初めての浄化
魔物に遭遇したマシロ達は……。
「アルヌルフ、お前はベンヤミンを安全な場所へ! ツェーザルとディートマーはヘルムートと一緒に農民の非難誘導を!」
エルヴィン殿下は、威厳を感じさせる声で護衛騎士達に指示を出した。私の知らない名前が出て来たけれど、四人共護衛騎士の名前だろう。ベンヤミンと言うのは蹲った護衛騎士の名前だ。
第二王子って、護衛騎士一人一人の名前も覚えてるんだ。私は、緊迫した状況にも関わらず感心してしまった。
「マシロ、危ないから俺の後ろにいろ!」
私の方に向き直ったエルヴィン殿下が大きな声で叫ぶ。私は、は、「は、はい!」と言ってエルヴィン殿下の後ろに隠れた。
気が付くと、魔物は私達のすぐ側まで来ていた。エルヴィン殿下は、腰に刺していた剣をスッと抜く。そしてタンと地面を蹴ったかと思うと、魔物の顔近くまでジャンプし、魔物の目を突こうとした。
すると魔物は、大きな口を開けて勢い良く息を吐く。魔物の口からは、紫色の空気のようなものが吐き出された。瘴気だ。
「ぐっ……!!」
エルヴィン殿下は呻き声をあげて地面へと落下していく。どうやら、瘴気を浴びて身体から力が抜けてしまったらしい。
「エルヴィン!」
ディルク殿下が叫んだかと思うと、地面に魔法陣が現れ、そこからフワリと風が舞い上がった。その風は、落下するエルヴィン殿下をクッションのように優しく受け止める。
エルヴィン殿下は、風のクッションから降りて立ち上がると、ディルク殿下に向かって礼を言った。
「おりがとうございます、兄上!」
「礼は良いよ、エルヴィン。それより、魔物をどうにかしないと」
どうやら、あの魔法陣はディルク殿下の魔法らしい。馬車の中で、王族は魔力が強いと聞いていたけれど、間近で見るとやっぱり凄い。
「あの、ディルク殿下。大丈夫ですわよね?……あの魔物、ディルク殿下なら倒せますわよね?」
コリンナさんが、心配そうな表情で聞く。ディルク殿下は、ニコリと笑うと、ハッキリと言った。
「うん、大丈夫だよ、コリンナ。でも、僕の力だけじゃ駄目だ。エルヴィンの力も借りないと。……エルヴィン! 僕が氷魔法で援護するから、もう一度魔物の目を攻撃してくれ!」
「分かった!」
エルヴィン殿下が力強く答え、魔物に向かって走り出す。魔物は、また瘴気を含んだ息を吐き出した。
次の瞬間、ディルク殿下が宙に右手を翳した。すると、空に魔法陣が現れ、そこから雪が降って来た。……いや、雪と言うより、氷の粒か。
氷の粒は、瘴気を包み込むようにして凍らせる。固体となった瘴気は、ボトボトと地面に落ちていった。これで、エルヴィン殿下が瘴気を吸う事は無いだろう。
「ハアアッ……!!」
エルヴィン殿下は、ジャンプして腹の底から響くような声を出すと、魔物の目に剣を突き立てた。
「アアアアアァ……!!」
魔物は、断末魔の悲鳴を上げて地面へと倒れた。ズシィンという音と地響きに、私の身体が震える。こんな魔物が、もし私に突進してきていたら……。
「……もう息をしていないようだな。この魔物の欠点が目だという調査は間違っていなかったわけだ」
魔物の死体を見つめたエルヴィン殿下が真顔で言う。遠くから私達の様子を見ていたコリンナさんは、魔物が息絶えていると見るや否やディルク殿下の腕に巻き付く。
「さすがディルク殿下! 完璧な補助魔法でしたわー! 素敵です!!」
コリンナさんは、ディルク殿下と私とで態度が違い過ぎるな。私なんか、初対面で「ちんちくりん」って言われたのに。
まあ、なんにせよ魔物が退治されて良かった良かった。そんな事を思いながら魔物の死体の方を見た私は、目を見開いた。魔物の身体は既に朽ち始めていたけれど、その身体から紫色の靄がゆっくりと放出されているのだ。
「あの、魔物の死体から瘴気が出てるみたいなんですけど!」
私が叫ぶと、エルヴィン殿下はハッとして言った。
「そうか! この魔物は腐敗すると同時に瘴気を放出するのか!!」
それを聞いたディルク殿下は、コリンナさんの方に向き直って言う。
「コリンナ! 君の力で瘴気を浄化してくれ! 頼む!」
コリンナさんは、真剣な表情で頷いた。
「承知致しました、ディルク殿下!」
コリンナさんは、魔物の死体の側に近付くと、両手を空に伸ばして唱えた。
「神よ、この世の全てに祝福を!」
すると、魔物の身体を無数の光が包み込み、瘴気が段々と消えていった。すごい、これが聖女の力……。
そう思っていたのだけど、ある程度瘴気が消えた所で、風船が破裂するように魔物の身体から瘴気が噴出した。
「……まずいですな。魔物の身体が本能的に、瘴気を出して自分を守ろうとしている」
いつの間にか私達の側に来ていたヘルムートさんが呟く。
そう言えば、私が召喚された日にヘルムートさんが言っていた。コリンナさんが浄化出来ずに大変な事になった事があったと。こういう事か。
「……どうして、どうして上手くいかないの……? この前までは完全に浄化出来たのに……」
コリンナさんが泣きそうな声で言う。ディルク殿下が、コリンナさんの肩を抱きながら励ました。
「コリンナ、落ち着いて。きっと君なら出来る」
エルヴィン殿下は、魔物の方を見据えたまま厳しい声で口を挟む。
「しかし、猶予は無いぞ。このままだと、瘴気がこの辺り一帯に広がって、作物のみならず人間にも甚大な被害をもたらす」
そして、エルヴィン殿下は私の方を向いて言葉を続けた。
「マシロ、お前、浄化してみろ。コリンナさんの見よう見まねで良いから」
「え、私ですか!?」
確かに私は聖女として召喚されたけど、浄化なんて出来るはずない。でも、そんな私にエルヴィン殿下は無常に告げた。
「やってみるだけでいい。もし浄化出来なくてもお前を責めたりしない。……でも、もし俺の言う事に従わなければ、お前を城から追い出す」
「そんな……」
こんな異世界で、一人でほっぽり出されたら生きていけるわけ無い。私は、渋々答えた。
「……承知致しました。やってみます。でも、本当に浄化出来なくても私を責めないで下さいね?」
そして私は、魔物の死体の側に進み出ると、コリンナさんの真似をして空に両手を伸ばした。
私の脳裏に、瘴気を浄化してくれと懇願してきた女の子の顔が浮かぶ。あの子やあの子の家族を守ってあげたい。私に出来る事なんて限られているけれど、何か出来る事があるならしてあげたい。
私は、ありったけの声で叫んだ。
「神よ、この世の全てに祝福を!!」
数秒間、沈黙が流れる。やっぱり私には、浄化なんて出来ないんだ……。そう思って私がギュッと目を閉じた次の瞬間。
「おい、あれを見て見ろ!」
エルヴィン殿下が大声を出す。思わず魔物の死体を見た私は、目を瞠った。
魔物の死体から出ていた瘴気がスウっと消えていき、魔物の死体は白い砂のようになってサラサラと崩れていった。
「……やはりマシロ様は、本物の聖女でしたか……」
魔物の方を呆然と見ていたヘルムートさんが呟く。コリンナさんは、身体を震わせながら声を絞り出した。
「嘘よ、そんな……。マシロが聖女だなんて……。結婚は? ディルク様との結婚はどうなるのよ……」
エルヴィン殿下は、獲物を見つけたような不敵な笑みで私を見ると、はっきりと言った。
「……やっと、完全な浄化が出来る聖女を見つけた……。瘴気が発生しなくなるまで、お前にはこの世界にいてもらうぞ、マシロ」
私は、ついこの前まで平凡な大学生だったはずなのに、どうしてこんな事になったんだろう。私は、日本に帰って黒歴史をデリートする事が出来るのだろうか。
私は、不安を抱えながら引き攣った笑みを浮かべた。
聖女としての力を発揮してしまったマシロ。
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