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お披露目

マシロは夜会に出席する事になって……。

「え、私が夜会にですか!?」


 ある日の朝、私は朝食の席で大きな声を上げてしまった。私の向かいの席に座ったエルヴィン殿下は、不服そうな表情で言葉を続ける。


「ああ。今度この城の広間で、母上の誕生パーティーを兼ねた夜会が催される。それに、マシロも参加してほしいとの事だ。……本当は、お前を見世物のようにしたくないんだがな」

「はあ……しかし、私は貴族では無いので、社交のマナーとかには詳しくないんですけど……。本当に、私が参加して良いんですか?」

「ああ。皆、聖女がどんな人物か見てみたいだけだろう。マナーについてはそんなに心配しなくていい。それに、お前は食べ方が綺麗だからな。マナーの勉強にもついていけるはずだ」


 エルヴィン殿下に食べ方を褒められた。ちょっと嬉しい。


 私がニマニマしながらスープを口に運ぶと、私の右隣りに座ったコリンナさんが得意げに言う。


「じゃあ、私が持っているドレスを貸してあげる。こう見えて私、センスが良いと言われてるのよ。私の持っているドレスの中で、あなたに似合いそうなものを見立ててあげるわ」

「ありがとうございます、コリンナさん」


 私は、ニコリとして答えた。コリンナさんは、後ろを振り向いて言う。


「ねえ、ジルケ。後で、ドレスにほつれが無いかチェックしてくれないかしら? 聖女にボロボロのドレスを貸すなんて出来ないわ」


 コリンナさんの後ろにいたメイドが、「畏まりました」と言って頭を下げる。たしかこの人は、コリンナさんの専属メイドのジルケさん。

 長い黒髪を三つ編みにしていて、赤い瞳が印象的だ。年齢は、私やヘルマさんとあまり変わらないように見える。


 まだディルク殿下と結婚していない平民のコリンナさんに専属メイドがいるというのもおかしな話かもしれない。でも、聖女として活動していたコリンナさんを丁重に扱うのはこの国としては当然らしい。




 それから数日、私は基本的なマナーやこの国の歴史を王族専任の家庭教師に教わった。夜会で貴族達の話題についていけるようにとの配慮らしい。この国の歴史は、他国に領土を奪われたり奪い返したりで複雑だ。でも、新しい知識を得るのは楽しくて、私はなんだかワクワクした。


       ◆ ◆ ◆


 そんなこんなで慌ただしい日々を過ごし、あっという間に夜会当日。私は、広間のドアの前で緊張しながら佇んでいた。


「おい、大丈夫か?」


 隣に立つエルヴィン殿下が優しい声を掛けてくれる。私は、震える手をギュッと握りながら答えた。


「す、すみません。緊張してしまって……」


 エルヴィン殿下は、フッと笑って私の頭をポンと叩いた。


「大丈夫だ。何かあったら、俺が守ってやる」


 エルヴィン殿下の優しい顔を見て、私は不覚にもドキッとしてしまった。いけない。今は夜会に集中しないと。

 私は、エルヴィン殿下にエスコートされながら、広間に足を踏み入れた。


 広間は、召喚された時にも見ていたけれど、本当に広い。白い大理石の床もピカピカだし、天井からぶら下がるシャンデリアの光は広間全体を煌びやかに見せている。


 そして、そんなシャンデリアの光に照らされながら、既に沢山の来場者が歓談していた。私の存在に気付いた来場者達は、一斉に私の方に視線を向ける。

 ど、どうしよう。エルヴィン殿下と一緒に挨拶回りとか行った方が良いのかな。


 私がそんな事を考えていると、一人の男性が声を掛けてくる。


「聖女様、お元気そうで何よりです!」


 見ると、そこにはベージュ色のジャケットとズボンを身に着けたベンヤミンさんがいた。


「ベンヤミンさん、今晩は! ベンヤミンさんも夜会に参加していらしたんですね」


 私が笑顔で言うと、ベンヤミンさんは頷いて答えた。


「はい、この夜会には沢山の貴族が参加していますからね。こう見えても、俺は貴族出身なんですよ。まあ、僕は三男なので、家を継ぐ予定は無いんですけどね! ハハハ!!」


 そうか、ベンヤミンさんは貴族だったのか。彼は私にも丁寧に接してくれるから、てっきり平民だと思っていた。


「おい、ベンヤミン。お前、いつの間に聖女様と仲良くなったんだ?」


 どこかで聞いたような声がする。私が声の方に視線を向けると、そこには一人の大柄な男性がいた。

 赤い髪を短く刈り上げた三十代くらいの男性。確かあの人は、農村に行った時エルヴィン殿下やヘルムートさんと同じ馬車に乗っていた護衛騎士。


 その男性は、私の方に視線を向けると、笑顔で自己紹介した。


「こうやってお話するのは初めてですね、聖女様。私は、騎士団の団長を務めております、アルヌルフ・クスターと申します」

「マ、マシロと申します。宜しくお願い致します」


 私が緊張しながら挨拶をすると、アルヌルフさんはハハと笑って言葉を続けた。


「そんなに緊張なさらないで下さい。あなたはこの国の貴重な聖女なのですから。……そうだ。私の部下達にも挨拶させましょう。おい、お前達!」


 アルヌルフさんが呼びかけると、アルヌルフさんの後ろにいた護衛騎士が二人前に出て来た。


「聖女様、農村ではお世話になりました。私、騎士団の副団長を務めておりますツェーザルと申します」


 藍色の長い髪を後ろで束ねた男性が笑顔で挨拶する。この人は確か、農村で具合が悪くなったベンヤミンさんの背中を摩っていた護衛騎士。


「……ディートマーと申します。土魔法の研究をしています。よろしく……」


 黒髪をおかっぱのようにしている男性が、目を逸らしながら挨拶する。ディートマーさんは、あまり人付き合いが上手くない方なのかな?


 アルヌルフさんは、胸を張って言った。


「ベンヤミンを含め、この者達は私の信頼する騎士です。マシロ様、この世界に来て不安な事ばかりでしょうが、我々があなたをお守りします! どうぞご安心下さい!」


 ああ、この騎士団長は、本当に私を守ろうとしてくれてるんだな。私は、笑顔で礼を言った。


「ありがとうございます、アルヌルフ様」


 それから、私とエルヴィン殿下は貴族達へ挨拶をする為、会場を歩き回った。挨拶回りが終わる事には、私はすっかり疲れてしまっていた。


「マシロ、大丈夫か? これを飲め」


 エルヴィン殿下が、そう言って私にワイングラスを渡してくれる。中身はワインではなく、ノンアルコールのジュースらしい。


「ありがとうございます」


 私は礼を言ってジュースを飲みながら、エルヴィン殿下をチラリと盗み見た。エルヴィン殿下は、私がジュースを飲んでいる間にも会場を見回して警戒している。殿下も疲れているはずなのに。


 私は、今朝エルヴィン殿下から聞いた話を思い出していた。誰かが聖女による浄化を邪魔しようとしている可能性があるという。


 エルヴィン殿下がこうやって私を守ろうとしているのだから、私も全力で聖女としての務めを果たさないと。……まあ、早く日本に帰って黒歴史をデリートしたいという気持ちもあるけれど。


 そんな事を考えていると、会場のざわめきが聞こえなくなった。ふと会場のドア付近を見ると、二人の男女が会場に入って来るところだった。


 一人は、肩くらいまで伸ばしたダークブラウンの髪を後ろで縛った男性。もう一人は、艶のある金色の髪をアップにした美しい女性。二人共年齢は時四十代くらいに見える。

 周りの雰囲気であの二人が誰だか分かった。国王夫妻だ。


 貴族達に挨拶をする国王夫妻を、私はついしげしげと観察してしまう。

 国王であるループレヒト様の鋭い目付きは、エルヴィン殿下そっくりだ。国王陛下の瞳の色は黄色だから、エルヴィン殿下とは違うけれど。


 一方、王妃であるヴラスタ様は穏やかな笑顔で貴族達に対応している。エメラルドグリーンの瞳を見ても、ディルク殿下とそっくりだ。耳に下げた紫色のイヤリングがよく似合っている。


 やがて国王夫妻は、私達の方に近付いてきた。国王陛下は、私の方に視線を向けると、無表情のまま口を開く。


「あなたが聖女マシロ様ですね。私は国王のループレヒトと申します。この度は、強引にこちらの国にお呼び立てして申し訳ございませんでした。しかし、どうか苦しむ国民の為、瘴気の浄化をお願いしたい」


 私は、慌てて頭を下げる。


「マシロと申します。この国の方々が瘴気で苦しむ事の無いように、全力で浄化に取り組ませて頂きます」


 ヴラスタ様が、笑顔で声を掛けてきた。


「そんなに畏まらなくても良いのですよ、マシロ様。急にこちらの国で暮らす事になって不安でしょう。私も隣国であるアダーシェク帝国からこのアドラー王国に嫁いできたので、不安な気持ちは分かります。何か困った事があったら何でも相談して下さいね。私はこう見えても魔術や瘴気に関連する病にも精通しておりますから」


 優しそうな王妃様で良かった。私は、ホッとしながら頭を下げた。


「ありがとうございます、王妃殿下」

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