第6話「監視員、コメント欄で育つ」
監視員が付くと、空気が固くなる。
ミナトはダンジョン入口のゲート前で、やたら背筋を伸ばしていた。
普段なら「よし、行くぞ!」で踏み込むのに、今日は違う。
胸元のスマホ、赤い●がいつもより重い。
隣には監視員――サエキ。
若い協会職員。目が死んでいない。けれど、その分だけ真面目さが目立つ。
手には小さな測定器。持ち方がきっちりしている。
「では、規約の範囲内で潜行を開始します。配信は許可されていますが、危険行為、煽り、誤情報の流布は――」
「はい! 大丈夫です! 誤情報、流しません!」
ミナトの声が、よそ行きになる。
自分でも分かる。急に敬語が増えた。
コメントが流れる。
『ミナト丁寧w』
『よそ行きミナト草』
『胃痛枠始まった』
『監視員さん真面目すぎ』
ミナトは苦笑いしながら、カメラに向けて言った。
「えっと、本日は協会の監視員さん付きです。なので、今日は安全運転でいきます。いつも以上に、ね」
「いつも以上に」を強調した自分が、ちょっと悲しい。
いつもは危ないみたいじゃん、と心の中で突っ込む。
その横で、ノクスがふっと息を吐いた。
「良い。いつも通りで進め」
自然体すぎる。
ダンジョン深部の主の「いつも通り」って何だよ、と言いたいが、今は言わない。
ミナトはなるべく柔らかい声を作った。
「ノクスさんも、今日は……協力、お願いします」
「承知した」
短い返事なのに妙に落ち着く。
反対にサエキのほうが、ノクスの存在を意識しているのが分かった。言葉がさらに丁寧になる。
「……危険が発生した場合、速やかに撤退をお願いします。なお、私から指示があった場合は――」
『監視員さん台本読んでるw』
『真面目かわいい』
『胃薬準備』
『サエキさん赤くなってる?』
サエキが、ほんの少しだけ顔を赤くした。
コメント欄が自分を見ているのに気づいたらしい。
ミナトは“炎上しない範囲”で拾う。ここでいじりすぎると、すぐ危ない。
「えっと、サエキさんは真面目なだけです。職務に忠実です。いじりすぎないようにお願いします」
『真面目宣言w』
『いじりすぎない(いじる)』
『サエキさんがんばれ』
サエキは小さく咳払いして、視線を逸らした。
「……ありがとうございます。では、入ります」
ゲートをくぐる。
空気が変わった。
冷える。湿る。匂いが土っぽくなる。
ミナトの胃が、ぎゅっと縮む。
暗い通路。ライトの輪だけが頼りだ。
今日は監視員がいるせいで、ライトの設定にも気を遣う。
『監視付き潜行こわ』
『今日のノクスさん落ち着きすぎ』
『ミナトだけ固いw』
固いのは、俺の胃だ。
しばらく歩くと、扉が見えた。
石の扉。
そこまでは普通――のはずだった。
扉の中央に、口みたいな隙間がある。
ぬるっと動いて、声が出た。
「――お入りになる前に、当該区域における注意事項を読み上げます」
「……え」
ミナトが止まると、サエキが測定器を見ながら言った。
「反応があります。罠の一種ですね。……音声認識型です」
『扉が規約読み上げw』
『規約扉きたwww』
『ダンジョンにもコンプラ』
『長文来るぞ』
扉は淡々と続ける。
「第一条。区域内における無謀な行為は、生命の危険を伴います。第二条。撮影、録音、配信を行う場合――」
「配信!? ダンジョンが配信を前提にしてる!?」
ミナトが思わず声を上げた瞬間、床が――ほんの少し沈んだ。
ぐらり、と足元が揺れる。
「うわっ……!」
サエキがすぐに手を伸ばした。
「話しかけないでください!」
「え、話しかけたらダメ!?」
「音声に反応しています。割り込みは危険です!」
ミナトは口を押さえた。
自分で自分を止める。情けないのに、止めないと沈む。
『割り込み禁止w』
『規約に口出すと床沈むの草』
『耐久企画始まった』
『最後まで聞け!』
『倍速で!』
倍速で、って。
無茶言うな。扉に倍速機能なんてあるわけない。
ミナトは内心で突っ込みながら、できるだけ真面目な顔を作った。
――耐久だ。これは規約耐久。
扉は淡々と読み上げ続ける。
「第三条。視聴者を煽る発言、危険行為を誘発する言動は――」
協会より細かいかもしれない。
胃が痛いのに、なぜか笑いが込み上げる。
笑ったら沈む。笑うな。笑うな。
横を見ると、ノクスが背筋を伸ばしていた。
直立不動。腕も組まない。顔も動かさない。
式典の来賓みたいに、規約を聞いている。
『ノクスさん姿勢良すぎw』
『ラスボス、規約を正座で聞くタイプ』
『威厳の使い方が変w』
ミナトは笑いそうになって、喉の奥で止めた。
止めたせいで変な顔になった気がする。
扉は続く。
「第十七条。危険区域の映像は、第三者の模倣を防ぐため、必要に応じて――」
長い。
思った以上に長い。
しかも番号が増えていく。十七条まで来たのに、まだ終わる気配がない。
ミナトの集中が、ふわっと切れかけた。
――今なら、割り込めそう。
「はいはい了解です」って言えば終わるんじゃないか。
そんな誘惑が湧いた。
ミナトは息を吸い、口を開きかけた。
「だめです!」
サエキが慌てて止めた。
声は小さいのに必死だ。
ミナトは、すんでのところで口を閉じる。
床は沈まなかった。
助けられた形になって、ミナトは変に恥ずかしくなる。
「……ありがとうございます」
「いえ……集中が切れるのは分かります。でも、ここで割り込むと危険です」
サエキの声は丁寧だけど、人間味があった。
机の前で読み上げる声じゃない。現場の声だ。
『サエキさん守ってくれた』
『監視員が味方になってきた』
『コメント欄で育ってるw』
育ってるって何だ、と思う。
でも、ちょっと分かるのが悔しい。
ようやく扉が、終わりに近づいたらしい。
「――以上をもって、理解と同意を確認しました。扉を開放します」
ごごご、と石が動く。
扉が開いた。
ミナトは思わず呟く。
「……ダンジョンにもコンプラあるんだ……」
『コンプラ扉w』
『理解と同意www』
『同意ボタン押させろ』
『規約耐久おつ』
ミナトはふらふらしながら進もうとした。
――が、サエキが測定器を見たまま動きを止める。
「……」
「サエキさん?」
サエキの顔が、少し曇っていた。
さっきまでの“真面目さ”とは違う、別の種類の緊張。
「数値が……揺れてます」
「揺れてる?」
サエキは測定器の画面を見せた。
数字が上下している。一定じゃない。落ち着かない。
「協会が公表している危険度の値と、合いません。こんな揺れ方は……」
ミナトは眉をひそめる。
「機械の不具合とか?」
「不具合なら、一定のズレになります。でも、これは……揺れてる。誰かが触ってるみたいに」
触ってる。
その言い方が、嫌だった。
ノクスが静かに扉の奥を見た。
目の奥が、すっと冷える。
「この揺れは……外から触られている」
サエキが息を止めた。
「……やっぱり、そう見えますか」
『外から触られてる?』
『誰が?協会?』
『バックドアの匂い』
『やばい話きた』
コメント欄がざわつく。
ミナトの胃もざわつく。
サエキは周囲を気にするように視線を動かし、ミナトにだけ聞こえる声で言った。
「……このダンジョン、データが変です」
「やっぱり、そういう話になるよね」
ミナトは苦笑いした。
笑いで誤魔化さないと、胃が本気で壊れそうだった。
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