地まで来ると、私とエルヴィン殿下に襲い掛かった。


「マシロ、俺の後ろにいろ!」


 そう叫ぶと、エルヴィン殿下は腰の剣を抜いた。殿下は次々と襲い掛かる狼を斬っていくけれど、数がとんでもなく多い上に、一匹一匹がしぶとい。よく見ると、狼の目は赤く、牙は想像していたよりずっと長い。恐らく魔物なのだろう。


「キャッ……!!」


 私の方にも狼が襲い掛かって来た。私は、護身用にと渡された剣をブンブンと振り回す。


「マシロ、剣の使い方が全然なってないな! 後日俺が稽古をつけてやろう!」

「それ、今言う事ですか!?」


 そんな言い合いをしながらも滅茶苦茶な太刀筋で剣を振るっていた私だけど、意外と抑制力にはなっているらしい。狼は、私の方に襲ってこなくなった。私から、聖女のオーラのようなものでも出ているのだろうか。


「ぐっ……!!」


 エルヴィン殿下が呻き声を上げた。見ると、一匹の狼が殿下の左腕に噛み付いている。


「あ、あっちに行けえ!!」


 私は、叫びながらその狼を斬り付ける。狼は死にはしなかったものの、大怪我を負ったようで、エルヴィン殿下の腕から離れた。


「殿下、大丈夫ですか!?」


 殿下は、軍服の左腕部分に滲む血を見ながら苦い顔をする。


「ああ……しかし、キリが無いな。早くベンヤミンがここに戻ってきてくれると良いんだが……!」


 私が瘴気を浄化できれば狼の勢いも弱まるかもしれないけれど、狼を追い払うので精一杯で、詠唱する余裕なんて無い。


 ふと墓石の方に視線を向けた私は、目を見開いた。一匹の狼が、エルヴィン殿下のお母様の墓に供えられている花を食い荒らしていたのだ。


「だ、だめえー!!」

「あっ、待て、マシロ!!」


 エルヴィン殿下の静止も聞かず、私は墓石の方に走り出した。剣を振るって、必死で狼を追い返す。


「あっち行け! エルヴィン殿下のお母様の墓を荒らすな!!」


 懸命に剣を振るった甲斐があって、狼は立ち去って行った。私がホッとしたのも束の間、エルヴィン殿下の声が聞こえる。


「危ない、マシロ!!」


 振り向くと、数匹の狼が私に飛び掛かって来るのが見えた。間に合わない! 私がギュッと目を瞑ったその時。


「風の槍!!」


 ベンヤミンさんの声が聞こえた。私がそっと目を開けると、私に襲い掛かって来た狼が全て血まみれで地面に倒れている。

 ベンヤミンさんは、私の方に近付くとホッとした顔で言った。


「間に合って良かったです、マシロ様。お怪我はありませんか?」

「……狼達を倒してくれたのは、あなたなんですか? ベンヤミンさん」


 私が聞くと、ベンヤミンさんは自慢げに笑って答える。


「はい、風を槍のように鋭くして攻撃する魔法は、僕の得意技なんです」

「へえ……」


 私が感心していると、ベンヤミンさんはエルヴィン殿下の方に視線を向けて言った。


「殿下の方も、魔物の数が多くて大変そうだ。応援に行きます」

「じゃあ、私は瘴気を浄化します!」


 ベンヤミンさんがエルヴィン殿下の元に向かうのを見送ってから、私は両手を空に向けて伸ばした。


「神よ、この世の全てに祝福を!!」


 すると、周囲に見えていた紫色の靄がスウっと消えていった。良かった。瘴気が消えたんだ。


 エルヴィン殿下達の方に視線を向けると、殿下とベンヤミンさんは背中合わせになって、狼の魔物を一匹ずつ確実に退治していた。


 この二人を題材にしてBLの同人誌を……とか考えてる場合じゃない! 空気中に漂う瘴気は消えたけど、まだ魔物は生きている。何か私に出来る事が無いか考えなきゃ!


 ふと、群れの後方にいる一匹の狼が目に留まった。あの狼だけ、紫色のオーラが濃くなっている。私は、ハッとして叫んだ。


「エルヴィン殿下、ベンヤミンさん! エルヴィン殿下側の後方にいる少し大きめの狼! 多分あれが群れのリーダーです! あの狼を狙って下さい!」

「承知した! ベンヤミン!」

「ハッ!!」


 エルヴィン殿下に名を呼ばれたベンヤミンさんは、素早く振り返ると、ジャンプして風の槍の魔法を繰り出した。風に巻き込まれた狼は次々と倒れて行き、エルヴィン殿下の前に一本の道が出来る。


「殿下、今です!」


 その言葉を合図に、エルヴィン殿下は剣を構えてリーダー狼の方に駆けて行く。


「ハアアアア……っ!!」


 エルヴィン殿下が叫ぶと同時に、リーダー狼も殿下の方に向かって来る。そして、ザンという音がしたかと思うと、リーダー狼の首が地面にドサリと転がった。


 リーダーを失った事で、他の狼の動きが乱れる。それを見逃さないベンヤミンさんは、また風の槍を繰り出して、一気に魔物を片付けた。


 狼の死体から瘴気が出る事も無い。もうここは大丈夫だと思った瞬間、私は腰が抜けて墓石の前にヘタリと座り込んだ。


       ◆ ◆ ◆


「おい、大丈夫か、マシロ」


 エルヴィン殿下がこちらに駆け寄って来る。殿下の後ろにいるベンヤミンさんも心配そうな顔をしていた。


「だ、大丈夫です。直接魔物に襲われかけたのが初めてだったので、腰が抜けてしまいましたが……」


 私が笑みを作って答えると、エルヴィン殿下は険しい顔で聞いてくる。


「どうして勝手に飛び出したりした? ベンヤミンが戻って来るのが一足遅かったら、お前の命が無かったかもしれないんだぞ」


 私は、墓石の前に散らばる花の欠片に視線を向けて答えた。


「申し訳ありません。……でも、エルヴィン殿下が大切なお母様の為に供えた花が荒らされるなんて、見ていられなかったんです」


 エルヴィン殿下は、一瞬目を見開いた後、溜め息を吐いた。


「花なんて、いつでも供えられる。でも、お前の命は一つだろう。もっと自分を大切にしろ」

「……はい」


 私がシュンとしていると、目の前に殿下の右手が差し出される。


「ほら、立てるか?」


 私は、手を差し出す殿下の顔を見上げた。優しくて、温かい笑顔。私は、そんな殿下を見てまた胸が高鳴った。


 私は、殿下の手を借りて立ち上がりながら考えた。胸がときめいたのは、殿下がイケメンで優しいからだ。この感情は、きっと憧れ。恋なんかじゃない。そう、恋なんかじゃ……。


 その後、私達三人は、墓石の掃除をした後、城へと帰還した。馬車の中で、私はずっと自分に言い聞かせていた。

 私は、日本に戻らないといけないんだ。この世界で恋なんて、してる暇無いんだ……。

マシロはエルヴィンにときめいたようですが……。

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