第7話「初の“視聴者参加型”で事故る」
参加型配信は、甘い言葉だ。
“みんなで冒険しよう”
“君も主役になれる”
“同じ景色を一緒に見よう”
聞こえは最高。伸びる気しかしない。
なのにミナトの胃は、告知を出した瞬間からずっと嫌な音を立てていた。
事故る匂いがする。
――いや、やる前から言うな。
やるからには安全にやれ。
ミナトはダンジョン入口近くの、比較的明るい階層に立っていた。
壁の苔も薄く、床も平ら。敵も弱い。罠も少ない。
協会の監視員、サエキが同じ場所で測定器を握りしめている。
スマホの赤い●が点いている。
コメント欄は、開始前からやけに賑やかだった。
『参加型きたーー!』
『今日は合流できる?』
『初心者だけどいい?』
『胃痛枠が拡大する日』
『監視員さんも来るの草』
草じゃない。胃が減る。
ミナトはカメラに向けて、いつもより丁寧な声を作った。
「えっと、今日は参加型です。ただし先に言っておきます。安全第一。走らない、ふざけない、無理しない。危ないと思ったら、すぐ引き返す。……これ、守れない人は参加できません」
言いながら、責任の重さが胸に落ちてくる。
画面の向こうに人がいる。今日は“画面の向こう”が、こっちに来る。
ミナトは続けた。
「あと、監視員さんもいます。規約に引っかかることはしません。しないし、させません。……本当に。頼むから、守って」
最後は、ほぼ本音だった。
コメントが流れる。
『ミナト必死w』
『責任者の顔してる』
『わかった!歩く!』
『走らない(走る)』
『サエキさんが見てるぞ』
サエキが小さく咳払いした。
「……今の説明は適切です。ありがとうございます」
褒められても胃は痛い。
少し後ろにはノクスがいる。
今日は玉座の主というより、でかい影の護衛みたいな立ち方だった。
何も言わないのに、周囲が落ち着く。
やがて、集合地点の通路の先から数人が現れた。
協会の案内で入ってきた参加者だ。
最初に飛び込んでくるのは、元気な声。
「ミナトさん! 本物だ! うわ、配信、俺映ってる!?」
テンション高い初心者。
装備が新しい。動きが軽い。軽すぎる。
目がキラキラしている。危ないタイプのキラキラだ。
次に、落ち着いた歩き方の人。
「こんにちは。参加型は初めてです。指示があれば従います」
冷静な人。
目が周囲を見ている。足元も見ている。
こういう人が一人いるだけで安心感が違う。
そして、慣れてる感じの人。
「どうも。軽い階層って聞いたんで来ました。罠も少ないですよね?」
言い方が自信満々。
慣れてる人ほど、油断が怖い。
ミナトは一人ずつ挨拶を返しながら、胃がきゅっと縮むのを感じた。
――事故の匂い、濃い。
サエキが参加者に向けて丁寧に言う。
「本日は監視員が同行します。危険行為が確認された場合、配信は停止されます。安全にお願いします」
初心者が笑った。
「大丈夫っす! 俺、結構運いいんで!」
その“運”が一番危ない。
ミナトはカメラに向けて言った。
「はい。じゃあ、小規模で、短時間で、軽く行きます。深く潜りません。映えより安全。よろしくお願いします」
『映えより安全w』
『ミナトが言うと重い』
『胃のセンサー働いてる』
『ノクスさん守って』
守って、って。
守りたいのはこっちだ。
通路を進む。
その時だった。
天井の高い空間に、ひとつ、きらきら光るものが舞い降りた。
金色の羽。
小さな体。
くるりと宙を回り、ふわっと参加者の頭上を飛ぶ。
「……ハト?」
ミナトが呟いた瞬間、コメント欄が爆発した。
『金のハト!?』
『かわいい!』
『バフ鳥きた!』
『映えすぎwww』
ハトは普通の鳩のようで、普通じゃない。
羽ばたくたび、粉みたいな光が散る。
それが参加者の肩や髪に落ちて、淡く光った。
画面が綺麗。
これは盛れる――盛れるけど、嫌な予感しかしない。
サエキが測定器を見た。
「……反応があります。強化系の効果です」
「強化?」
その瞬間、初心者が「うおっ」と声を上げた。
「なんか体、軽っ! え、速っ……!」
足が勝手に前へ出た。
速い。
速すぎる。
初心者が、通路を走り出した。
「ちょ、走らないって――!」
ミナトが言い終える前に、初心者は前へ前へと飛んでいく。
まるで十倍速。靴音が軽く跳ねる。
壁が近づく。曲がり角。
止まれない。
「やばっ……!」
身体が壁へ向かう。
ミナトの手汗が一気に出た。
叫びそうになる。叫んだら余計にパニックだ。けど――!
『速すぎwww』
『壁ドンする!』
『止まれ!!』
『ミナトの胃が死ぬ』
初心者の足がもつれた。
ふらつく。
後ろにいた慣れてる人も、反射で前へ出た。
「おい、危ない!」
慣れてる人まで速くなる。
しかも自信がある分、距離感が雑になる。
冷静な参加者が声を上げた。
「止まって! 前が――!」
止まれない。
祝福が強すぎる。
初心者が壁にぶつかりそうになり、咄嗟に避けようとして――転びかけた。
転んだら、後ろが突っ込む。
連鎖する。人が重なる。最悪、骨が折れる。
ミナトの心臓が跳ねる。
喉の奥が熱くなる。叫びたい。止めたい。
でも、叫び声はパニックを増やす。
サエキも焦った顔で言いかけた。
「危険です! 停止――」
その時。
低い声が、空間を切った。
「止まれ」
ノクスの声だった。
怒鳴っていない。
なのに、音が床に沈むみたいに重い。
不思議なことに、全員が止まった。
初心者の足が止まる。
慣れてる人の手が止まる。
冷静な人の息が止まる。
空気が、一瞬だけ静かになった。
『ノクスさんの号令やば』
『強制停止w』
『威厳が安全装置』
『ラスボス、優秀』
初心者が目を丸くして振り返る。
「え……なに今の……体、勝手に止まった……」
ミナトはその場で、短く、はっきり言った。
「みんな、歩いて! 深呼吸! 壁に寄らない! 壁に手をつくのもダメ!」
短い指示。
多く言うと混乱する。今は“やること”だけ。
サエキも続ける。
「速度が上がっています! 走らないでください! 歩幅を小さく!」
コメント欄が一気に協力モードになった。
『歩け!』
『深呼吸!』
『壁に寄るな!』
『落ち着け!』
その中に、ひとつ落ち着いた文字が混ざった。
『視聴者も落ち着こう。ふざけコメント控えめで』
ヒカリだ。
外からコメントで補助してきている。
ミナトは心の中で「助かる」と叫んだ。
金色のハトが、ふわりと輪を描くように飛び回り、さらに光を落とそうとする。
見た目は綺麗なのに、今は凶器だ。
ノクスが一歩前に出た。
ハトを睨む――と思ったら、違った。
ノクスは、少しだけ声の温度を落として言う。
「……頼む。もう十分だ」
命令じゃない。
お願いだった。
金のハトは、きゅる、と鳴いた気がした。
満足げに羽を広げ、最後に一粒だけ光を落とすと、ふわっと上へ飛んで消えた。
光が弱まる。
足の軽さが、少しずつ戻っていく。
『ラスボス様、動物に優しい』
『お願いするタイプw』
『ハトが満足して帰った』
『優しさでバフ解除するの草』
初心者が震える声で言った。
「……すみません。俺、走らないって言ったのに……体が勝手に……」
ミナトは息を整えて、なるべく優しい声で返す。
「大丈夫。今のは、あなたのせいだけじゃない。……でも、次からは“軽い”って思った瞬間に止まって。言うの遅れたの、俺も悪い」
責任を抱え込むと重い。
でも放り投げたら、もっと重くなる。
サエキが測定器を見ながら頷いた。
「……強化効果が過剰でした。記録します」
慣れてる参加者が苦笑する。
「いや、あれは無理っす。速度十倍は笑う」
笑っていいのは、事故にならなかったからだ。
ミナトは笑う代わりに肩を落とした。
心臓がまだ跳ねている。
手汗がスマホを滑らせそうになる。
参加型。
やるなら覚悟が要る。
“楽しい”の前に、“責任”が乗ってくる。
ミナトはカメラに向けて言った。
「……みんな、ありがとう。今の、ギリギリでした。参加型ってほんと、気をつけないとすぐ事故になる。次はもっと準備してやります」
『ミナトえらい』
『ノクスさん信頼爆上げ』
『サエキさんもいい』
『ヒカリも有能』
ミナトはやっと息を吐けた。
その後は予定通り、短時間で切り上げた。
深く潜らない。危ない演出もしない。
“盛れる絵”より、“帰れる配信”。
地上に戻る頃には、空が少し暗くなっていた。
ゲート前で解散し、参加者が協会の誘導で帰っていく。
ミナトもようやく肩の力を抜きかけた――その時。
スマホが震えた。
協会からの通知。
【危険行為の疑いが確認されました。閉鎖判断を検討します】
ミナトの胃が、ひゅっと冷えた。
「やっぱり来た……」
声が、笑えないくらい小さかった。
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