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キャンドル

教会に魔物が現れて……。

 しばらく無言で私達の会話を聞いていたディートマーさんが、自身の左手首に視線を向けた後、ハッとして叫んだ!


「皆、魔物が来るぞ! 修道女達を非難させないと!」

「え?」


 私が戸惑っていると、エルヴィン殿下が教えてくれた。


「ディートマーが左手首に着けている腕輪は、特殊な土で出来ていてな。遠くにいる魔物の気配を感じる事が出来るんだ!」

「そうなんですか……」


 随分便利な道具があるものだ。……と感心している場合じゃ無い。ヨゼフィーネさん、メヒティルトさんを含めた私達六人は、すぐに礼拝堂へと向かった。




 礼拝堂に足を踏み入れると、ヨゼフィーネさんがハリのある声で信者達に呼びかける。


「皆さん! ここから避難して下さい! もうすぐこちらに魔物が来るそうです!」


 信者達は、「何でそんな事分かるんだ」「さっきここに来たばかりなのに」などと言いながらも、すぐに立ち去ってくれた。


「院長とメヒティルト殿も非難を!」


 アルヌルフさんに言われ、二人も信者達と共に教会を後にした。



 礼拝堂の中に沈黙が流れる。魔物が来るなんて何かの間違いなんじゃないかと私が思いかけた時、教会の窓に嵌ったステンドグラスが大きな音を立てて割れた。もの凄い勢いの風が礼拝堂の中に吹き込んで来る。


「くそっ、もう来たか!!」


 エルヴィン殿下が、苦い顔をして外へと駆け出す。アルヌルフさん、ディートマーさん、私も急いで後に続いた。まだ外には信者やメヒティルトさん達がいる。助けないと!




 外に出ると、地面に大きな影が差すのが見える。空を見上げると、そこには大きな鳥がいた。濃い灰色の毛を全身に生やした鳥。その鳥には、前足が三つ、後ろ足が二つあった。


――魔物だ。


「信者の皆様、修道女のお二人、こちらへ! ここから離れるとかえって危ない!」


 アルヌルフさんの叫びを聞き、信者やメヒティルトさん達がこちらに駆け寄って来る。

 しかし、魔物はギロリと信者達の方に視線を向けると、彼らに襲い掛かろうとした。


「させるかっ!!」


 エルヴィン殿下が、ジャンプして魔物に斬りかかろうとする。でも魔物は、すぐに高度を上げて殿下の攻撃を軽く躱した。


「くそっ……!!」

「今度は私が!」


 アルヌルフさんが右手を空に掲げて叫ぶ。


「雷よ、大地を揺らせ!」


 すると、空に魔法陣が現れ、そこから大きな雷が落ちた。雷は、もの凄い音を立てながら魔物に直撃する。

 魔物は叫び声をあげて空を飛び回っているけれど、空から落ちる気配は無い。


「アルヌルフさんの雷撃を受けて生きているなんて……どうなってるんだ、あの魔物……!!」


 ディートマーさんが顔に冷や汗を浮かべながら呟く。どうやら、あの魔物の丈夫さは尋常じゃないらしい。


 私はふと教会の方に視線を向けて、目を見開いた。教会の窓から、紫色の靄が漏れ出しているのだ。


「皆さん、教会から瘴気が出ています! しかも、あの鳥の魔物、その瘴気を吸ってます!」

「何だって!?」


 エルヴィン殿下が教会の方に視線を向ける。アルヌルフさんも驚愕した様子で言った。


「……まさかあの魔物、自ら瘴気を発するタイプではなく、周りの瘴気を吸って力を得るタイプか……!!」

「で、でも、教会の中には魔物はいませんでしたよね? どうして教会の中から瘴気が……?」


 私が困惑しながら疑問を口にすると、エルヴィン殿下はハッとした顔で呟いた。


「まさか……!!」


 そして、殿下はすぐさま教会の中へと駆けて行った。私達も慌てて後を追う。



 ステンドグラスが散乱する礼拝堂に足を踏み入れると、そこには避難した信者やメヒティルトさん達がいた。礼拝堂の中は滅茶苦茶になっているけれど、魔物のいる外に出るよりはマシだ。


 信者の男が二人、薄いピンク色の大きなキャンドルを一本ずつ持っている。その二人は「神よ、どうか私達をお守り下さい……」などと呟きながら、蝋燭立ての上で溶けていくキャンドルを見つめていた。


 私は、隣に立つエルヴィン殿下にこっそりと伝える。


「殿下、あのキャンドルから瘴気が……」


 エルヴィン殿下は、無言で頷くと、男達の方に近づいて行った。そして、男達に笑顔で質問する。


「失礼。俺はエルヴィン・アドラー。魔物の被害状況を調査しているのですが、少しお話を伺いたい。あなた方の名前は?」


 すると、男は二人共焦った様子でお互いの顔を見る。エルヴィン殿下は、スッと笑顔を消すと、二人に言った。


「お前達、体内の瘴気を無毒化する薬を飲んでいるな?」


 私は、ハッとなった。そう言えば、聞いた事がある。瘴気を無毒化する薬には、一時的に記憶を無くす副作用があると。だからこの人達は自分の名前を言えないのか。


「あの、瘴気を無毒化する薬って、どういう事でしょうか。この礼拝堂に、瘴気が漂っているのですか?」


 メヒティルトさんが困惑した様子でエルヴィン殿下に尋ねる。殿下は、頷いて答えた。


「はい。このキャンドルから瘴気が流れ出ています。……そういえば、あなたとヨゼフィーネ院長は具合が悪くなる様子がありませんね。貴族なら瘴気に耐性を持っているかもしれませんが……」


 すると、メヒティルトさんはハッとして男達の方に視線を向けた。


「そういえば、この方達にクッキーを頂きました。……まさか、そのクッキーに薬が……!?」

「恐らくそうでしょう。あなたとヨゼフィーネ院長に副作用が出ていないのは、摂取した薬の量が少ないからだと考えられます」


 メヒティルトさんに答えた後、エルヴィン殿下は改めて男達を睨みつけた。


「お前達、あの魔物が瘴気を力にする事を知っていたな? どうしてこんな事をする。この国を滅ぼしたいのか」


 すると、男達は顔を見合わせた後、一斉に逃げ出した。


「あっ、待て!!」


 アルヌルフさんが叫ぶけれど、男達は止まらない。


「ここは俺が!」


 ディートマーさんはそう叫ぶと、金属製の杖を取り出してなにやら詠唱を始めた。すると、床に魔法陣が現れ、そこから植物の蔦のようなものが何本も伸びてくる。

 その蔦は、二人の男の身体をしっかりと捕らえ、その身体を床に叩きつけた。


「くそっ、放せ!」

「こんな事をしてただで済むと思うなよ!」


 男達はそんな事を言いながらもがいているけれど、蔦からは逃れられない。エルヴィン殿下は、カツカツと足音を響かせながら男達の方に近付くと、男の一人の喉元に剣を突き付けた。


「ほう? ただで済まないのならどうなるのか、是非見せてほしいものだな」


 殿下の不敵な笑みに、たちまち男の余裕がなくなる。


「や、やめてくれ! 殺さないでくれ! 俺達は、雇われただけなんだ!」

「雇われた? 誰に」


 エルヴィン殿下が冷ややかな目で問い掛けると、剣を突き付けられた男は震える声で答えた。


「アダーシェク帝国だよ! あの国の使いとかいう男がやって来て、俺達に言ったんだ。『魔物がアドラー王国を蹂躙するのを手伝え。そうすれば大金をくれてやる』って!」


 私は目を見開いた。ここでもアダーシェク帝国の名が出て来るなんて。エルヴィン殿下は、考え込むような表情をして言った。


「そうか……アダーシェク帝国は、魔物と瘴気を利用してこの国を弱らせようとしているんだ。そして弱った所で攻め込んで、こちらの国を征服する気なんだな」

「そんな……」


 私が声を漏らすと、エルヴィン殿下は男達の方に向き直って言葉を続けた。


「とにかく、この男達は国家反逆罪で処刑だな。自国を敵に売る様な真似をした人間を生かしておくわけにはいかない」


 男達は、顔を青くして懇願した。


「そ、それだけは勘弁して下さい! 俺達にだって養わなければいけない家族がいるんだ!」

「その家族が住むアドラー王国を滅ぼす手伝いをしたという自覚はあるのか?」


 エルヴィン殿下が尚も男達を責め立てようとした時、後ろから声が聞こえた。


「あの、お待ち下さい、殿下。……その者達の命を奪うというのは考え直して頂けないでしょうか」


 声の主は、メヒティルトさんだった。彼女は、手を胸の辺りで組んで言葉を続ける。


「その者達は、進んで私と院長にクッキーを差し入れてくれました。きっと、私達が瘴気で命を落とすのを不憫に思ったに違いありません。ですから、その者達が生きて罪を償う機会を与えて頂けないでしょうか?」


 正直、メヒティルトさんは甘いと思った。クッキーの差し入れだってただの気まぐれかもしれないし、あの男達のせいでメヒティルトさん達は命を落としていたかもしれない。


 それでも、メヒティルトさんの意思を尊重したであろうエルヴィン殿下は、溜め息を吐いて言った。


「……分かった。危険な目に遭った当のあなたが言うのなら、減刑を考えよう。といっても、最終的な決定をするのは俺ではないがな」


 メヒティルトさんは、穏やかな笑顔で礼を言った。


「ありがとうございます、エルヴィン殿下」

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