裏切り
マシロが目を覚ますと……。
「ん……」
気が付くと、私は見知らぬ部屋にいた。暗くてよく見えないけれど、狭い部屋の床に転がされているみたい。私は何とか起き上がって状況を確認しようとしたけれど、手足を縛られていて起き上がれない。
ここは石造りの建物のようだけれど、どうして私はこんな所にいるんだろう。確か、廊下を走っている途中で気絶させられて……。
私が思い返していると、ギイと音を立てて木製のドアが開いた。中に入って来たのは――
「ツェーザルさん……!!」
私は思わず声を漏らした。私の目の前にいたのは、不敵な笑みを浮かべるツェーザルさん。私は、キッと彼を睨んで言った。
「ツェーザルさん、もしかして、あなたが私をここに連れて来たんですか? どういう事なのか、説明して下さい!」
ツェーザルは、笑顔を崩さずに言った。
「なに、聖女であるあなたに一つお願いしたいのですよ」
「お願い?」
「ええ……マシロ様、アドラー王国を出て、隣国であるアダーシェク帝国で聖女の力を発揮しませんか?」
「え……」
アダーシェク帝国といえば、この国と長年領土争いを繰り広げてきた国だ。ヴラスタ様がアドラー王国に嫁いできたのだって、両国の無用な争いを避ける為だと聞いている。私は、目を見開いて尋ねる。
「……ツェーザルさん、あなた、もしかして帝国の諜報員だったんですか? どうして副団長であるあなたがアドラー王国を裏切るような事を……」
ツェーザルさんは、フフと笑って言った。
「あなたに答える義務は無いでしょう。まあ、何にせよあなたには拒否権は無いのです。大人しく帝国に来て下さい。……ああ、助けを呼ぼうとしても無駄ですよ。この廃屋には、私の水魔法で結界が張ってあります。誰にも見つける事は出来ません」
私は愕然とした。この国を、出て行かないといけないの? ディルク殿下もコリンナさんもヘルムートさんも、私に親切にしてくれたのに……。
それに、エルヴィン殿下。強くて優しくて、いつも私の事を気遣ってくれた人。あの人に、もう会えないの? 笑顔を見る事が出来ないの?
いつの間にか、私の目からはボロボロと涙が零れていた。ああそうか。私はこんなにも……エルヴィン殿下の事を、好きになっていたんだ。
「泣いても無駄ですよ。では、早速帝国に参りましょうか」
そう言って、ツェーザルさんが私を担ぎ上げる。
「い、いやっ!!」
私は、必死に抵抗しようとするけれど、手足が縛られているせいでもぞもぞと動く事しか出来ない。
「抵抗しても無駄なんですけどね。……でも、もぞもぞ動かれるのも面倒だな。少しの間、眠ってもらいましょうか」
そして、ツェーザルさんは懐から片手でハンカチを取り出した。また眠らされる!
私がそう思った時、部屋の窓から何かが飛び込んできた。飛び込んで来たのは風。その風は、槍の形をしていた。これ、もしかして……。
「くっ……ベンヤミンかっ……!!」
ツェーザルさんが、苦虫を嚙み潰したようは顔で言う。そうだ。これは、ベンヤミンさんの魔法だ。ベンヤミンさんが、窓に向かって風の槍を投げたんだ!
「こうなったら、裏口から逃げるしか……」
ツェーザルさんが呟いたその時、部屋のドア付近から落ち着いた声が聞こえた。
「逃がすと思うか」
私がわずかに顔を上げると、そこには私がさっきまで思い浮かべていた人――エルヴィン殿下の姿があった。
「エ、エルヴィンでんかあ……!!」
安心した私が声を上げると、エルヴィン殿下は優しい笑顔で私を見て言った。
「待たせたな、マシロ。もう大丈夫だ」
マシロを救出しに現れたエルヴィン!
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