ヘレナの実家
ヘレナの実家に到着したマシロ達は、瘴気が発生した原因を探り……。
塔を出た後、私とエルヴィン殿下は馬車で街へと向かった。私もエルヴィン殿下も、商人に見える服装をしている。
エルヴィン殿下が目立ちでもしたら、その隣にいる私が聖女だという事もバレてしまうかもしれないからだ。
エルヴィン殿下が、向かいに座る私をジッと見つめる。
「……あの、エルヴィン殿下、そんなに私を見て、どうかされましたか?」
私が恐る恐る尋ねると、エルヴィン殿下は何でもないという表情で答えた。
「ああ、お前の商人姿も似合うなと思ってな。……本当は、赤い色の服を着てほしかったが」
私は、顔に熱を持っているのを悟られないよう俯く。今私は、白いブラウスに茶色いジャケット、スカートを身に着けている。こんなシンプルな服装なのに褒めてもらえるなんて……。
殿下が赤い服がどうのこうのと言っていた気がするけれど、私の耳には入って来なかった。
それからしばらくして、馬車は街の西側にある市場で停まった。私とエルヴィン殿下は、馬車を降りて市場を歩く。
市場は、野菜や果物を売る店で賑わっていた。野菜を売る店のおかみさんらしき人が、「この野菜はパスタに添えても美味しいよ」等とお客さんに言っているのが聞こえる。
でも、それ以上に聞こえるのが、若い女の子達のキャアキャアとした声だ。女の子達は皆、エルヴィン殿下の方をチラチラと見ている。
それはそうだろう。エルヴィン殿下は、スッとした鼻筋にキリッとした目元が特徴的なイケメンだ。灰色のスーツも似合っているし、女の子の視線を集めてしまうのは当然だろう。
「……あの、エルヴィン殿下、急ぎましょう。ヘレナさんが家で待っています」
「ん? ああ、そうだな。ヘレナは家族の事が心配で今休みを取っているんだったな」
私達は、早足でその場を離れた。私が殿下を促したのは、ヘレナさんの家族が心配だったからじゃない。エルヴィン殿下を他の女性に見られるのが嫌だったからだ。
私は、聖女失格なのだろうか。
◆ ◆ ◆
ヘレナさんの自宅は、石造りの小さな建物だった。ご家族が営んでいるパン屋と建物が繋がっていて、二世帯住宅のようだ。
私達が玄関のドアを叩くと、ヘレナさんが笑顔で出迎えてくれた。
「マシロ様、エルヴィン殿下。わざわざこんな所までお越し頂き、ありがとうございます」
「礼なんていいんですよ、ヘレナさん。それより、ご家族の様子は?」
私が聞くと、ヘレナさんは少し憂いを帯びた目をして言った。
「……こちらへどうぞ、お二人共」
案内されたのは、狭い寝室。こそには二つのベッドがあり、どちらのベッドにも誰かが横たわっている。
部屋のドアに近い方のベッドにはダークブラウンの髪をした中年女性。恐らくヘレナさんの母親だろう。そして奥の方のベッドにはライトブラウンの髪を刈り上げた男性。こちらはヘレナさんの父親だろう。二人共、眠っているようだ。
ヘレナさんは、目を伏せがちにして言う。
「両親には、二週間ほど前から吐き気や眩暈の症状が現れていたそうです。それでもなんとか働いていたそうなんですが、三日前にとうとう限界を迎えたみたいで、この通り寝込んでしまいました」
ヘレナさんのお兄さん夫婦もほとんど同時に寝込み、今は別室で寝ているらしい。私は、キョロキョロと部屋を見回しながら言った。
「原因が瘴気かもしれないという話でしたが、今の所この部屋には瘴気が充満していませんね。廊下にも瘴気はありませんでした。……他の部屋も見せて頂けませんか?」
私が聞くと、ヘレナさんは頷いて答えた。
「もちろんです。ご案内します、マシロ様」
私とエルヴィン殿下は、ヘレナさんに案内され、他の部屋を見て回った。お兄さん夫婦の寝室、キッチン、リビング。どこにも、瘴気の気配は無かった。
「……瘴気は、一体どこから来ているんでしょうか」
リビングで私が呟くと、私の向かいの椅子に座っていたエルヴィン殿下は少し考えてから言った。
「……もしかしたら、自宅の方じゃなくて店舗の方に原因があるのかもしれない。ヘレナの両親も兄夫婦も毎日そこで働いてたんだろう?」
それを聞いたヘレナは、すっくと立ち上がって言った。
「店舗の方にご案内致します」
パン屋の店舗では、木製の棚が清潔に保たれていた。でも、その棚の中には一切れのパンも無い。パン屋で働いていた四人がほぼ同時に倒れたので、今は閉店しているのだ。
ヘレナさんが代わりに常連客にパンを売ったりしたそうだが、それでも対応に限界があり、廃棄してしまったパンもあるという。もったいない。
私は、店舗の中を見回し、眉根を寄せた。
「……この店、濃くは無いですが瘴気が漂っていますね」
「やっぱり、店舗が原因だったんですね……」
ヘレナさんが呟く。私は、更に注意深く紫色の靄の出所を探った。すると、工房の方から靄が漂っているのが分かった。
私達は工房へと足を踏み入れる。私は、水を貯めている木製の樽のような物を指さして言った。
「この樽に入っている水から瘴気が漂っています」
すると、ヘレナさんが口を開く。
「この樽の水は、道具を洗ったりするのに使うんです。まさか、この水に瘴気が溶け込んでいたなんて……」
「この水は井戸か何かから汲んで来るのか?」
エルヴィン殿下の問い掛けに、ヘレナさんは頷いて答える。
「はい。店の裏にある井戸から……」
「じゃあ、井戸に行ってみよう」
私達が店の裏に回ると、そこは小さな庭のようになっていた。その端の方に、丸い井戸があるのが見える。
「やっぱり、あの井戸から瘴気が漂っていますね……」
私が呟くと、エルヴィン殿下は無言で井戸へと近づいて行った。
「試しにこれを少しだけ井戸に入れてみよう。人間が飲んでも害は無い」
そう言って、エルヴィン殿下は懐から粉の入った小瓶を取り出した。瘴気を無毒化する薬だ。
「マシロ達は下がっていろ。もしかしたら、危ないかもしれない」
そう言うと、殿下は一つまみにも満たない量の粉薬を井戸にパラパラと撒いた。しばらくすると、瘴気が少しだけ薄まる。
この薬が大量生産できれば聖女の仕事もずっと楽になるんだけどなと私が考えたその時。井戸からブクブクという音が聞こえ、何かが井戸から飛び出してきた。
ザパアンという大きな音を立てて出て来たその生き物は――オオサンショウウオのようだった。その身体は黒く、私が日本のテレビで見たオオサンショウウオより大きい。
あまりに思いがけない姿に、私は思わず呟いていた。
「えーと、これ……魔物……ですよね?」
エルヴィン殿下が、腰に差していた短剣を抜いて答える。
「そのようだな。そんなに強い魔物ではなさそうだが」
そして、殿下は短剣を魔物に向かってヒュッと投げた。その短剣は見事に魔物に命中し、魔物は甲高い声を上げながら塵となり消えていった。短剣は、魔物が消えると同時に井戸に落ちる。
「魔力を宿した短剣を貸してくれたディートマーには後で謝っておこう」
殿下はしれっとそう言った後、私の方に向き直った。
「マシロ、瘴気は消えたか?」
私は、井戸を観察しながら答える。
「まだ少し瘴気が残っていますね。浄化しましょう」
そして、私は両手を空に掲げると叫んだ。
「神よ、この世の全てに祝福を!!」
すると、井戸の周辺に漂っていた残りの瘴気がスウっと消えていった。私は、殿下達の方を振り向くとニコリと笑って言う。
「瘴気はもう無くなりました。このまま療養を続ければ、またヘレナさんのご家族が働けるようになるかと」
それを聞いたヘレナさんは、安心したのか、涙をボロボロ零しながら礼を言った。
「ありがとうございます、マシロ様、エルヴィン殿下。本当に、ありがとうございました……!!」
空を見ると、もう夕日が辺りを朱く染めていた。
カッコいい魔物じゃなくてすみません……。
今まで私が登場させたことの無い魔物にしようと思ったらこうなりました……。




