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第3話「ラスボス、初コメ拾い」

 数字が増えている。


 スマホ画面の上部。小さく表示される視聴者数が、ゆっくりと、でも確実に上がっていく。

 二桁に届きそうな気配がして、ミナトの心がふわっと浮いた。


「……え、ちょ、来てる」


 嬉しい。

 嬉しいのに――次の瞬間、胃が冷えた。


 事故ったら終わる。


 画面が盛り上がるほど、現場の危険が増える。

 それを、さっき身をもって知ったばかりだ。コメントが荒れると足元のやつが増える。声を上げると増える。盛り上がりが、危険につながる。


 そして今、ミナトは大広間にいる。

 目の前には玉座。

 玉座の主――ノクス。


 ミナトは、笑いながら喉を鳴らした。


「えっと……みなさん、こんばんは。初配信です。……今、えっと、なんて言えばいいんだこれ。いま、ラスボスっぽい人と……会話してます」


 コメント欄が流れる。


『草』

『ほんとにラスボス?』

『ミナト生きてる?』

『ノクスさん映して』

『声が低いのズルい』


 ミナトは、画面の文字と現実の空気の差に頭がくらくらした。

 笑ってるコメントもある。でも、ここは本当に危ない場所だ。笑えない。


 少し前、距離を保った位置にノクスが立っている。

 ノクスはスマホを見たり、ミナトを見たりしながら、無駄な動きひとつしない。


 そして、低い声で言った。


「観衆の言葉を拾うのだろう」


「……コメ拾い、ですね」


「それだ」


 ラスボスが「コメ拾い」と言う世界。

 ミナトは笑いそうになって、でも笑ったら空気が崩れそうで、喉の奥で止めた。


「えっと、ノクス……コメント拾い、やってみます?」


「やってみる」


 妙に真面目だ。

 ミナトはスマホを持ち直し、コメントを読み上げた。


「『ほんとにラスボス?』って来てます」


 ノクスが一拍置いて答える。


「我はこの座にある者だ。名を問うなら、ノクス」


『名乗りキター!』

『自己紹介が重いw』

『座にある者www』


 ミナトは口元を押さえた。

 重い。言い回しが重い。軽いコメントと噛み合わないのが面白い。面白いんだけど、今笑うと空気が崩れそうで怖い。


「えっと、次。『声が低いのズルい』」


 ノクスは眉を少しだけ動かした。


「ズルい、とは」


「えっと……かっこいい、ってことです。たぶん」


「……ならば、感謝する」


『感謝したw』

『ラスボス礼儀正しい』

『敬語じゃないのに丁寧なの何』


 ミナトは小さく息を吐いた。

 怖いのに、ちょっと和んでしまう。

 でも和んだところに、現実が刺さる。


 コメント欄にこういうのが流れた。


『暗くて見えない!』

『画面真っ黒だぞ』

『もっと明るくして!』


「……あ」


 ミナトはスマホ画面を見て、青ざめた。

 確かに暗い。ライトの輪の中だけは見えるけど、ノクスの顔がはっきり映らない。玉座も半分は闇に沈んでいる。


 配信者としては最悪だ。

 視聴者が見えないと離れる。せっかく増えた数字が減る。


 でも、光を強くするのは怖い。

 暗いから光を上げる。映える。コメントが増える。危険が増える。


 ミナトはライトのスイッチに指をかけた。

 安全を取るか、映えを取るか。


 配信者の本能が囁く。

 ――明るくしろ。見せろ。今しかない。


 臆病者の本能が叫ぶ。

 ――やめろ。ここで調子に乗ったら死ぬ。


 ミナトは、笑ってごまかしながら言った。


「えっと……少しだけ明るくします。少しだけ。ほんとに少しだけ」


 自分に言い聞かせるように。


 ライトを上げた。


 次の瞬間――勝手に、さらに上がった。


「え?」


 目の前が白くなる。

 壁も床も、白飛びするほどの光量。スマホ画面が一瞬で真っ白になった。


『うわまぶし!』

『白い!w』

『サムネ盛りすぎw』


 ミナトは目を細めた。

 眩しい。眩しすぎる。

 でも、それ以上に嫌な感覚があった。


 光が強くなるほど、影が濃くなる。


 壁の隅、柱の陰、玉座の下。

 影が、ただの影じゃなくなる。輪郭が“形”を持ったみたいに、濃く、ざらついて見える。


 空気が変わった。


 ざらり。

 喉に砂が入ったみたいな感触。

 耳の奥が、きん、と鳴る。


「……やばい」


 ミナトの声が小さくなる。

 そして、その声に反応するように――遠くで音がした。


 こつ。


 こつこつ。


 足音。

 ひとつじゃない。複数。

 どこから? 広間の外? 通路の先?


『足音!?』

『来るぞ』

『ミナト、ライト戻せ!』


 ミナトの胃が、きゅっと縮んだ。


 ――映え=難易度上昇。


 画面を派手にするほど、ダンジョンが反応する。撮られている、見られていることに反応して、危険を増やしてくる。


 ミナトが言いかけた瞬間、ノクスが動いた。


 ノクスは玉座の方へ一歩戻り、玉座の側面――紋章のような彫刻に指を触れた。

 触れただけ。力を込めた感じもない。


 そして、指を鳴らした。


 ぱちん。


 小さな音。

 なのに、空気が変わる。


 光が、すっと落ち着いた。

 白飛びしていた視界がゆっくり色を取り戻す。影のざらつきが薄れる。足音が遠ざかる。


 ミナトは目を見開いた。


「……え、今の、なに」


 ノクスは平然と言った。


「光を抑えた」


「……どうやって」


「この場所の仕組みくらいは分かる」


 コメント欄が一斉に流れる。


『管理者っぽい!』

『ラスボスじゃなくて管理者?』

『指パッチンで光制御は強すぎ』

『かっこいい』


 ノクスがスマホを見る。

 そして、少しだけ顎を上げる。


「……“かっこいい”とは」


「褒め言葉です」


「そうか」


 ミナトは息を吐いた。

 危機は一旦去った。でも――問題は残る。


 画面は暗い。

 視聴者は見えないと言う。

 映える絵を出せない。


 配信者としては悔しい。

 けれど、安全を取らないと終わる。


 ミナトは唇を噛んだ。

 コメント欄が静かになる気配がして、怖くなる。


 でも、ここでまた光を上げたら足音が戻る。

 それはもっと怖い。


 ミナトは覚悟を決めた。


「……みなさん、ちょっと暗いけど我慢してください。ここ、光を上げると危ないみたいです」


『了解』

『生きろ』

『暗くてもいいから続けて!』

『安全第一で頼む』


 優しいコメントが流れて、ミナトの胸が少し軽くなった。


 その時、視界の端で小さな光が瞬いた。


 天井の隅。石の継ぎ目の影に、金属の小さな点。

 虫みたいに貼り付いている。


「……あれ、なに」


 ライトを少し向ける。

 小さなレンズ。小さなランプ。見覚えのある形。


「……協会のセンサー」


 嫌な汗が出た。

 ここにもある。深部にもある。


 つまり――見られている。


 スマホが鳴る。硬い通知音。

 協会からのメッセージが連続で届いた。


『違反行為が確認されました』

『深部映像は危険度を煽る恐れがあります』

『配信を停止してください』


「……うわ、増えた」


 ミナトは笑おうとして、できなかった。

 胃がまた冷たくなる。


 ノクスが覗き込む。


「お前を縛る言葉が多いな」


「……はい。協会、怒ってます」


「怒っているのか。ならば理由がある」


 ノクスの声が静かに落ちる。警戒の低音。


「ミナト」


「はい」


「お前は帰るのか」


 帰る。

 その言葉が現実を引き戻した。


「……帰ります。帰らないと、たぶん俺が終わります」


 ノクスは頷いた。


「ならば、道を示す」


「え?」


 ノクスが指を軽く動かすと、床の端に淡い光の線が浮かんだ。

 玉座から出口の方向へ、一本の道みたいに。


 ミナトは息をのんだ。


「……それもできるの」


「ここなら、出口までの道筋は分かる」


 ミナトはスマホを持ち直し、配信に向けて言った。


「みなさん、帰ります。……生きて帰るのが一番大事なんで」


『正解』

『生きろ』

『続き見たい!』


 ミナトは光の線に沿って歩き出した。

 ノクスは一歩遅れてついてくる。距離を保ったまま、音もなく。


 やがて現代の白い照明が見えた。入口側の明かり。警備区域。


「……戻れた」


 その瞬間。


 入口の前に、人影があった。

 制服じゃない。警備員でもない。スーツ。腕章。タブレット。


 協会職員。

 数人。

 待っていた、と言わんばかりに、まっすぐこちらを見ている。


 ミナトの喉がきゅっと縮んだ。


「……あ、終わった」


 口から漏れた声は、笑いにもならなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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