第27話「救う派 vs 倒す派」
現場って、だいたい空気で決まる。
言葉より先に、目の動きが決まる。
表情より先に、立ち位置が決まる。
その場にいる全員が、「今日はどっちの流れか」を、無意識に選ぶ。
そして今、協会の“スター討伐隊”の空気は、はっきり割れていた。
ミナトはゲート前の仮設テントで、紙コップの水を飲みながらそれを感じていた。
水はただの水のはずなのに、喉を通るのにやたら時間がかかる。
目の前では、討伐隊の隊員たちが小声で話している。
小声なのに、音が硬い。
硬い音はだいたい、“正しいこと”を運んでくる。
「討伐が最適だ。時間をかければ被害が出る」
「だが、昨日の動きを見たろ。守るために動いていた」
「守る? 危険存在が?」
その言葉に、空気が一段冷えた。
表向き、彼らは一枚岩だ。
カメラが回れば全員同じ方向を見る。
同じ表情を作る。
同じ言葉を選ぶ。
でも現場は、嘘をつけない。
一度割れた温度は、戻らない。
ミナトは端末を握り直す。
赤い●はまだ点いていない。今日は、始めるタイミングを選んでいた。
(俺が今配信つけたら、この分断まで“見せ場”になっちゃう)
見せ場は強い。
強すぎて、すぐ燃える。
背後でヒカリが小さく囁いた。
「ねえ今、空気割れてる。切り抜き的には最高においしいけど……」
「おいしいって言うな。俺の胃が死ぬ」
「だよね。今日は胃じゃなくて心臓で耐える日」
どっちも無理だってば。
ミナトが苦笑いしかけた時、テントの入口がすっと開いた。
スター討伐隊のリーダーが入ってくる。
背筋が伸びている。
足音が静かで、無駄がない。
視線だけで周囲の状況を整理していく感じがする。
その人がミナトに目を向けた。
「少し話せるか」
短い言葉。
でも“今しかない”の匂いがした。
「……はい」
ミナトが立ち上がると、ノクスも動いた。
影が動く。空気が変わる。
それだけで、隊員の数人が反射で構える。
リーダーが手を上げた。
「今は敵対しない。落ち着け」
その一言が、ちゃんと命令として効く。
これが“強い人の声”だ。
ミナトは小さく息を吐く。
(強い人が落ち着けって言うと、ほんとに落ち着くんだな……)
変なところで感心してしまって、すぐに自分を叱った。
リーダーはテントの外へミナトを促した。
少し離れた場所。人の耳が届きにくい距離。
そこでリーダーは、確認するように言った。
「内部が割れているのは分かるだろ」
ミナトは頷く。
「はい。分かります。……怖いくらい」
「表向きは一枚岩を装う。だが現場は違う」
リーダーの目が細くなる。
怒りじゃない。悔しさでもない。
もっと苦い感情だ。
「倒すべきだ、という意見が強い。
救えるなら救うべきだ、という意見もある。
俺は……後者を捨てきれない」
ミナトは唾を飲んだ。
“スター”がそれを言うだけで、世界が揺れる。
でも揺れるのは、悪いことじゃない。
むしろ、揺れないほうが怖い。
「俺は倒すために来た。任務だ」
リーダーは一度言い切ってから、少し間を置いた。
「だが、任務が間違っている可能性があるなら、確認したい。
君たちは、何を知ってる」
ミナトの胸が跳ねる。
言えば燃える。
黙れば、協会の言葉だけが残る。
ミナトは迷うふりをやめた。
「……配信、つけます」
「今?」
「はい。ここ、公開の場じゃないと意味がないです」
リーダーは少しだけ眉を上げ、すぐに頷いた。
「分かった。俺は言葉を選ぶ」
「俺も選びます。胃が死ぬんで」
リーダーの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
この人もきっと、胃が痛い側だ。
ミナトは端末を掲げ、配信を開始した。
赤い●。
同接が跳ねる。
コメントが洪水になる。
『きたあああ』
『討伐どうなる!?』
『内部割れてるってマジ?』
『救う派きた!』
『倒す派が正義!』
『ミナト何知ってんの?』
視聴者は速い。速すぎる。
速い正義はだいたい刃になる。
ヒカリが画面外で素早く打ち込む気配がした。
固定コメントが更新される。
【お願い:煽り・対立はやめてください】
【切り抜きよりフル尺で見てください】
【危険が増えます】
優等生の文章。
でも今は、それが一番強い。
ミナトは喉を鳴らし、なるべくいつもの温度で言った。
「えーと……今日はちょっとだけ真面目回です。
討伐隊の人と話してます。はい。スターの人。本物」
『本物w』
『緊張してるの草』
『胃痛枠助かる』
笑いが混ざると、少しだけ刺さりが減る。
ミナトはその効果に救われながら続けた。
「今、現場の空気が割れてます。
倒すべきか、救えるなら救うべきか」
その瞬間、コメント欄の速度がさらに上がった。
上がりすぎるのは、だいたい危険信号だ。
『倒せ!』
『救え!』
『倒すのが正義!』
『救うのが正義!』
『どっちだよ!』
ミナトの胃が嫌な音を立てた気がする。
これ、もう“投票”が始まりかけてる。
(やばい。視聴者投票になったら、世界が割れる)
割れ目を広げるやつが、必ず出る。
ミナトは一歩前に出た。
視線が集まる。
喉が渇く。
指先が冷える。
それでも言う。
「今日は、視聴者に選ばせません」
コメントが一瞬止まる。
止まった空気が、次に爆発する予感がした。
ミナトは息を吸って、言い切った。
「今日の選択は、俺がします」
胸が震える。
言ってしまった震えだ。
配信者が一番怖いのは、数字が落ちることじゃない。
責任が増える瞬間だ。
『え、ミナトが決めるの?』
『重くない?』
『逃げるな!』
『責任持てよ!』
来た。
正しい顔をした石が飛んでくる。
ミナトは心の中で何度も深呼吸する。
落ち着け。落ち着け。
声は武器にも毒にもなる。
その時だった。
足元の石が、かすかに光った。
床に、文字が刻まれている。
A。
B。
道が二股に分かれていた。
左右に伸びる通路。
片方は広く、まっすぐ。
もう片方は狭く、曲がりくねっている。
そして、意地悪なくらい分かりやすい雰囲気。
“倒すルート”
“救うルート”
そう言ってるみたいに見える。
ミナトは喉の奥で笑いそうになった。
(ダンジョン、今それやる? 演出うますぎない?)
でも笑ってる場合じゃない。
コメント欄がさらに燃える。
『選択肢床きた!』
『投票しろw』
『倒すA!』
『救うB!』
『いや逆だろ!』
『迷うな!』
ミナトは即座に言った。
「投票、やめ!」
声が強く出た。
強く出したのに、喉が痛い。
「今日は視聴者参加じゃない。
誰かの正義で誰かを踏みつけないために、俺が選ぶ」
言い切った瞬間、胸に小さな棘が刺さる。
この言い方、危ない。切り抜かれたら燃える。
その棘は、すぐ現実になった。
遠くで、吠え声が響いた。
低く、嫌な声。
「倒す……倒す……倒すべき……」
切り抜きウルフ。
言葉の断片だけを拾って吠える狼。
文脈を食いちぎって、対立を増やす獣。
別方向からも吠え声が重なる。
「救う……救う……救うべき……」
最悪だ。
どっちも正義の顔をしてるのが最悪だ。
ウルフたちは通路の影から現れた。
口元が歪に笑っている。
同じ言葉を繰り返しながら群れて近づく。
コメント欄も引っ張られていく。
『倒せ派うるさい』
『救う派甘い』
『ミナトはどっちだ』
『ノクスは敵だろ』
『協会が正しい』
ミナトの頭が熱くなる。
このままじゃ現場もコメント欄も割れる。
割れたら、戻らない。
ヒカリの声が飛ぶ。
「フル尺誘導! 固定更新!
切り抜きに反応しないで!」
指が画面外で動く気配。固定コメントが更新される。
【この配信は後でアーカイブします】
【煽りコメントは拾いません】
【対立を増やす発言は危険になります】
ヒカリの言葉が、現場の空気を少しだけ冷ます。
ありがとう。ほんとにありがとう。
でもまだ足りない。
ノクスが、二つの道を見た。
AとBを見た。
そして静かに言った。
「我は倒される存在だ。そういう物語だ」
低く落ち着いた声。
落ち着いているからこそ、痛い。
諦めの言葉は、刃より刺さる。
ミナトの胸に、嫌な釘が刺さった。
さっきの棘とは違う。
これは、自分の中に刺さる釘だ。
「……ノクス」
ミナトが呼ぶと、ノクスは目を伏せたまま続ける。
「救う、という道は美しい。
だが世界は、美しさだけで動かない」
優しいのに冷たい。
優しい諦めは、一番救いがない。
ミナトは喉を鳴らした。
(ここで言わないと、一生言えない)
怖い。
でも言う。
ミナトは端末を握り、震える声を押し込めて出した。
「じゃあ、倒される以外を……俺が証明する」
言ってしまった。
自分の声なのに、他人の声みたいに聞こえた。
心臓が一拍遅れて跳ねる。
胃が縮む。指先が痺れる。
(言ってしまった……)
コメント欄が爆発する。
『証明!?』
『何言ってんだw』
『覚悟決まってる』
『でもどうやって?』
『世界に証明?無理じゃね?』
「無理」が、現実っぽすぎて痛い。
スター討伐隊のリーダーが一歩前に出た。
目が変わっている。
仕事の目のまま、真剣さが増した目。
「証明って、どうやる」
ミナトは、笑って誤魔化しそうになるのを必死で抑える。
ここで軽くしたら、嘘になる。
でも重く言い切ると、燃える。
だから、軽口で包む。中身は重いまま。
「世界に認めさせます」
言った瞬間、ミナトは思った。
(俺、今なに言ってんだ)
でも引けない。
「倒すだけが解決じゃないって、
見せて、残して、逃げないで、認めさせる」
胃が痛い。
でも胸の奥が少しだけ熱い。
監視員のサエキが測定器を握り直し、静かに言った。
「言葉だけでは足りません。
公的記録として残せるデータがあります」
それが支えになる。
“言っただけ”じゃない。
“残せる”という土台。
ミナトは頷く。
「はい。証拠も残します」
切り抜きウルフが吠える。吠え声が増える。
「倒す!倒す!」
「救う!救う!」
床が微かに震えた。
選択肢床が喜んでいるみたいで、最悪だった。
ミナトはAの方向を見る。
広い。まっすぐ。分かりやすい。
ミナトはBの方向を見る。
狭い。曲がる。面倒くさい。
でも――。
ミナトは、Bを選んだ。
一歩踏み出す。
石がカチリと音を立てる。
切り抜きウルフが一瞬止まり、
次の瞬間、吠え声がさらに大きくなった。
『救う派うざい』
『倒せばいいのに』
『甘い』
『炎上確定』
ミナトの喉が乾く。
でも止まらない。
リーダーがミナトの横に並び、短く言った。
「付いていく」
ミナトは息を吐いた。
味方が増えるのは怖い。
でも心強い。
その時、スマホが震えた。
ニュース通知。
【協会発表:ミナト配信は危険扇動の恐れ】
【安全確保のため監視強化へ】
ミナトの胃が、また最悪な形で縮んだ。
(来た。分断を利用してきた)
協会は分断が好きだ。
割れた世論は操りやすい。
ヒカリが舌打ちする。
「ほらね。分断は、誰かの都合で増える」
ノクスが静かに言った。
「物語が、我らを倒しに来る」
ミナトは端末を握り直した。
赤い●の向こうに世界がいる。
味方も敵も、全部いる。
ミナトは小さく笑った。
怖いから笑う。
でも逃げの笑いじゃない。
「……じゃあ、倒される物語ごと、更新しよう」
コメント欄の速度が一瞬だけ落ちた。
落ちた空気が、次の波を作る。
ミナトはその波の前で、短く宣言した。
「俺は証明する。
倒す以外の終わり方があるって」
足元のBルートは暗いまま続いている。
暗い。狭い。怖い。
でも――戻らない。
ミナトは一歩、踏み出した。
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