王宮裁判3
裁判に決着が!
広間がシンと静まり返る。次第に、傍聴席からポツポツと声が聞こえる。
「……死にかけた本人がそう言うんなら……なあ」
「確かに、マシロ様の悪い噂など一つも聞いた事が無いが……」
場が、また私を擁護する動きになっている。すると、突然大きな声が広間に響いた。
「コリンナ様はマシロ様に騙されているんです! 私は確かに見ました! マシロ様がコリンナ様の部屋の前にドリンクの入った瓶を置くのを!」
叫んだのは、メイドのジルケさんだった。裁判長が「静粛に」と注意するが、ジルケさんは止まらない。
「私はマシロ様のような力はありませんが、ヴラスタ様の紹介でコリンナ様の専属メイドとなりました! 男爵位ですが、貴族出身でもあります! アドラー王国に来てそれ程経っていないマシロ様より、私の事を信じて下さい!」
そう言うジルケさんは、何故かとても焦っているように見えた。まるで、私が無罪になるとジルケさんの命が危ないかのよう……。
ジルケさんの様子をジッと見ていたヘルムートさんは、顎髭を触りながら落ち着いた声で言った。
「……それでは、自白剤を飲まれてはいかがかな?」
「……自白剤?」
傍聴席にいたジルケさんは、目を見開いてヘルムートさんの方に視線を向ける。ヘルムートさんは、頷いて言葉を続けた。
「はい。この城の医務室には、魔術師達が十年以上かけて開発した自白剤が保管されております。ジルケさんがその自白剤を飲んでも言動に不審な点が無ければ、ジルケさんの主張を認めましょう」
成程。魔術師が数名関わって開発した自白剤なら、効果も保証されているだろう。なんなら、私が飲んで無実を主張しても良いかもしれない。
でも、ジルケさんは身体を震わせながら弱弱しい声で言った。
「で、でも、その自白剤、副作用は無いのでしょうか……?」
「ご安心下さい。臨床試験も十分行われておりますし、こう言っては何ですが、捕まえた他国の捕虜に使った事もございます。副作用が出る可能性は0.01%未満でしょう」
ヘルムートさんの言葉を聞いたジルケさんは、グッと言葉に詰まった。ヘルムートさんは、黒いローブの内側から小瓶を取り出し、ジルケさんの元に近付く。そして、コルクの蓋をキュポンと開けると、ジルケさんの方に差し出した。
「こんな事もあろうかと、自白剤を持ち込んでいたのです。さあどうぞ、ジルケさん」
ジルケさんは、瓶の中で揺れる赤い液体をワナワナと身体を震わせながら見つめる。そして、いきなり小瓶をヘルムートさんの手から叩き落とした。
「こ、こんなわけの分からない薬飲めないわ!」
ジルケさんの息は乱れ、顔には汗が浮かんでいた。明らかにおかしい。ジルケさんがタメ口を使うのを初めて聞いた。
傍聴席の貴族達もザワザワし始める。そんな貴族達を見渡し、ジルケさんが訴える。
「ふ、副作用を気にして何が悪いんですか? 私は、私は……!」
ジルケさんは、すぐに言葉を続ける事が出来なかった。彼女は自分の喉元を抑え、「う、あ……」と呻いた後、再び言葉を発する。
「どうし……て、こんな事に……。私は、アダーシェク帝国の、為に、働いていただけ……なのに……」
アダーシェク帝国。その名を聞いた途端、広間がより一層騒がしくなる。
……もしかして、ジルケさんは、アダーシェク帝国のスパイだったの!?
「……どうしよう。私が帝国の、諜報員だなんて……知られたら、私は、口封じ……される。私は……毒の入った、瓶を……コリンナ様の、部屋の前に置いて……マシロ様が置いたと、偽証した……だけなのに……」
ジルケさんの様子を見たヘルムートさんが、また顎髭を撫でながら言う。
「ふむ。ジルケさんの偽証が明らかになったようですな。揮発した自白剤の成分を吸い込んだのでしょう……裁判長」
話を振られた裁判長は、頷くと木槌を叩いて言った。
「予定より早い時間となりますが、これにて閉廷致します! 正式な判決は明日となりますが、ジルケ嬢には偽証の疑い有る為、塔への幽閉を命じます。……連れて行け」
裁判長の言葉を受けて、広間にいた騎士が数名ジルケさんの身柄を拘束し、広間から連れ出した。
続けて裁判長は、私の方に視線を向けて言う。
「聖女マシロ殿。あなたは無罪の可能性が高い為、本日より城の自室で過ごす事を認めます。ただし、判決が出るまでは、城の敷地を出ないように」
私は、真っ直ぐと前を見て言った。
「はい、ありがとうございます、裁判長」
◆ ◆ ◆
その三日後の昼、私は城の庭で紅茶を飲んでいた。この国ではまだ紅茶が普及しておらず、貴族が嗜む程度らしい。
白い丸テーブルを挟んで私の向かいに座ったエルヴィン殿下は、紅茶を一口飲むと穏やかな声で言う。
「それにしても、マシロの無実が証明されて本当に良かった」
「ええ、そうですね。私もこうしてお茶が出来るようになって嬉しいです」
そう。私はあれから正式に無実の判決を受け、自由の身となったのだ。エルヴィン殿下は、目を伏せながら言葉を続ける。
「……でも、裁判ではあまりお前の役に立てなかった。それなりに接点があったはずなのに、ジルケの正体にも気付かなかったし……」
私は、ティーカップをテーブルに置くと笑顔で言った。
「いえ、殿下は十分私を救って下さいました。殿下に弁護してもらえて、どんなに心強かったか……」
「……そう思ってもらえたなら良かった」
エルヴィン殿下は、一瞬穏やかな笑顔を見せたものの、また真剣な表情に戻って言葉を続けた。
「……以前から、ジルケを疑おうと思えば疑う事が出来たんだ。ジルケは、黒髪に赤い瞳だからな」
「え?」
エルヴィン殿下は、フッと笑った後説明してくれた。
なんでも、アダーシェク帝国には黒髪に赤い瞳をした人が多いのだとか。エルヴィン殿下の血の繋がったお母様があんな王都のはずれに埋葬されたのも、黒髪に赤い瞳だったのが影響しているらしい。
ヴラスタ様だけでなく、エルヴィン殿下のお母様もアダーシェク帝国出身だったのか。
「……そういえば、ヴラスタ様が偽証したのって、ジルケさんがヴラスタ様の飲み物に幻覚剤を入れたからなんですよね?」
私が聞くと、エルヴィン殿下は頷いて答えた。
「ああ。たまに義母上とコリンナさんが一緒にお茶をする機会があって、その時に義母上の紅茶に幻覚剤を入れていた……とヴラスタは言っている。実際はどうだか知らないけどな」
ヴラスタ様もアダーシェク帝国出身である以上、完全に信用する事は出来ない。でも、ジルケの正体を知らなかった、今回の事件に関与していないと言われれば黙るしかないだろう。
「……この国とアダーシェク帝国の関係、どうなっちゃうんでしょうねえ……」
そんな私の呟きは、秋の冷たい風に溶けて消えた。
◆ ◆ ◆
マシロとエルヴィンがお茶をしている頃。幽閉塔の廊下を、二人の男が歩いていた。カツンカツンと足音を立てながら薄暗い廊下を歩くのはディルク・アドラー。その後ろを歩くのは、護衛騎士のアルヌルフ。
ディルクは、とある部屋の前で足を止めると、部屋の中に向かって声を掛けた。
「ジルケ。話がある」
すると、部屋の中から物音がして、やがてドアの向こう側から声がした。
「……今更何の話でしょう、ディルク殿下。私はもう、自分の罪を認めましたよ?」
「……それは、ツェーザルを脅した件を含めてか?」
問われたジルケは、一瞬言葉を詰まらせてから答える。
「昨日の尋問でも申し上げましたでしょう? ツェーザル様を手紙で脅したのも、口封じの為に彼を呪ったのも、今回の毒殺未遂の件も、全て私が独断で行った事でございます」
「嘘だな」
ディルクは、そう断言すると淡々と言葉を続けた。
「ツェーザルを呪うには、ある程度の魔術の腕が必要だ。でもお前には、大した魔力も技術も無いように見える。ツェーザルを呪ったのは別人だろう」
ディルクからはジルケの表情が見えないが、ジルケが無言という事はディルクの言葉を肯定したに等しい。
ディルクは、ふうと息を吐くと今までにない低い声で言った。
「それでもジルケ。お前が僕の大切な人に危害を加えた事に変わりはない。楽に死ねると思うなよ」
隣に立つアルヌルフは、ディルクの横顔を見てゾクリと身体を震わせた。
ジルケの顔はディルクには見えないというのに、ディルクは射貫くような目でドアを見つめていた。静かに燃える青い炎のような瞳。こんな顔、恋人のコリンナにも見せてはいないだろう。
アルヌルフは、ディルクの底知れぬ怒りを感じた気がした。
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