正真正銘の聖女
コリンナが自身の気持ちを吐露します。
図書室に入ると、壁一面に取り付けられた大きな本棚と、部屋の中央に置かれた大きな木製の机が目に入った。
数人の子供が、席に着いて本を読んだり、ボロボロの紙に何かを書き留めたりしている。子供の中の一人――ヴィリーが、私達の存在に気が付き声を掛ける。
「あ、コリンナお姉ちゃん! いい所に来た!」
「あ、駄目だよ、ヴィリー、図書室では静かにしないと」
エーリカとかいう女の子が、眉を上げてヴィリーに注意する。ヴィリーは、慌てて声を潜めると、コリンナさんに言った。
「コリンナお姉ちゃん、ちょっと教えてほしい事があるんだけど」
「あら、何かしら?」
コリンナさんは、笑顔でヴィリーに近付く。ヴィリーは、机に置いていた本をコリンナさんに見せながら言った。
「歴史の本を読んでいたんだけど、どうして百年前、北の国はお隣の国に戦争を仕掛けたの? 仲良くすればいいのに」
コリンナさんは、たちまち笑顔を引きつったものに変えた。本を手に取ったコリンナさんは、しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。
「え、えーと、そうね。……どうしてなのかしらね。北の国にとって、何か利益があったんでしょうけど……」
後ろから本を覗き込んだ私は、何気なく口にする。
「隣の国では、貴重な鉱石が採れるからじゃないですか? 隣国を支配して鉱石の採掘権が得られれば、北の国は莫大な利益を得ますから」
その言葉に、場が一瞬静まり返る。沈黙を破ったのは、ヴィリーだった。
「すごーい、マシロお姉ちゃん! 『さいくつけん』っていうのが良く分からないけど、北の国は、お隣の国にある『こうせき』が欲しかったんだね!」
褒められて、悪い気はしない。私はニヘラっと笑ったけれど、ハッとして隣を見る。私の目に映ったのは、もの凄い形相で私を睨むコリンナさんだった。
私に手柄を取られて悔しいのだろう。しまったなあ……。
でも、コリンナさんが答えられなくても仕方がない。平民だったコリンナさんが、急に妃教育を受ける事になったのだ。歴史の授業で「何が起こったのか」を覚えても、「何故起こったのか」まで理解する余裕が無かったのだろう。
コリンナさんは、苦い顔で本棚を見回すと、上級者向けらしい数学の本を引っ張り出して私に見せつけた。
「マシロ、この数学の本に載っている問題を解く早さで勝負しましょう! 数学なら、私だって負けないんだから!」
「ええ……」
日本で理工学部だった私に数学で勝負……? 結果は見えているような気がするけれど、コリンさんは断りにくいオーラを出しているし……。
私は、溜め息を吐いて答えた。
「いいですよ。じゃあ、一ページ分の問題を解く早さで勝負しましょう」
十数分後。思った通り、私の隣には撃沈して机に突っ伏すコリンナさんの姿があった。
コリンナさんは、弱弱しい声で言う。
「うう……なんでマシロはそんなに頭が良いのよ……。やっぱり、異世界とは教育水準が違うのかしら……」
そしてコリンナさんは、私達の勝負に飽きて本を読み始めた子供達の方に視線を向けて言葉を続ける。
「……あの子達には、幸せになってほしい。正直な所を言えば、私がディルク様の恋人になったのだって、最初は孤児院に寄付するお金目当てだったし……」
「コリンナさん……」
コリンナさんは、フッと笑って自嘲気味に言う。
「駄目ね、こんな邪な考えじゃ。だから私は、完璧な聖女にはなれないんだわ……」
私は、少し考えた後、ニコリと笑って言った。
「良いんじゃないですか? それで」
「え?」
私は、目を丸くするコリンナさんに言葉を掛ける。
「例え手段がどうであろうと、コリンナさんが子供達の事を真剣に考えているのは事実でしょう? 子供達にとっては、コリンナさんが聖女なんです。私ではなく、コリンナさんこそが、正真正銘の聖女なんです」
コリンナさんは、目を瞠った後、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「本当に、あなたって子は……」
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