ドラゴン襲来1
経済会議の会場にドラゴンが……。
「これが……ドラゴン……」
空を飛ぶ大きな生き物を見つめながら、私は呟いていた。エルヴィン殿下も、同じ方向を見ながら言う。
「ああ……お前も聞いた事くらいはあるだろう。街を破壊し、とんでもない規模の火災を起こした事もある魔物だ。……しかし、最近は山奥でひっそりと暮らしているという話だったのに、どうして王都に……」
私は、メヒティルトさんのいる教会に行った時の事を思い出した。
「……まさか、また誰かが瘴気でドラゴンを活性化させているんじゃ……」
次の瞬間、ドラゴンは大きく口を開けたかと思うと、口から勢い良く炎を吹き出した。その炎は広間に広がり、会議の参加者達が騒ぎ出す。
「おい、護衛騎士はまだか!?」
「くそっ……こっちは護身用の短剣しか持ってないぞ! ドラゴンと闘えるわけが無い!」
「押すな! ドア付近に殺到したらかえって逃げるのが遅れるぞ!」
各国の重鎮だけあって、パニックには陥っていないようだけれど、何せ闘う手段が限られている。重鎮達は、続々とドアから避難して行った。
「このままドラゴンを放っておいたら被害が広がる! マシロ、コリンナさん、瘴気を浄化してくれないか? それでドラゴンが弱れば儲けものだ!」
エルヴィン殿下に言われ、私とコリンナさんは頷き合う。そして、両手を空に向けると二人合わせて声を上げた。
「神よ、この世の全てに祝福を!!」
「神よ、この世の全てに祝福を!!」
周りの空気が、少し軽くなった……ような気がする。でも、瘴気が完全に消えたかどうかは分からない。既に広間には煙が広がっており、瘴気と区別がつかないのだ。
「エルヴィン殿下、多分浄化出来たと思いますが、はっきりと分かりません!」
「そうか、いや、ありがとう。 二人共、早く逃げると良い」
辺りを見渡すと、会議の参加者はほとんど逃げており、広間に残っているのは私、エルヴィン殿下、コリンナさん、ディルク殿下の四人だけ。
私も逃げよう。そう思った瞬間、ドラゴンが広間に侵入しようとする。
「中に入らせて堪るか!」
そう叫んだのはディルク殿下。彼は宙に両手を翳すと何やら詠唱を始めた。すると、宙に魔法陣が現れ、そこから氷で出来た剣が何本も現れる。その剣は、魔法陣より高い位置にいるドラゴンに向かって真っすぐ飛んで行った。
剣が複数個所に刺さり、ドラゴンは甲高い悲鳴を上げて暴れる。でも、ドラゴンが弱る気配は無く、むしろ興奮してこちらを攻撃する気満々になってしまったようだ。
ドラゴンの前足が残った広間の天井を砕き、その欠片が――コリンナさんの方に向かって飛んできた。
「ちょっ……!!」
コリンナさんが逃げようとするけれど、間に合わない。このままだと、欠片がコリンナさんに直撃する!
「……かはっ……!!」
そう言ってその場に崩れ落ちたのは、コリンナさんを庇うように前に出たディルク殿下だった。ディルク殿下は、お腹の辺りを押さえて床に横たわっている。欠片がディルク殿下の腹部を直撃したのだ。
「ディルク様、しっかりして、ディルク様!!」
コリンナさんが、ディルク殿下の側に座り込んで呼びかける。そして、ディルク殿下の服を捲ったコリンナさんは目を見開いた。
ディルク殿下の腹部が青黒くなっている。内臓から出血しているとしたら、命も危ないだろう。
ディルク殿下は、力なく笑うと声を絞り出した。
「コリンナ……無事で、良かった……」
「ディルク様……どうしてここまでして私を……。私は、私は、あなたを利用する為に恋人になったのに……」
コリンナさんが涙目で言うと、ディルク殿下は笑みを浮かべて言った。
「うん……知ってたよ」
「え……」
目を見開くコリンナさんに、ディルク殿下は三年前の事を語り始めた。
◆ ◆ ◆
ディルクは、三年前――彼が十八歳の時、たまたまお忍びで来た大衆食堂で、コリンナに一目惚れした。
少しお調子者で常連さんに軽口を叩くコリンナ。でも、クレームを言われてもにこやかに躱し、クルクルと一生懸命動き回るコリンナに、ディルクは心を奪われた。
ディルクはすぐに店の常連となり、コリンナにアプローチを続け、恋人になる事が出来た。
恋人になってすぐ、ディルクはコリンナに自分の身分を明かした。コリンナは一瞬驚いたけれど、すぐ笑顔で「私は殿下の身分がどうであろうと殿下に付いて行きます」と言ってくれた。
ある日、コリンナの勤める大衆食堂を訪れたディルクは、コリンナと店のおかみさんが店の裏口でなにやら話し込んでいるのを見かけた。盗み聞きするつもりは無かったディルクだが、こんな会話が聞こえてしまった。
「コリンナ、あんた、本当に王太子妃になるつもりなのかい? 権力争いとか、面倒な事に巻き込まれないか私は心配だよ……」
「大丈夫よ、お母さん。ずっとこの食堂で接客をして来たのよ? 面倒な貴族をあしらうのなんて朝飯前なんだから。……それより、孤児院の経営が危ないらしいの。王太子妃になれば、孤児院の子供達に沢山食べさせてあげられるわ」
「……コリンナ、あんた、まさかその為にディルク殿下に愛想よくしてたのかい!?」
「そうよ。平民の格好をしていたけれど、ディルク殿下の服は上等なものだったし、立ち居振る舞いにも品があった。貴族なのは一目瞭然。……まさか王太子だとは思わなかったけど」
ディルクは、フラフラと食堂を後にした。城に帰った後、ディルクはベッドに倒れ込んで先程のコリンナ達の会話を思い出す。
コリンナは、自分の事を好きになってくれた訳じゃ無かった。夜会で自分に言い寄って来る令嬢達と同じ。王太子妃という地位が欲しくて恋人になったんだ。
その晩、ディルクはほとんど眠れなかった。
ディルクがコリンナ達の会話を聞いてから一週間ほど経ったある日曜日。ディルクは、コリンナが食堂の夫婦に引き取られる前にいたという孤児院の前に立っていた。
コリンナは毎週日曜日に孤児院を訪ねて、子供達に読み書きを教えたり寄付をしたりしているらしい。
コリンナの本心を知っても彼女に別れを告げる決心がつかなかったディルクは、孤児院での彼女の様子を見れば何かが変わるんじゃないかと思ったのだ。
そして、門から孤児院の庭を除いたディルクは目を見開いた。ディルクの前ではそれなりに上品な振る舞いをしていたコリンナだけれど、今彼女は子供達と一緒に庭で泥遊びをしている。
顔まで泥にまみれたコリンナは、傍から見れば決して綺麗ではない。でも、笑顔で生き生きと遊ぶコリンナが、ディルクにはとても眩しく見えた。
……ああ、やっぱり、コリンナの事が好きだなあ。コリンナが自分の事を利用しているだけだとしても、コリンナと別れたくないなあ……。
コリンナの姿を見つめながら、ディルクはそう思った。
今回はコリンナとディルクの過去を書きました!
次回も読んで頂けるよ嬉しいです!




