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第25話「更新条件は“勇者ムーブ”じゃない」

 配信を切った瞬間、部屋が少し広くなった気がした。


 音が減る。光が減る。

 誰かの視線が、いったん消える。


 その代わり、自分の呼吸がやたら大きく聞こえる。


 ミナトは端末を机に置き、手のひらを見た。

 まだ汗が引いていない。


(黙るって、こんなに怖いんだ)


 配信者としては、黙った瞬間がいちばん弱い。

 言葉がないと、誤解だけが走る。

 映像がないと、嘘だと言われる。


 それでもミナトは、黙るほうを選んだ。

 ノクスを守るために。


 サエキが腕章を指で軽く叩く。


「では、手続きとして行きます。

 私の記録で残す。あなたは同行者です」


 “手続きとして”という言い方が、妙に頼もしかった。

 怖いのに、背骨が一本増えたみたいに立てる。


 ノクスは無言だった。

 いつもの圧が薄い。

 代わりに少しだけ、人っぽい疲れが見える。


 ヒカリが小声で言う。


「やるなら今。あと、長文くるから覚悟ね」


「長文?」


「規約って、だいたい長いでしょ」


 ミナトは思わず笑った。

 笑うと胃の痛みが少し薄れる。

 胃痛をごまかすのも、配信者スキルだ。


「……ダンジョンまでコンプラ回すなよ」


 ノクスがぼそっと言う。


「“こんぷら”とは、呪いか」


「呪いだよ。現代人全員にかかってる」


 ヒカリが親指を立てた。


「はい名言。切り抜きたいけど今日は我慢」


「我慢して」


 今日は“我慢”が仕事の日だ。


 サエキが扉の鍵を開けた。

 その扉の向こうは、夜のダンジョンへ繋がっている。


 地上のゲートは静かだった。

 警備員の視線が刺さる。

 でもいつもより刺さりが弱い。


 配信をしていない。

 つまり“見られていない”からだ。


(見られてない方が怖いの、矛盾だろ)


 ミナトは自分にツッコミながら、ゲートをくぐった。


 薄い冷気。

 湿った石の匂い。

 ライトをつけると、足元だけが丸く明るい。


 いつもなら「こんちはー!」って言う場所だ。

 でも今日は言わない。


 声を出さないと、心臓の音が余計に聞こえる。

 心臓の音が聞こえると、怖さが増える。


 だからミナトは、なるべく平気な顔を作って歩いた。


 通路を進むにつれ、空気が変わっていく。

 いつもの“探索”じゃない。

 書類を持って役所に向かう感じに近い。


 現代の手続きと、古い場所の匂い。

 混ざると、不思議に気持ちが悪い。


「……ここ、違う」


 ノクスが足を止めた。

 ミナトも止まる。


 壁の紋様が、うっすら光っている。

 光り方がいつもと違う。


 派手じゃない。

 目立たない。

 でも確実に“見ている”光だ。


 サエキが測定器を覗き込む。


「コアに近い。信号が強い。

 ……でも、権限の残量が減っています」


 ノクスは目を細めた。


「……やはり、剥がされている」


 言葉が静かすぎて、逆に怖い。

 ミナトは喉を鳴らした。


(伸びてる間に、相棒が消える)


 その現実が、また胃を殴る。


 通路の奥に扉があった。

 大きいわけじゃない。

 装飾も少ない。


 でも、雰囲気が“仕事”だ。


 扉の中央に薄い文字が浮かんでいる。

 まるで画面の通知みたいに。


【Access Request】


 サエキが一歩前に出た。

 腕章を見せる。

 測定器の端末を壁にかざす。


「監視官サエキ。正式接触を申請します。

 同行者、配信者ミナト。

 対象、コアの状態確認および更新条件の照会」


 言い方が固い。

 固いけど、その固さが武器になる。


 ミナトは内心で思った。


(手続きって、盾なんだな)


 ノクスは何も言わない。

 言えないのか、言わないのか分からない。


 扉が低い音を立てた。


 カチリ。


 鍵が外れる音。

 その音だけで、胃がキュッと縮む。


 扉がゆっくり開く。


 中は――部屋だった。


 広い。

 白い。

 でも病院の白じゃない。

 画面の白に近い。


 床には細い線が走り、控えめに光っている。

 壁の紋様も、淡い明るさで脈打っていた。


 中心に、何かがある。


 球体。

 いや、結晶みたいなもの。

 近づくほど輪郭が揺れる。

 目が追いつかない。


 ミナトは息を吸った。


 ここがコア。

 世界の“物語”を決めている場所。


 コアの前に立った瞬間、視界の端に文字が流れ始めた。


 長い。

 とにかく長い。


 そして音声までついた。


「――更新条件を提示します」


 声は機械っぽいのに、妙に丁寧だった。

 丁寧な声ほど怖い。

 丁寧は、拒否を許さない時に使われる。


 文字が空中にずらっと並ぶ。


【Condition 01 : Safety Assurance】

【Condition 02 : Administrator Approval】

【Condition 03 : Social Agreement】

【Condition 04 : Subjugation or Equivalent Stabilization】

【Condition 05 : Seal Maintenance】

【Condition 06 : Archive Integrity】

【Condition 07 : Risk Disclosure】

【Condition 08 : Profit Handling】

【Condition 09 : Monitoring Enhancement】

【Condition 10 : …】


 まだ続く。

 続く。

 続く。


 ミナトの目が乾く。

 肩がこる。

 胃が痛い。


(うわ、規約だ……)


 罠C――規約読み上げ扉(コア版)。


 ここにきて長文。

 このタイミングで長文。


 ミナトは耐えきれず、口を開いた。


「ラスボス倒せ、って一行で済む話じゃないのかよ!」


 言った瞬間、ノクスがこちらを見た。

 サエキが眉を動かす。

 ヒカリが口元を押さえて笑いそうになっている。


 ミナトは自分で言って、自分にツッコミたくなった。


(今、ツッコミ入れる余裕ある場合じゃない)


 でも軽口を言わないと、胃が壊れる。


 コアの声は変わらない。


「討伐による安定化は可能です」


 淡々。


「ただし、再暴走・再生成の可能性が高い」


 淡々。


「繰り返しの物語となる」


 淡々。


 なのに、その言葉が怖かった。


 討伐。

 倒す。

 終わり。


 そう見えるけど、終わらない。


 倒せばまた生まれる。

 またラスボスが生まれる。

 また討伐が必要になる。


 便利すぎる物語。


 ミナトの背筋が冷えた。


「……それ、最悪じゃん」


 ヒカリが頷く。


「うん。イベントとしては盛り上がる。

 でも世界としては、ずっと同じ地獄」


 サエキが測定器を見て、短く言った。


「討伐は、解決ではなく運用です」


 運用。

 その言葉が妙に刺さった。


 現場の人間の言葉だ。

 “倒せば終わり”が幻想だって、知ってる人の言い方。


 コアの文字が、次の項目を強調する。


【UPDATE : Role Rewrite】


 更新。

 役割の書き換え。


 ミナトは思わず目を細めた。


「……更新って、つまり何」


 コアが答える。


役割ロールを変更し、目的を現代に適合させる」


 現代に適合。


 ミナトは口の中でその言葉を転がした。

 気持ち悪い。

 でも必要だ。


 コアの文字が並ぶ。


【Requirement : Safety】

【Requirement : Institution】

【Requirement : Monitoring】

【Requirement : Social Approval】


 必要条件が増えていく。

 増えるほど難しい。


 ヒカリが小声で言った。


「合意ってさ、めちゃくちゃ面倒だよ」


「知ってる」


「でも、合意取らないと“正義”が暴走する。

 今、それ見たじゃん」


 ミナトの胃がまた痛くなる。


 視聴者の正義。

 協会の正義。

 討伐隊の正義。


 全部、強い言葉で殴ってくる。


 ノクスが、ゆっくり口を開いた。


「……我は討伐対象だ」


 声が低い。

 でも硬い。


「それ以外で存在すれば、世界が歪む」


 その言い方が痛かった。


 ノクスが自分を悪役として固定している。

 固定しないと保てない。


 まるで、自分で自分の鎖を握っているみたいだった。


 ミナトは息を吸った。


 ここは言うべきだ。

 言わないと、何も変わらない。


 でも言うのは怖い。

 言えば、ノクスを否定することになる。

 言えば、今までの痛みを否定することになる。


 ミナトは腹の底で震えを抑えた。


「歪んでるのは、今の物語だ」


 声が出た。

 自分の耳に、ちゃんと届いた。


 ミナトは続ける。


「ノクスが悪役じゃないと成立しない世界のほうが、変だろ」


 喉が乾く。

 でも止めない。


「守るために残った人を、倒してスッキリって。

 それ、気持ちいいだけの話じゃん」


 言い切った瞬間、胸が苦しくなった。

 泣きそうで、笑いそうで、息が変になる。


(やめろ、泣くな。今ここで泣くな)


 ヒカリが小さく頷く。

 サエキも、ほんの少しだけ目を細めた。


 ノクスはミナトを見て、短く言った。


「……それでも」


「分かってる。怖い時ある」


 ミナトは即答した。

 そこは譲らない。譲ると嘘になる。


「だから、更新する。

 倒して終わりじゃなくて、変える」


 コアの文字が淡く光る。


【UPDATE requires agreement】


 ヒカリが口を開いた。


「合意って、イベントにしないと取れないんだよね」


「……は?」


 ミナトが間抜けな声を出すと、ヒカリは肩をすくめた。


「世論ってさ、静かな会議じゃ動かない。

 動くのは“みんなが見てる場”」


 ミナトの胃がギュッとなる。


「つまり……公開の場が必要?」


「そう。皮肉だけどね」


 倒す物語をやめたいのに、

 倒す物語みたいな“場”が必要になる。


 矛盾。

 でも現実はいつも矛盾だ。


 サエキが前に出た。


 息を吸って、言った。


「私が内部証言します」


 ミナトが目を見開く。


「サエキさん……それ、やばくない?」


「やばいです」


 即答だった。


 サエキは続ける。


「でも、ここまで見て黙ったら、私は一生自分を許せません」


 その言葉が硬くて、強かった。

 ヒーローみたいじゃない。

 むしろ普通の人の覚悟だ。


 普通の人が一歩踏み出すのが、一番怖い。


 コアの表示が、最後の行へ進む。


 長文が消えていく。

 余計な条件が薄れていく。


 そして最後に、短く残った。


【UPDATE requires WORLD APPROVAL】


 世界の承認。


 たった一行。

 でも今までで一番重い。


 ミナトはその文字を見つめた。


 頭の中に、赤い●が浮かぶ。

 コメント欄が浮かぶ。

 期待が浮かぶ。


 でも今は、それを怖がるだけじゃ足りない。


 ミナトは息を吐いて言った。


「じゃあ、世界を巻き込むしかないな」


 言った瞬間、胃の痛みが少しだけ薄れた。


 勇者ムーブじゃない。

 剣で倒す話じゃない。


 更新。

 合意。

 承認。


 面倒で、泥臭くて、怖い。


 でもそれが、終わらせるための道だ。


 ノクスが小さく目を伏せた。


「……世界は、優しくない」


 ミナトは頷く。


「知ってる」


 そして笑った。


 怖いから笑う。

 でも今の笑いは、逃げじゃない。


「だから俺らが、ちょっとだけ優しくする」


 ヒカリが鼻で笑った。


「はい、今のも切り抜きたいけど我慢」


「我慢して」


 サエキが測定器を握り直す。


「次は、公開の場で条件を作ります。

 逃げ道を塞がれない形で」


 ミナトは頷いた。


 コアの光が静かに脈打った。


 急げ、と言っている気がした。


 ミナトは一歩、後ろに下がる。


 扉の外へ戻る。

 現実へ戻る。

 世界へ戻る。


 そこにはまた、期待がある。

 誤解がある。

 炎上がある。


 でも。


 更新するなら、そこを通るしかない。


 ミナトは心の中で短く言った。


(勇者ムーブじゃない。更新ムーブだ)


 胃が痛い。

 でも足は止まらなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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