表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第5話「BAN回避の裏技は“正規コラボ申請”」

 ダンジョンより怖い場所がある。


 それは、協会の申請窓口だ。


 ミナトは自動ドアの前で、いちど深呼吸した。

 空気は普通。白い床、白い壁、消毒の匂い。案内板に受付カウンター。

 見た目は「安全」そのものなのに、胃だけが勝手に警戒している。


 ――ここで言い間違えたら終わる。


 ダンジョンで言い間違えたら、だいたい死ぬ。

 それも十分最悪なんだけど、こっちは種類が違う。

 死なない代わりに、あとからじわじわ終わるやつだ。


 スマホの赤い●は、まだ点いていた。


『窓口きたw』

『ダンジョン外が本番』

『書類ダンジョン』

『ミナトの胃、まだ生きてる?』


「胃の話やめろ!」とツッコミたいのに、喉が乾いて声が出ない。

 ミナトはスマホを胸の高さに構えたまま、受付へ向かった。


 隣にはヒカリ。

 コンビニに行くみたいな足取りで歩く。

 その後ろ、少し距離を空けてノクス。白い天井の光の下でも影が濃い。

 通りすがりの人が二度見、三度見していく。


 そして最後尾に、協会職員が二人。

 監視というより護送に見えるのが嫌だった。


 受付の女性が、にこやかに言った。


「本日は、申請でお越しでしょうか」


 申請。

 この施設では、たいていのことが申請から始まる。


 ヒカリが即答した。


「はい。偶発事案の緊急枠で、正規コラボ申請です。配信ログもあります」


 ミナトは小さく頷き、スマホを見た。コメント欄が盛り上がっている。


『正規コラボ申請www』

『BAN回避裏技』

『制度を攻略する配信』

『ノクスさん役所にいるの草』


 草じゃない。胃が草になる。


 受付の女性はタブレットを操作し、淡々と案内した。


「それでは、番号札をお取りいただいて、こちらの同意事項をご確認ください」


 番号札。

 同意事項。

 確認。


 来た。ダンジョン外の迷宮。

 ミナトは「はい」と言いながら、内心で小さく泣いた。


 待合の椅子に座る。

 目の前には紙の束とタブレット。注意書きのポスター。

 「危険行為禁止」「撮影範囲」「救護の免責」「規約違反時の措置」。


 読んでも読んでも、終わらない。

 文章が長い。言い回しが硬い。途中で眠くなるのに、眠ったら負ける。


 ミナトは小声で言った。


「……ダンジョンより怖い」


 ヒカリが笑う。


「わかる。ここは“文章で殴ってくるタイプ”のダンジョン」


「それ、今言っていい?」


「配信中だから、むしろ言ったほうがいい」


『文章で殴ってくるw』

『規約ミミックいそう』

『ミナトのHP削ってくる』


 ミナトはタブレットをスクロールしながら、ため息を飲み込もうとして失敗した。

 胃が痛い。


 隣のノクスが同意事項を覗き込み、眉間にしわを寄せた。


「……この文は、長いな」


「それが規約です」


「規約とは、ここまで言葉を重ねるものなのか」


「重ねます。重ねて、逃げ道を塞ぎます」


 言ってから、ミナトはハッとした。

 近くに協会の人がいる。言い方が悪い。


 でも赤い●は容赦なく点いている。


『逃げ道塞ぐは草』

『監視員いるぞw』

『胃、覚悟』


 覚悟したくない。


 番号が呼ばれた。


「13番の方、窓口へどうぞ」


 ミナトは立ち上がった。

 足が重い。ダンジョンで走った後より重い。

 窓口のガラス越しに、担当者が待っている。仕事の笑顔。


 担当者は書類を揃えながら言った。


「では、正規コラボ申請について確認します。配信は継続中ですね」


「は、はい……」


「大丈夫です。むしろ記録として助かります」


 助かります、の言い方が怖い。

 “材料になります”に聞こえる。


 ヒカリがすぐ挟む。


「全行程を記録することで透明性を確保します。申請内容も読み上げますね」


「はい、問題ありません」


 問題ありません、がまた怖い。

 “今は”の二文字が隠れていそうだった。


 担当者が一枚の紙を差し出す。


「こちらに同意いただければ、形式上は通ります。ただし、監視員の同行が条件となります」


 来た。監視員。

 ミナトの喉が鳴った。ごくり、と飲み込む音が自分で分かる。


『監視員w』

『監視つきコラボ草』

『胃が鳴ったw』


 やめて。


 担当者は続けた。言い方が、いやに丁寧になる。


「なお、関連するご案内として――」


 こういう「関連する」は、大体ろくでもない。


 担当者は机の下から箱を出した。


 木目調の箱。金色の金具。

 妙に宝箱っぽい。


「ついでに、スポンサー案件のご提案もできます。こちら、提供枠の――」


『案件きたwww』

『急に商売w』

『スポンサー箱w』

『ミミックだろそれ』


 ミナトは笑いそうになって止めた。

 笑ってる場合じゃない。箱が、嫌な予感しかしない。


 ヒカリの目が細くなる。


「それ、今ここで?」


「はい。注目が集まっていますので。配信者の方には良い機会かと」


 良い機会。

 甘い言葉は、だいたい胃に悪い。


 担当者が箱の蓋に手をかける。


 ぱか。


 次の瞬間――箱が噛んだ。


「いっ……!」


 ミナトの指先に、鋭い痛み。

 反射で手を引くが、金具が歯みたいに噛みついて離れない。


『噛まれたwww』

『ミミックだw』

『スポンサー・ミミックw』

『提供箱こわ』


「ちょ、ちょっと! 何これ!?」


 ミナトが声を上げると、担当者は驚かない。

 驚かないのが一番怖い。慣れている。


「失礼。反応が出ましたね。提供案件は、同意がないと噛みます」


「噛む必要あります!?」


「規約です」


 規約で片づけるな!


 ミナトは痛みに顔をしかめながら、必死に台詞をひねり出す。


「えっと……提供、えー……本配信は、協会公認の安全指導のもと……えー……」


 噛まれてる。

 指が痛い。

 焦るほど言葉が出ない。


 コメント欄が爆笑の勢いで流れた。


『提供読み強制www』

『噛まれながら提供読みは新しい』

『ミナトのHPが削れてる』

『頑張れw』


 担当者がさらに丁寧に言う。


「提供読みは、今ここでお願いします。視聴者が多いので」


「今ここで!?」


「はい。今が一番効果的です」


 効果とか言うな。俺の指のほうが効果的に痛い。


 ミナトは涙目で口を回す。


「本配信は……えっと……協会の……安全な……えっと……」


 言葉が崩壊しかけた、その時。


 隣から低い声が落ちた。


「我が読む」


 ノクスだった。


「え、ノクス!?」


 止める間もなく、ノクスが箱に手を伸ばす。

 箱が当然のように噛みつく。


 がり。


 ノクスの指に噛みついたまま、箱は離れない。

 なのにノクスは眉ひとつ動かさず、淡々と口を開いた。


「――本配信は、協会の定める手続きに基づき、危険区域での撮影を管理下に置いたものである。視聴者諸君は模倣を避け、安全を守れ」


 低音が綺麗に響く。

 噛まれているのに声がブレない。

 言葉が一気に整う。格が違う。


『格が違うwww』

『声が良すぎる』

『提供読みが荘厳w』

『ミミック噛みついたままw』


 ミナトは口を開けたままノクスを見た。

 完璧すぎる。しかも内容がちゃんとしてる。危険行為を止める方向に寄せてる。協会が好きそう。


 担当者が満足げに頷いた。


「素晴らしいですね。では、この提供枠の――」


「待って」


 ヒカリが軽い声で止めた。

 軽いのに、空気が変わる。


 ヒカリは箱をじっと見て、鼻で笑う。


「それ、協会の紐付きですよね」


 担当者の笑顔が、ほんの少し固まった。


「いえ、一般のスポンサーです」


「一般のスポンサーは、箱が噛まない。噛むのは、契約の縛りがきつい時。で、今この場で押し切ろうとするのは、だいたい逃げ道を消すやつ」


 さらっと言うのが怖い。

 ヒカリは制度の匂いに慣れている。


 ミナトの胸が揺れた。


 伸びたい。

 今の視聴者数。今の空気。今の流れ。

 スポンサーが付いたら、生活が変わるかもしれない。機材も揃う。配信も続けられる。


 でも、嫌な匂いがする。


 規約。監視。提供。

 全部が繋がっている気がする。


 ミナトは唇を噛んだ。

 断ったら何が起きる? 怖い。

 でも指が痛い。痛みが「やめろ」と言っている。


 ミナトは、震える息で言った。


「……案件は、受けません」


 言えた。

 言った瞬間、空気が止まった気がした。


 箱が、すっと静かになった。


 噛みついていた金具がゆるみ、ぱか、と口を閉じる。

 まるで「了解」と言ったみたいに。


 ミナトは指を引き抜いた。

 痛みは残る。じんじんする。

 でも胸が軽い。


『断った!』

『線引きできた!』

『ミミック寝たw』

『ミナト偉い』


 偉いのかは分からない。

 ただ「自分で決めた」感覚が、ちゃんと残った。

 それが、少しだけ嬉しい。


 担当者は表情を崩さず、丁寧に箱を引っ込める。


「承知しました。では案件の件は、また機会があれば」


 さらっと引くのが、逆に怖い。

 また機会。つまり、また来る。


 ヒカリは笑って切る。


「機会、来なくていいです」


 ミナトは小さく笑って、すぐ真顔に戻した。

 今笑うと胃が戻ってくる。


 担当者は書類を整え、話を戻す。


「では、正規コラボ申請の確認です。形式上は通ります。ただし監視員が付きます。違反があれば即停止です」


 即停止。

 ミナトの喉が鳴る。


「……はい」


 怖い。

 でも、ここまで来たら引けない。


 その時、窓口の横から若い職員が一歩出てきた。

 スーツはまだ新しい。目が死んでいない。

 それが妙に印象に残った。


「監視員担当のサエキです。よろしくお願いします」


「……ミナトです。よろしくお願いします」


 サエキは丁寧に頭を下げて、丁寧に釘を刺す。


「規約違反があれば、即座に配信を停止します。そこはご了承ください」


 丁寧な声。丁寧な釘。

 胃がまた縮む。


『監視員いい人そう』

『目が死んでない』

『サエキさん良心枠?』


 ミナトはコメントを見て、少しだけ救われた気がした。

 人間だ。少なくとも目は人間だ。


 ノクスが、担当者とサエキを見て、静かに言う。


「見張りが必要なのは、我ではなく――貴殿らの言葉だろう」


 ぴし、と空気が硬くなる。


 担当者の笑顔が止まる。

 サエキの眉がほんの少し動く。

 ヒカリは肩をすくめて、「言うねえ」と目だけで笑った。


 ミナトは胃がひゅっと冷えるのを感じた。

 こういう発言は危ない。

 でも言いたいことは分かってしまうのがつらい。


 担当者は丁寧さを保ったまま、声を少しだけ低くした。


「……では、こちらに署名を」


 ノクスがペンを持つ。

 署名欄に、静かにペン先を落とす。


 ――その時。


 サエキがミナトの横にすっと寄った。

 声を落として、小さく言う。


「……本当は、閉鎖したくないんです」


「え?」


 ミナトは思わず聞き返した。


 サエキは笑わなかった。

 目が、真剣だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし続きが気になりましたら、ブックマークや★評価をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ