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第26話「スター討伐隊、来る(めっちゃ強い)」

 朝の通知って、どうして人の胃を狙ってくるんだろう。


 ミナトは布団の中でスマホを掲げたまま固まっていた。

 画面がまぶしい。目が痛い。でも見ないともっと怖い。


 協会の公式アカウント。


【重大発表】

【安全確保のため、公式討伐を実施します】

【特別編成“スター討伐隊”出動】


「……うわ」


 声が漏れた。ちゃんと声が出た。

 胃のほうは出なかった。偉い。


 スクロールすると、宣伝画像が次々に出てくる。

 光。肩書き。実績。スポンサー名。

 やたら丁寧な笑顔。やたら整った装備。


 世界ってこういうの好きだよな。

 強くて、分かりやすくて、勝ってくれそうなやつ。


 ミナトは毛布の中で、もぞもぞ丸くなる。


(こっちは胃痛と汗で回してるだけなのに)


 “安全のため”。

 便利すぎる言葉だ。

 反論しようとすると、こっちが悪い顔になる。


 部屋の端に立っていたノクスが、画面を見て短く言った。


「討伐を始めるのか」


「始めるらしい。めっちゃ派手に」


 ミナトがスマホを振る。

 振ったら現実が消えるなら、どれだけいい。


 キッチンのほうからヒカリが顔を出した。

 片手にはカップ麺。朝から強い。


「来たね。スター討伐隊」


「来たね、じゃないよ。怖いよ」


「怖いけど、見に行くしかないでしょ。

 世論って、実況席に座った人が勝つから」


 実況席。

 配信者の言葉は、こういう時だけ刺さる。


 ミナトは洗面所に向かい、顔を洗った。

 鏡の中の自分は相変わらず普通だ。


 普通すぎて頼りない。


(スターが来たら、みんなそっち見るよな)


 強いほうが安心。

 派手なほうが楽しい。

 勝ちそうなほうが、正しい感じがする。


 その“正しい感じ”が、一番怖い。


 昼。

 ミナトは配信端末を手に、ゲート前へ立っていた。


 今日は配信する。

 黙ったら、協会の言葉だけが世界に残る。


 でも煽らない。盛らない。危険を増やさない。

 分かってる。分かってるけど、これが一番難しい。


 赤い●が点く。

 コメント欄が走り始める。


『きた!』

『スター討伐隊見るぞ』

『今日決着?』

『ラスボス倒されるん?』

『安全にやれよ』


 最後の一行が、心臓に刺さった。


(それ、俺が一番思ってる……)


 ミナトは息を吸って、なるべく軽く言う。


「はい、どうも。ミナトです。

 今日は協会が“公式討伐”をやるらしいので、現場の様子を見ます。冷静に。はい、冷静に」


『冷静芸w』

『胃痛枠助かる』

『ノクスいる?』

『ヒカリは?』


「いる。全員いる。……だから落ち着こう。たぶん」


 たぶん、と言った瞬間、自分でダメだと思った。

 でも嘘はつけない。


 ゲート周辺は、いつもより明るかった。


 協会の車列。照明機材。報道カメラ。

 人の数が多い。声が多い。

 世界が“イベント”に寄っていく音がする。


 その中心に、スター討伐隊がいた。


 もう絵が強い。


 揃った衣装。

 揃った姿勢。

 反射まで計算された装備の光。

 笑顔の角度すら慣れている。


 ミナトは自分の服を見下ろした。

 普通のジャケット、普通の靴、普通のバッグ。


(俺、一般人すぎる)


 コメント欄が一気に沸く。


『うおお本物だ!』

『スター隊かっけえ!!』

『画面が明るいw』

『格が違う』

『ミナト負けるなw』


 格が違う。うん、分かる。

 分かるけど、胸の奥がちくっとする。


(嫉妬してる場合じゃない。現場だ。命だ)


 そのスター討伐隊の中から、リーダーらしき人物が前に出た。

 背が高い。動きが無駄なく綺麗。

 目は笑っているのに、判断が早そうな目。


 その人がミナトに軽く頭を下げる。


「配信者の方ですね。

 現場の混乱を避けるため、こちらの動きを妨げないでください」


 丁寧。

 でも壁。

 “話は通すけど近づくな”の丁寧。


 ミナトは反射で頭を下げた。


「はい。分かりました。邪魔しません。

 ……でも危険が見えたら言います」


 言った瞬間、胃がひゅっと縮む。

 余計なこと言った?という怖さ。


 リーダーは少しだけ眉を上げた。


「助言は歓迎します。

 ただし最終判断は我々が行う」


 強い。

 強いけど嫌じゃない。

 仕事の人の言い方だった。


 ノクスが一歩前に出かけたのを、ミナトは手の甲で軽く止めた。

 ノクスは止まった。ちゃんと止まった。


 その瞬間、コメント欄が燃える。


『スター隊vsノクス!?』

『勝負だ!』

『討伐開始!』

『やれえええ!』

『うおおお』


(そうじゃない!勝負の空気にするな!)


 でも勝負の空気は、いちばん盛り上がる。

 盛り上がるほど、物語が固まる。


 ミナトは声の温度を落とさずに言った。


「今日は戦いを見に来た人もいると思うけど、

 現場は安全優先でお願いします。マジで」


『急に真面目w』

『でも大事』

『事故だけはやめて』

『はい!』


 事故だけはやめて。

 その一行が、今日の全部だ。


 スター討伐隊がゲートをくぐる。

 同時に、協会の照明がもう一段明るくなった。


 まぶしい。画面が白く飛びそうなくらい。


『映画みたい』

『サムネ強すぎ』

『光属性w』

『眩しっ』


 光が増えた瞬間、空気がざらついた。


 ミナトの肌が、ぞわっとする。

 背中の汗が冷える。


(これ、嫌なやつだ)


 壁に光が跳ねる。

 床に白い点が走る。

 眩しさが、危険の形に変わっていく。


 カチ、カチ、という硬い音が近づいた。


 小さな甲虫が、光の輪の外から集まってきている。

 金属みたいに硬い殻。背中に細い筋。


 反射レーザー甲虫。


 “映える光”が大好きなやつ。

 光が強いほど、集まるやつ。


 ミナトは息を吸い、短く言った。


「ライト、落としてください。今すぐ」


 協会スタッフが一瞬きょとんとした。


「え?」


「光が強いと虫が集まる。反射事故が起きる」


 声は落ち着いている。

 でも心臓は速い。


 照明担当が慌てて出力を下げる。

 それでも、まだ明るい。


 甲虫が増える。

 増えた殻が光を受けてキラキラする。

 キラキラが怖い。


『虫きた!』

『危ないやつ!』

『ミナト詳しい』

『スター隊、派手すぎた?』


 ミナトは声のテンションを落とさず、分かりやすく言う。

 怖がらせすぎるとパニックになる。

 盛り上げすぎると危険が増える。


「今の虫、光を跳ね返します。

 反射すると目と喉がやられます。距離取って、顔を背けて」


『了解!』

『画面見てる人も気をつけろw』

『指示うまい』

『胃痛の成長』


 胃痛の成長って何だよ。

 ミナトは笑いそうになりながら、目は甲虫から離さない。


 スター討伐隊が動いた。


 速い。綺麗。強い。

 しかも“見せる戦い”なのに、手が速い。


 剣が一閃。

 槍が二閃。

 盾が三閃。


 無駄がない。

 観客の視線が集まる角度を、全部分かっている。


 ミナトの胸が、悔しさで小さく熱くなる。


(くっそ、上手い。全部上手い)


 視聴者が“強い人を見る目”になるのが分かる。

 数字が吸われていく気がして、焦る。


(嫉妬してる場合じゃない。命)


 その時、甲虫の一匹が高く跳ねた。

 背中の筋が光を集め、細い線が伸びる。


 反射レーザー。


 ミナトの背筋が凍る。


「来る!」


 スター討伐隊は即座に散った。

 リーダーが手を上げ、短い指示を飛ばす。


「遮光!前へ!視線を切れ!」


 短い。的確。強い。


 盾役が前に出て光を受け止める。

 受け止めた光が壁へ跳ねそうになる。


 その瞬間――ノクスが動いた。


 派手じゃない。

 叫ばない。

 ただ一歩、影の濃い場所へ移動する。


 影が、ふっと厚くなる。


 壁に跳ねるはずの反射が、影に吸われて弱くなる。

 事故が“起きない形”に押し込められる。


 映像的には地味だ。

 でも命が守られた。


(これが損な役だ)


 倒す人は拍手される。

 止める人は気づかれにくい。


 でも止めないと、全部終わる。


 コメント欄が遅れて気づく。


『今の止まった?』

『反射消えた?』

『ノクス何した!?』

『地味だけど助かってる?』

『守りムーブ』


 ミナトは事実だけを言った。

 褒めすぎない。貶さない。煽らない。


「今のは……事故が起きないように止めた」


 スター討伐隊のリーダーがノクスを見る。

 鋭い。けど敵意じゃない。


 仕事の目だ。


 照明が下がったことで甲虫は少し散り、

 スター討伐隊は手早く周囲を整えた。救護班が動く。

 事故は最小限。致命傷はない。


 空気が一段落したところで、リーダーがミナトに近づいてきた。


 圧が強い。

 でも礼儀は崩さない。


「あなたの指示で助かった人がいる。

 ありがとうございます」


 ミナトは思わず目を丸くした。


「え、いや、こっちこそ……」


 照れと胃痛が混ざって、変な顔になる。


 リーダーは視線をノクスへ移し、静かに続けた。


「彼の動きは、討伐対象のそれではない。

 ……あなたは、どう見ていますか」


 質問の形をした確認。

 ここで言い方を間違えると、全部崩れる。


 ミナトは息を吸って、短く答えた。


「強いです。怖いです。

 でも……壊すより、止める側です」


 リーダーは小さく頷く。


「討伐が最適だと、私は信じています」


 硬い言葉。

 でも目は硬すぎない。


「ただ、最適は状況で変わる」


 仕事の人の言葉だった。

 盲信じゃない。確認する人だ。


 ミナトの胸が少し軽くなる。

 でも同時に怖い。


(この人たちが倒したら、世間は拍手する)


 それが“正しい”に見えるのが、一番怖い。


 ミナトの背後で、ヒカリがぽそっと言った。


「スターは敵じゃない。敵は“シナリオ”」


 ミナトは小さく頷く。


(そうだ。敵はこの空気だ)


 “倒す物語”が便利すぎる。

 便利だから、みんなそこに乗る。


 リーダーが声を落とした。

 周囲に聞こえない距離。


 その距離は、味方にも敵にもなる。


「君たち、何か隠してるだろ」


 ミナトの胃が、きゅっと縮む。


(やっぱりバレてる)


 笑って誤魔化す準備をした。

 でも次の言葉が違った。


「……救うルートがあるなら、聞きたい」


 ミナトの笑いが止まった。


 コメント欄は流れている。

 でも今は読めない。読む余裕がない。


「……聞きたい、って」


「討伐は早い。分かりやすい。

 だが分かりやすい答えが、いつも正しいとは限らない」


 目がまっすぐだった。

 ヒーローっぽい。

 でも飾りじゃない。


 仕事の目だ。


 ノクスが、ほんの少しだけ目を細める。

 その表情が、ほんの少しだけ“人”に見えた。


 ミナトの胸の奥で、何かが動いた。


 倒す以外の道が、少しだけ現実になる。


 ミナトは頷いて言った。


「あります。たぶん。

 でも、それを言うのも、やるのも……めちゃくちゃ怖いです」


 リーダーは、口元だけで笑った。


「怖いなら、たぶん正しい方向だ」


 心臓が跳ねた。

 胃は痛い。

 でも足は止まらない。


 リーダーは最後に、もう一度だけ声を落として言う。


「次、話そう。

 俺は倒すために来た。……でも、救えるなら救いたい」


 ミナトは頷いた。


 配信端末の赤い●が、まだ点いている。

 コメント欄は盛り上がっている。

 世界は勝手に物語を作ろうとしている。


 でもミナトは、今日だけは少し違う確信を持った。


 スターは敵じゃない。

 敵は、勝手に決められた脚本だ。


 ミナトは小さく息を吐いて、画面に向かって言った。


「……みんな。派手なシーンばっかじゃないけど、

 大事なところ、今から始まる」


 コメント欄が一瞬だけ止まり、

 次の瞬間、さらに速く流れ始めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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