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会いたい

塔に連行されたマシロですが……。

 それから私は、城の敷地内にある塔に連行された。この塔にある部屋は、政治犯や貴族が入る牢獄として使われているらしい。


 私が入れられたのは、石造りの狭い部屋。でも、きちんと机や椅子が置かれていて、筆記用具まである。

 しかも、ベッドに敷かれているシーツは意外と清潔。ベッドそのものは固くて小さいけれど、寝るのに不便は無さそうだ。


 こんなに部屋が整えられているのは、やはり貴族が入る牢だからだろうか。私は、BL小説を書きながらここで過ごす事に決めた。



 しばらくして、私は塔にある一室の窓から外を眺める。もう外は暗い。綺麗な三日月がのほほんと夜空に浮かんでいた。


 本当なら、今日はヘルマさんと一緒に買い物に行く予定だったのにな。ヘルマさん、私が投獄されたと聞いてどう思っただろう。私の無実を、信じてくれたかな。信じてくれると良いな。


 ……エルヴィン殿下にも、私の無実を信じてほしいな。私の頭に、エルヴィン殿下の顔が思い浮かぶ。

 凛々しく戦うエルヴィン殿下。優しく微笑むエルヴィン殿下。どの殿下も、とても愛おしい。

 ……会いたい。エルヴィン殿下に、会いたい。


 いつの間にか、私の目からは涙が零れ落ちていた。


       ◆ ◆ ◆


 私が投獄されて二日が経った。小鳥の囀りを聞きながら、私はベッドから起き上がる。薄暗いこの部屋で言うのもなんだけど、今日も爽やかな朝だ。


 しばらくするとドアをノックする音がして、ドアに開いた穴からトレイに乗った朝食が差し入れられる。メニューは固めのパンとサラダと水。まあ、囚人が食べる食事としては十分だろう。


 食事が終わってトレイや食器をドアの外に置くと、私は机に向かった。BL小説の構想を練る為だ。


 主人公の男性は突然異世界に召喚された日本人。相手となるのはその異世界で騎士をしている男性。世界を救う存在として浄化をする主人公と、そんな主人公を守る内に主人公に惹かれるヒーロー。いいね、いいよ!

 ……って、この関係、私とエルヴィン殿下の関係に似てるじゃん!


 私は、書いていたメモ用紙を思わずクシャクシャにしていた。紙はこの世界で貴重なものなのに。

 私は、紙を手で伸ばしながら俯いた。何をやってるんだろう、私。私とエルヴィン殿下が結ばれてハッピーエンドを迎える事なんて無いのに。


 私が落ち込んでいると、不意にドアがノックされた。私がドアの方に目を向けると、意外な声が聞こえる。


「マシロ、元気か?」


 その声を聞いただけで、私の心がフッと軽くなった。安心して目に涙が浮かぶ。


「エ、エルヴィン殿下あ……!」


 エルヴィン殿下は、少し遠慮がちにして私に聞いた。


「マシロ、少し話がある。ドアに近付いてもらっても良いか?」

「は、はい! もちろん!」


 私はそう答えてドアの方に駆け寄る。エルヴィン殿下は、切実な声で言った。


「コリンナさんの毒殺未遂の件、聞いてびっくりした。……マシロ、俺は、お前の事を信じてるから。絶対、何があっても、お前の無実を証明してみせるから!」

「……ありがとうございます、エルヴィン殿下」


 私は、目を閉じて金属製のドアに両手を触れた。なんとなく、エルヴィン殿下も向こう側でドアに手を当てているような気がする。


 ……ああ、エルヴィン殿下の声を聞いただけでこんなに安心するなんて。


 私が目を瞑っていると、エルヴィン殿下が話を続けた。


「……それで、マシロ。実は、お前の専属メイドのヘレナの事で話があるんだが」

「ヘレナさんですか?」

 


 話によると、ヘレナさんは二日前、一人で街へと向かったらしい。私が投獄された為、一人で街に行くしか無かったのだ。


 それでもヘレナさんは、私の事を信じてくれた。差し入れが出来るかどうか分からないけれど、私へのお土産まで用意しようとしてくれたらしい。


 そしてヘレナさんは、買い物のついでに実家へと立ち寄った。ヘレナさんの実家はパン屋を営んでいて、ヘレナさんの両親、ヘレナさんのお兄さん、お兄さんの奥さんが住んでいる。ヘレナさんが家の中に入ると……。



「ご家族全員が病に侵されていたんですか!?」


 私が大きな声を出すと、エルヴィン殿下は相槌を打って話を続けた。


「そうなんだ。ヘレナ以外の四人が全員、吐き気や怠さを訴えていて、まともに働けないらしい。それで、ヘレナが腕の良い町医者に家族を診てもらった所、瘴気を吸い込んだ可能性があると……」

「そんな……」


 確か、瘴気を無毒化する薬はとても高価だったはず。平民で、豪商でもないヘレナさん達に買えるとは思えない。

 とすると、後は聖女が公務として癒しか浄化をするしか無いんだけど……。


「コリンナさんはまだ目覚めていないんですよね……?」


 エルヴィン殿下が「ああ」と短く答える。


 私の脳裏に、ヘレナさんの顔が浮かんだ。穏やかな笑顔で私の髪を整えてくれたヘレナさん。一生懸命掃除をするヘレナさん。彼女の家族を助けてあげたい。私は、思わず口に出していた。


「あの、エルヴィン殿下……。私がヘレナさんの家に行く事は出来ないでしょうか?」


 エルヴィン殿下は、一瞬言葉に詰まった後、申し訳なさそうに言った。


「……議会が、お前の釈放を許さないだろう。コリンナさんを毒殺しようとした真犯人が分からない今、お前は第一容疑者だ」


 私は、ギュッと拳を握った。身近な人が困っているのに、何も出来ないなんて……。


 しばらく沈黙が続いた後、エルヴィン殿下が口を開いた。


「……マシロ。どうしてもヘレナの家に行きたいか?」

「はい、行きたいです!」


 私が勢い良く答えると、エルヴィン殿下は真剣な口調で言葉を続けた。


「一つだけ、お前をここから出す方法がある。身代わりを立てるんだ」

「身代わり……ですか?」

「ああ。このドアを開けない限り、お前の顔は見えない。つまり、身代わりで誰かをここに入れれば、誰もお前がいなくなったとは思わない」


 私は迷った。身代わりを立てたら、身代わりがバレた時にその人が罰せられるんじゃないの?

 そんな私の心を読んだように、エルヴィン殿下が言う。


「大丈夫だ。もし身代わりが知られても、相手が罰せられないように俺が働きかける。それに、実はもう身代わりを引き受けても良いという人物がいるんだ」

「引き受けて下さる方がいるんですか?」

「ああ、ツェーザルの姉のメヒティルトだ」


 私は、目を見開いた。あの綺麗な修道女が、私の身代わりに……。


「どうする? マシロ」


 エルヴィン殿下に問われ、私は少しの間目を瞑って考える。そして、目を開けるとエルヴィン殿下に告げた。


「では、メヒティルトさんに身代わりをお願いします」


       ◆ ◆ ◆


 翌日の昼、早速メヒティルトさんが塔にある私の部屋へとやって来た。今この部屋には、私、エルヴィン殿下、メヒティルトさんの三人しかいない。エルヴィン殿下が、私の部屋に入る許可を取ってくれたのだ。

 そしてメヒティルトさんは今、私が昨日まで来ていた簡素な白いワンピースを身に着けている。


 私は、メヒティルトさんに向かって頭を下げる。


「メヒティルトさん、今回はこのような事を引き受けて下さり、ありがとうございます」


 すると、メヒティルトさんは優しい声で私に言った。


「頭を上げて下さい。あなたには、弟の命を救って頂いた恩があります。……それに私は、あなたを聖女としてではなく一人の人間として好ましく思っています。あなたの役に立ちたいのです」


 そしてメヒティルトさんは、私の左手を自身の両手で包み込むようにして言葉を続ける。


「瘴気を浄化しに行かれるとの事ですが、瘴気のある所には魔物がいるかもしれません。十分お気を付けて」

「……ありがとうございます、メヒティルトさん」


 私は、笑顔で右手を彼女の手に添えた。

 エルヴィン殿下が、優しい声で私に言う。


「じゃあ、そろそろ行こうか、マシロ」

「はい、エルヴィン殿下」


 こうして、私は三日ぶりに塔の外へと向かった。

マシロが塔の中で書いたBL小説が後日見つかり、マシロは悲鳴を上げたとか上げないとか……。

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