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第9話「協会の“危険演出”を暴く」

 正義って、怖い。


 ミナトは配信画面に映る自分の顔を見て、そう思った。

 目の下が少しだけ青い。寝不足じゃない。胃が削れてるだけだ。


 コメント欄はいつも通りうるさい。

 でも、今はそのうるささがありがたい。沈黙のほうが、よほど怖い。


『今日は暴く回?』

『協会やばいって言ってたやつ?』

『胃、持つ?』

『ノクスさんいる?』

『サエキさん頼む』


 ミナトは息を吸って、ちゃんと話す口を作った。


「先に言っておきます。今日、俺は……たぶん、嫌われることをします」


 自分で言って、喉が乾いた。

 嫌われるだけならまだいい。

 間違えたら、誰かが傷つく。


「正義っぽいことってさ。正しいって思うだけで、勢いで突っ走れるじゃん。でも、勢いで突っ走って間違えたら――誰かが巻き込まれる」


 言葉が重い。

 自分で重くしてるのも分かる。

 でも軽く言っていい話じゃない。


「俺がもし勘違いしてたら、協会の人が傷つくかもしれない。逆に、俺が黙ってたら……閉鎖されて、ここが消えるかもしれない。だから今日は“確かめる”回です。断定じゃなくて、確認」


『真面目ミナト』

『確認は大事』

『炎上しないようにね』

『でも証拠欲しい』


 証拠。

 その言葉が胸に刺さる。


 隣にはサエキがいる。測定器を抱える手が、いつもより固い。

 ノクスは少し後ろ。言葉は少ないが、存在が重い。


 ミナトが目線で確認すると、サエキは小さく頷いた。

 そして声を落とす。


「……現場の数値だけなら。ここで見たものを報告するのは職務です。配信に映すのは、かなりギリギリです」


「ギリ合法ってやつ?」


「“合法”の言い方はやめてください……」


『ギリ合法w』

『監視員が育ってる』

『サエキさんかわいそうw』


 サエキの耳が赤くなる。

 ミナトは笑うのを飲み込んだ。今は軽くする場面じゃない。


 ミナトたちはゲートをくぐり、閉鎖前のダンジョンへ入った。

 空気が冷たい。湿り気がある。

 ライトを上げたくなるが、影の件を思い出して、ほどほどにする。


 進む先は深部じゃない。


 中層。

 しかも、普通の通路じゃない。


 壁に金属の板が増え、床には細い溝が走っている。

 人工物の匂いがする。

 石の匂いに混ざって、油と電気の匂い。


「……ここ、変だよな」


 ミナトが小声で言うと、ノクスが静かに頷いた。


「我が知る道ではない」


 サエキが測定器を見ながら言った。


「協会の公表している危険度の値……ここは低いはずなんです。でも、現場は違う」


 サエキは画面を少し見せてくる。

 数字が揺れている。

 前に見た揺れ方と似ている。でも、今は意図が見える揺れだ。


「……ここだけ、上がってる」


「上がってるって、危険度が?」


「はい。……でも、自然に上がってる感じじゃない。急に持ち上がる。誰かが操作してるみたいに」


 “みたいに”と言いながら、声は確信に近い。

 ミナトの喉が鳴った。胃が縮む。

 でも足は止まらない。


 曲がり角の先に、扉があった。

 普通の石扉じゃない。

 横にカードリーダーみたいな装置が付いている。


 管理区画。


 ミナトはカメラに向けて、低い声で言った。


「今から行く場所、たぶん普通の冒険者は通らない場所です。……映して大丈夫かは、サエキさんと確認しながらやります」


 サエキが苦い顔で頷く。


「顔や個人情報が出るものは映さないでください。装置の表示も、全部は……」


「全部は無理でも、雰囲気だけでも」


 雰囲気じゃ足りない。分かってる。

 でも今は、踏み外さないことのほうが優先だ。


 ノクスが扉の前に立つ。

 手を触れずに、空気を押すような仕草をした。


 かちり、と小さな音。

 扉が、すっと開く。


 サエキが目を見開いた。


「……今の、どうやって」


「開けただけだ」


 ノクスの言い方が普通すぎて、逆に怖い。


 中は狭い部屋だった。

 壁には配線。天井から小さな機械。床には固定された台座。

 そして中央に――不自然な装置。


 金属の箱。

 表示パネルには数字が走っている。


 ミナトの背中に、ぞくっと寒気が走った。


「……これ」


 サエキが小さく息を吸う。


「協会の管理装置……のはずです。でも配置が違う。こんな場所に置く理由がない」


 理由がないのに、ある。

 それが一番怖い。


 ミナトは装置の表示を覗き込み、喉が鳴った。


【DE値:—】

【補正:+】

【外部入力:ON】


 さらに下へ視線を滑らせる。英数字の列。

 協会のIDらしきもの。ログ画面。時刻。操作履歴。


 決定的な匂いがした。


「……これ、撮れたら終わる」


 良い意味で。終わってほしい。

 胃の平和が戻ってきてほしい。


 ミナトはスマホを少しだけ近づけた。

 文字が読めるか読めないか、その境目。

 “映しすぎない”ラインを探る。


 コメント欄がざわつく。


『これ協会の装置?』

『外部入力ONって何』

『証拠じゃん』

『映して!』

『サエキさん大丈夫?』


 サエキの顔が青い。


「……これが外に出たら、私も――」


「俺が映す。責任は俺が――」


 言いかけた、その時。


 画面が、一瞬だけ暗転した。


 ぷつ、と音がして、スマホの表示が黒くなる。

 すぐに戻る。

 戻ったのに、妙な静けさだけが残った。


 ミナトの心臓が跳ねた。


「……今の、何?」


 配信アプリを確認する。

 “アーカイブ保存中”の表示が――消えている。


 嫌な予感がして、端末の録画フォルダを開いた。

 さっきまで動いていたはずのファイルが、ない。


 いや、ある。

 あるのに――中身が空だ。


 時間表示が「00:00」。

 容量も「0」。


「……うそだろ」


 声が出なかった。

 息が止まりそうになる。

 心臓の音が耳の内側で鳴る。


 コメント欄が一気に混乱する。


『え?』

『今暗転した?』

『録画消えた?』

『画面止まった』

『何が起きた』


 ミナトは言葉を探した。

 でも、言葉がない。

 頭の中が真っ白で、音だけがうるさい。


 サエキが測定器を見て、震える声で言った。


「……結界、です。録画に反応してる」


「録画に……?」


 ノクスが周囲を見回し、低く言った。


「記録を封じるための仕掛けだ」


 記録を封じる。

 そんなこと、あるのか。


 あるんだ。今、起きた。


 ミナトは唇を噛んだ。

 悔しさが喉に詰まって、息ができない。

 “撮れたら終わる”はずだったのに、撮れた瞬間に消された。


 絶望が来る。

 焦りが来る。

 胃が痛い。手が震える。


 その時。


 コメント欄に、見慣れた名前が飛び込んできた。


『ヒカリ:スクショ班!ミラー班!今! 画面録画できる人、各自で保存! 時間と場所もメモ!』


 ミナトの目が見開く。


『了解!』

『スクショ撮った!』

『画面録画してる!』

『ミラーする!』

『ログ残す!』


 視聴者が、動いた。


 自分のスマホを構えて画面を撮る。

 別の端末で配信を録画する。

 コメント欄に「保存できた」の報告が次々流れる。


 ミナトの胸が熱くなる。

 泣きそうになるのを、必死に飲み込んだ。


「……みんな」


 声が震えた。

 震えるけど、今は震えていい。


 ミナトは、苦笑いしながら言った。


「……リアルタイムは、消せないってことか」


 ノクスが小さく頷く。


「見ている者は止められぬ」


「今それ、かっこよく聞こえるからやめて。腹立つ」


 言った瞬間、少しだけ空気が軽くなった。

 軽くしないと、潰れる。


 サエキが震える手で測定器を握り直した。


「アーカイブだけが消える……なら、視聴者の手元までは――」


「届かない。届かせない。絶対に」


 ミナトはカメラに向けて、頭を下げたくなるのを堪えた。

 今ここで頭を下げたら、“お願い”になってしまう。

 でも――頼ってる。頼るしかない。


「……みんな、頼もしいな」


『任せろ』

『消されるなら増やすだけ』

『証拠保全チームです』

『相手が協会なら集団戦』


 集団戦。

 その言葉が妙に胸に残った。

 今までずっと一人で胃を痛めてたのに、急に仲間が増えたみたいだ。


 だが、すぐに現実が殴ってくる。


 スマホがまた震えた。

 協会からのメッセージが表示される。


【当該配信内容は捏造の可能性があります】

【無断での撮影・侵入は規約違反です】

【直ちに配信を停止し、現場を離れてください】


「……強い言葉、来たな」


 ミナトの声が乾いた。

 捏造。侵入。停止。

 短い単語ほど、人を殴る。


 コメント欄が荒れかける。


『捏造はお前だろ』

『侵入って監視員いるのに?』

『圧かけてきた』


 ミナトは一度息を吸って、言った。


「落ち着いて。煽ると、相手の思う壺。……言葉は武器だから、雑に振らないで」


 言いながら、少しだけ笑いそうになった。

 こんな場面で“武器”なんて言いたくないのに、言うしかない。


 サエキが顔を伏せる。


「……協会は、こういう時、必ず“捏造”って言います。先に言った方が勝てるから」


 勝ち負けにしないと、押し切れないんだ。


 ミナトは装置をもう一度見た。

 消えたアーカイブ。

 残ったのは、今この瞬間の配信と、視聴者の手元。


 世論が動き始める感覚が、少しだけした。

 コメント欄の温度が変わった。

 “面白い”から“守る”へ。

 その変化が、怖くて、嬉しい。


 その時。


 協会から、さらに一通。


【討伐隊を派遣します】

【当該ダンジョン深部の危険存在は、討伐対象です】

【協力しない場合、配信者も処分対象となります】


 討伐。


 その単語が、胃に刺さった。


 ノクスが静かに顔を上げる。

 空気がまた冷える。

 でも今回は、影が粘る感じはない。ノクスが抑えている。抑えすぎて、逆に怖い。


 ミナトは画面を見て、呟いた。


「……討伐って、やっぱりそうなる?」


 コメント欄が、一瞬だけ静まった。


 その静けさが、次の嵐の前触れみたいで――ミナトは胃のあたりを押さえた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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