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第28話「公開討論会(最深部、コメント付き)」

 討論って、たぶん人間が作った罠の中で一番危ない。


 剣とか魔法とか、そういう分かりやすい危険じゃない。

 言葉のほうが、やたら刺さる。

 刺さった言葉は抜けにくいし、抜こうとすると血が出る。


 だからミナトは、机に突っ伏していた。


 スマホの画面にはメモ帳アプリ。

 そこに並んでいるのは、ヒカリからの短いメッセージ。


【公開討論会やろう】

【透明性で殴る】

【イベント化して合意取りに行く】


「……殴るって言い方、怖いんだよな」


 声に出した瞬間、胃がもう一段痛くなった。

 胃痛って、言葉にすると増える。なんでだ。


 部屋の隅ではノクスが腕を組んで立っている。

 姿勢がやたら綺麗で、存在感だけで部屋の空気が重い。


 テーブルの上には、ヒカリが買ってきたエナジードリンクが並んでいた。

 色が怪しい。味も怪しい。

 でも今日の計画のほうがもっと怪しい。


 ヒカリはイスに座り、端末を叩きながら言う。


「討論はイベントだよ。逃げたら協会の言葉だけが残る。

 だから公開の場で勝つ。透明性で押し返す」


「押し返すでも怖いわ」


「怖いのは分かる。でもさ、光を当てないと、ずっと暗いまんまだよ」


 ある。光って痛い。

 光量が強すぎると、だいたい事故る。


 ミナトは顔を上げて、天井を見た。


「討論って、一番燃えるやつじゃん。

 コメント欄が戦場になるやつじゃん」


「うん」


「うん、じゃない。止めろ」


「止めない。やる。合意って“場”がないと生まれないもん」


 ヒカリの目は、配信者の目だった。

 現実しか見ない目。逃げ道を探さない目。


 ミナトは息を吐く。


「……場所、どこでやる気?」


「象徴の場。最深部の手前」


 その言葉で空気が少し沈んだ。

 最深部。

 ノクスにとっては玉座に近い場所。

 つまり“物語の中心”に、一番近いところ。


 ノクスが低く言った。


「やめろ」


 短い拒否。

 でも怒鳴らない。

 怒鳴れるほど余裕がない声だ。


 ミナトはノクスを見た。


「嫌だよな。分かる」


 ノクスは視線を落とす。


「……我の場所だ。

 人に踏み込ませるべきではない」


 その言い方が、領域を守っている感じじゃなかった。

 自分を守るんじゃない。

 “相手を守るために”線を引いている感じだった。


 ミナトの胸が少し詰まる。


 でも、ここで折れたら終わる。

 救う道は、いつも面倒くさい。

 面倒くさい方を選んだのは、自分だ。


「でも、やる必要がある」


 ミナトが言うと、ノクスは眉をほんの少し動かした。

 嫌そうだ。

 でも理解している目だった。


「……分かっている」


 それだけ言って、ノクスは黙った。


 ヒカリが頷く。


「よし。じゃ、協会に正式に“公開討論”をぶつける」


「ぶつけるって言い方もやめて……」


「優しく押し込む、って言えばいい?」


「それも怖い!」


 笑いが出た。

 出てしまった。

 こういう時、笑わないと潰れる。


 その日の午後。

 ミナトたちは協会の担当者と対面した。


 相手は丁寧な笑顔。

 丁寧な声。

 丁寧な圧。


 “安全のため”という言葉が、部屋にふわふわ漂っている。

 ふわふわなのに重い。最悪。


「討論会ですか。

 それは、非常に危険です」


 担当者は微笑みながら言う。

 笑顔のまま否定する。


「危険だからこそ、公開でやります」


 ヒカリが即答した。


「公開は誤解を生みます。

 映像の検閲が必要です」


 来た。検閲。

 ミナトの胃がきゅっと縮む。


 担当者が机に資料を置いた。

 分厚い。

 見ただけで肩がこる。


 表紙に書いてある。


【討論実施規約(暫定)】


 暫定って言いながら、字面がやたら固い。


 ページをめくると、ルールがびっしり並んでいる。


「質問は事前提出」

「発言は一分以内」

「映像は協会が編集したもののみ公開」

「生配信禁止」

「討論中のコメント欄は閉鎖」

「不適切発言があれば即時中止」


 これ、ルール厨ゴーレムだ。

 文字になって殴ってくるタイプのやつ。


 ミナトは笑いそうになって、飲み込んだ。

 笑ってる場合じゃない。


「これ、討論というより……」


「はい。安全な説明会です」


 担当者は笑う。

 言葉だけ丁寧で、芯が硬い。


 ミナトは喉を鳴らした。


(勝てない。これじゃ勝てない。そもそも戦えない)


 ヒカリが机に手を置く。


「それだと、透明性がありません。

 都合のいい場面だけになります」


「都合のいい場面、とは?」


 担当者は首を傾げる。

 知らないふりが上手い。上手すぎる。


 ミナトは言葉を選び、なるべく静かに言った。


「切り抜きが増えます。

 編集された映像は、疑われます」


 担当者は微笑んだまま返す。


「疑う方がいるなら、正しい理解を促す必要がありますね」


 胃が痛い。

 この人、言い方が上手い。

 上手いけど、刺さる。


 ヒカリが息を吸って、短く言った。


「じゃあ、検閲できない形にします」


 担当者の眉がほんの少し動いた。


「……どういう意味ですか」


「視聴者の同時ミラー。

 複数の端末から同時に配信する。

 協会が一個止めても、全部は止まらない」


 担当者の笑顔が固まった。

 ほんの一瞬。でも確かに固まった。


 ミナトは内心で泣きそうになった。

 ヒカリ、強い。

 ただし強すぎて燃えるやつ。


 担当者は笑顔を戻して言う。


「それは規約違反です」


 ヒカリも笑顔で返す。


「規約を守ったうえでやります。

 視聴者が自分の画面を映すのは、禁止できませんよね」


 空気が止まった。


 担当者が、別の紙を出した。


【追加条項:緊急停止権限】


 文字が黒い。黒すぎる。


 ミナトの背中が冷えた。

 嫌な予感が首筋を撫でる。


 ヒカリが紙を見て、目を細める。


「それ、出してくるんだ」


 担当者は丁寧に言う。


「安全のためです。

 危険が確認された場合、即時中止いたします」


 安全。

 またその言葉。

 便利すぎて武器になる言葉。


 ミナトは深呼吸して、淡々と言う。


「危険が確認されたら中止でいい。

 でも、危険の判断は公開でしてください」


 担当者が一瞬だけ黙る。

 その沈黙が答えだ。


 ヒカリが畳みかけた。


「最深部手前で。

 討伐隊のリーダーも同席。

 監視員の公的記録も同時に。

 生で、全部見せる」


 担当者は微笑みを保ったまま、口元だけ固くした。


「……検討します」


 検討。

 だいたい“嫌です”の丁寧語。


 でも今回は、引かない。

 引いたら協会の流れになる。


 ミナトは端末の通知を見た。

 視聴者の温度。

 世論の流れ。


 もう波が来てる。


(よし……やるしかない)


 そして当日。


 場所は最深部の手前。

 巨大な扉が見える場所。

 空気が重い。

 光が少ない。

 音が少ない。


 なのに、コメント欄の音だけはうるさい。


 配信を開始した瞬間、同接が跳ねた。

 数字が上がるたびに胃が縮む。

 増えるのは嬉しい。怖い。嬉しい。怖い。交互に来る。


「はいどうも、ミナトです。

 今日は公開討論会です。最深部の手前で。コメント付き。胃が痛いです」


『胃痛枠始まったw』

『討論会やば』

『協会来た?』

『ノクスいる?』

『スター隊リーダーも?』

『燃えるぞこれ』


「燃やさないで。頼むから」


 ミナトはそう言いながら周囲を映す。

 協会側の代表。

 スター討伐隊のリーダー。

 監視員サエキ。

 そしてノクス。


 ノクスは、いつもより静かだった。

 静かすぎて、逆に怖い。

 嫌な場所に立っている顔だ。


 ヒカリが小声で言う。


「情報戦、来るよ。視界を奪うやつ」


「来ないでほしい……」


 来た。


 コメント欄に、同じ文が流れ始めた。


『協会が正しい』

『危険を煽るな』

『討伐が最適解』

『配信者は扇動者』

『安全のため閉鎖』


 画面の端に、謎のリンク。

 謎のまとめ。

 謎の切り抜き。


 情報が流れて、視界が持っていかれる。

 バナー広告回廊だ。

 目が勝手に誘導される。ほんと嫌い。


 ミナトは舌打ちしそうになって、飲み込んだ。


(今、俺が顔に出したら負ける)


 ヒカリが即固定コメントを更新する。


【リンク踏まないで】

【フル尺で見て】

【同じ文の連投は無視】


 ヒカリの手が速い。

 速さが命綱になる。


 協会代表が、整った声で言った。


「本日は安全確保のため、討論を実施します。

 皆さまの理解を得ることが目的です」


 理解。

 得る。

 これも便利な言葉。


 ミナトは進行役として短く言う。


「ルール確認します。

 発言は短く。相手の言葉を遮らない。

 切り抜き前提の言い方、しない」


『無理w』

『切り抜き前提草』

『でも大事』


 ルール厨ゴーレムは、ここにもいる。


 協会代表が規約を読み上げ始める。

 語尾が綺麗。

 内容が重い。


 ミナトは耐える。

 途中で口を挟んだら不利になる。

 社会版の規約扉だ。耐久企画。


 読み上げが終わって、ようやく討論が始まる。


 協会代表が言った。


「危険存在、ノクス氏の存在は、社会不安を増大させています」


 “危険存在”。

 呼び方だけで、物語が決められる。


 ノクスは動かない。

 目だけが少し冷たい。


 ミナトの胸の奥が熱くなる。

 ここで感情で殴ったら、燃える。


 スター討伐隊のリーダーが落ち着いた声で言う。


「危険かどうかは検証が必要です。

 倒すことが最適解かどうかも、同じです」


 その一言で、コメント欄の温度が変わった。


『スター隊リーダーが検証派!?』

『救うルートある?』

『協会焦ってる?』

『倒すだけじゃないのか』


 正統派が言うと、重い。

 重さが空気を変える。


 協会代表は微笑んだまま、言葉を整える。


「検証には時間がかかります。

 その間に事故が起きれば、責任は誰が負うのですか」


 責任。

 これも便利な言葉。

 便利だから刺さる。


 ミナトは息を吸った。

 ここは、ノクスの言葉が必要だ。


 ノクスが低い声で言う。


「安全とは、誰のための言葉か」


 たったそれだけ。


 でも刺さった。


 協会代表の微笑みが、一瞬止まる。

 ほんの一瞬。

 その一瞬が、視聴者には見える。


『刺さった……』

『安全って誰のため?』

『協会黙った?』

『ノクス正論』


 ミナトの胸が熱くなる。

 でも盛り上げすぎない。

 盛り上がりは、危険を増やす。


 協会代表は言い直すように言う。


「社会全体のためです。

 あなたがたの配信は、危険を拡散します」


 その瞬間、コメント欄が荒れた。


『危険拡散は協会だろ』

『配信者叩き始まった』

『燃える燃える』

『扇動者は草』


 バナー広告回廊が、さらに濃くなる。

 同じ文。

 同じリンク。

 同じ煽り。


 情報が視界を奪う。

 空気が散る。


 ミナトは“コメントの温度”を読む。

 熱い。熱すぎる。

 ここで一歩でも間違えたら、炎上の種が育つ。


 だから短く言う。


「落ち着いて。

 今は倒すか救うかじゃなくて、

 どうやって安全を作るかの話をする」


『それな』

『安全の作り方』

『煽るな』


 少しだけ戻った。


 その瞬間、協会代表が紙を出した。

 さっき見たやつ。


【緊急停止権限】


 切り札。

 見せるだけで、場が縮む。


「危険が確認されれば、討論は即時終了します」


 丁寧な声で脅す。

 丁寧な脅しは、一番効く。


 ヒカリが小さく笑った。


「ほらね。止めるカード切ってきた」


 ミナトは笑えない。

 胃が冷たい。


 その時――床が揺れた。


 ほんの一瞬。

 でも確かに揺れた。


 空気が変わる。

 冷たい風が壁の隙間から吹く。


 ノクスの顔色が、わずかに変わった。


「……外から触られた」


 低い声。

 でも今までで一番、嫌な声だった。


 コメント欄がざわつく。


『揺れた?』

『今の何』

『コア!?』

『やばくない?』


 協会代表が焦りを隠しきれない声で言った。


「安全のため、直ちに――」


 言い切る前に、もう一度揺れた。


 今度は深い。

 床が沈むような揺れ。


 ミナトの心臓が跳ねる。

 喉が渇く。

 でも声は出す。


「今止めたら疑われる。

 止めるなら、理由を公開で言ってください」


 自分でも震える。

 言ってしまった震えだ。


 リーダーが短く言う。


「協会。状況説明を」


 正統派の圧が、協会を縛る。


 協会代表は言葉に詰まった。

 詰まった瞬間、空気が決まる。


 ノクスが扉のほうを見た。


「……来る」


 その一言で、ミナトの胃が落ちた。


 討論会は終わりじゃない。

 むしろ始まりだ。


 物語が、討伐へ押し戻そうとしている。

 外から触られている。


 ミナトは端末を握り直し、画面に向かって短く言った。


「みんな。落ち着いて。

 今から、“議論”じゃなくて“現場”になる」


 コメント欄が、一瞬だけ静かになった。

 静かになった瞬間が、いちばん怖い。


 扉の奥で、何かが動く音がした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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