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第22話「ダンジョンは“誰かの祈り”だった」

 机の上の配信端末が、夜の部屋の中でひとり光っていた。


 青白い光。

 消えない通知。


【CORE LOG】


 ミナトはベッドの上で、スマホを握ったまま固まっていた。

 目だけが端末に吸い寄せられる。


 押すだけ。

 たった一回タップするだけで、何かが始まる。


 なのに指が動かない。


(これ、押したら戻れない気がする)


 配信者の癖が、いちばん危ない形で顔を出す。

 “見たい”

 “知りたい”

 “今この瞬間を拾ったら伸びる”


 好奇心が喉の奥をくすぐって、胸の奥がざわつく。


 ミナトは自分の手が震えているのに気づいて、苦笑した。


「……俺、ラスボスより通知が怖いんだけど」


 返事はない。

 でも光は消えない。


 背中のほうで布が擦れる音がした。ノクスだ。


 ノクスは窓際に立って、夜の外を見ていた。

 街の灯りを見ているのに、どこか遠い場所を見ているように見える。


 ヒカリは床に座り、コンビニの紙コップを両手で持っていた。

 サエキは椅子に座り、測定器のログと端末を交互に見ている。


 この部屋は狭い。

 狭いのに、沈黙のせいで妙に広く感じた。


 ミナトは端末に近づく。

 近づくだけで心臓が跳ねる。


 配信ボタンを押す時の緊張とは違う。

 配信は失敗しても、取り返しはできる。

 炎上しても、謝って、説明して、耐えて、何とかするしかない。


 でもこれは。

 何かの「扉」だ。


 ミナトの指が画面の上で止まった。


「……見ても、いいのかな」


 独り言みたいに言ったつもりなのに、声が震える。


 サエキが短く答えた。


「見たほうがいいです。記録は、残すためにあります」


 正しい。

 でも正しさは、いつも重い。


 ヒカリがぽそっと言う。


「押すなら、私が切り抜き守る。変なとこだけ取らせない」


 その軽さが、ありがたかった。


 ミナトは最後にノクスを見る。

 ノクスは黙っている。止めるでも促すでもない。


 ただ――目だけが少し警戒していた。


 ミナトは息を吸った。


 押した。


 ピッ。


 端末の画面が暗転し、次の瞬間、映像が立ち上がった。


 ノイズ。

 一瞬の砂嵐。

 そのあと、妙にきれいな映像。


 ミナトは目を細めた。


「……え」


 そこは、ダンジョン内部だった。


 でもミナトの知っている“深くて暗い穴”じゃない。

 壁は白い。床も白い。

 清潔で、静かで、明るい。


 蛍光灯みたいな光が天井から均一に落ちていて、影が薄い。

 空気が冷たい。音が少ない。


 まるで病院だ。


 コメント欄が即座にざわつく。


『え、病院?』

『ダンジョンってこんなんだっけ』

『清潔すぎる』

『ホラーの導入じゃん』

『ミナトの顔草』


 ミナトは口を開けたまま、言葉が出ない。


(これ……本当にダンジョン?)


 映像は断片的だった。

 カメラの視点が少し揺れている。誰かが持って歩いている揺れだ。


 白い廊下の先に、巨大な扉が見えた。

 扉には黒い模様が走っている。


 遠目には“恐怖の儀式”みたいに見える。

 呪いの刻印。封印の魔法陣。

 そういうやつ。


 ミナトの脳が勝手にラベルを貼りそうになる。


(やばい、これ絶対ヤバいやつ――)


 その瞬間。


 扉の前で、ぽん、と小さな光が跳ねた。


 小さい。

 手のひらサイズ。

 光の粒が集まって、羽の形を作っている。

 顔もある。ちょっと真顔。


 妖精だ。


 でも、やっていることが地味すぎた。


 扉の黒い模様の前で、淡々と。


 ペタ。

 ペタ。

 ペタ。


 何かの札を貼っている。


 封印作業。

 めちゃくちゃ真面目に封印作業。


 ミナトは思わず口に出した。


「……サムネ詐欺じゃん」


 ヒカリが吹く。


「見た目は“世界終わる儀式”なのに、実態が“封筒に切手貼る人”」


 コメント欄が笑いに寄る。


『サムネ詐欺フェアリーww』

『顔が仕事モードすぎる』

『地味すぎて逆に怖い』

『封印、手作業なんだ』

『働き者で草』


 妖精はミナトたちの反応など知らず、仕事を続ける。

 黒い模様を整え、端を押さえ、確認して、次へ。

 一切の迷いがない。


 “誤解される見た目”と“実際の地味さ”の落差が、妙にリアルだった。


 映像が切り替わる。


 白い部屋。

 ベッドが並び、カーテンみたいな仕切りがある。


 そこには人がいた。


 横になっている。

 呼吸は浅い。

 装置が側に置かれている。


 危険なものを扱う施設というより――守るための施設。


 サエキの声が低くなった。


「……隔離施設ですね」


 ミナトは喉が乾く。


「隔離?」


 サエキが頷く。


「暴走するエネルギー……DE。外に漏れると、街が壊れます。

 だから中に閉じ込めて……人を守る」


 ミナトは映像を見つめた。


 ダンジョンは試練の場。

 危険に挑み、宝を得る場所。

 そういう“物語”として語られてきた。


 でもこの映像は違う。


 ここにあるのは、祈りだ。


 守ってくれ。

 漏れるな。

 誰かを傷つけるな。


 そんな、声にならない願い。


 映像がまた切り替わる。


 白い廊下を歩く人影。

 カメラが揺れながら追う。


 その背中は――ノクスだった。


 ミナトの胸が跳ねる。


 黒い外套じゃない。

 玉座でもない。

 白い服。

 胸に小さな札みたいなものが付いている。

 管理者の制服みたいに見える。


 ノクスは誰かとすれ違い、頭を下げられている。

 そしてノクスも頭を下げ返していた。


 ミナトは息を止めた。


(守る側だ)


 倒す側じゃない。

 支配する側でもない。

 守る側。


 ノクスは“仕事”をしている。

 人を導き、確認し、整えている。


 映像の端に、一瞬だけ文字が浮いた。


【Role: Preservation】

【Scope: Seal + Archive】


 保全。封印。記録。


 ミナトは目を見開いた。


「……ロールって」


 前にノクスが言っていた。

 自分の力は自分のものじゃない。割り当てだ、と。


 こういう意味だったのか。


 ダンジョンは、誰かの祈りで動いていた。

 祈りを形にするために、役割が割り当てられていた。


 映像が切り替わる。


 白い会議室みたいな場所。

 数人の人がいる。

 服装が少し違う。スーツ。腕章のようなもの。


 机の上にあるのは、書類。図面。

 そして――言葉。


 声は入っていない。

 でも口の動きで分かる。


 「英雄」

 「討伐」

 「安全」

 「物語」


 誰かが指で映像の一部をなぞるような仕草をする。

 ノクスの映る場面を切り、別の場面を足す。

 編集する動き。


 ヒカリが唇を噛んだ。


「……これ、作ってるね。“倒す物語”」


 ミナトの胸が詰まった。


(便利なんだ)


 敵がいたほうがいい。

 悪役がいたほうが分かりやすい。

 恐怖を語れば、人は従う。


 守りの役は地味で目立たない。

 でも倒す物語は派手で売れる。


 だから。


 守っていた存在が、悪役にされた。


 怒りより先に、やるせなさが来た。


 ミナトは喉の奥が熱くなった。

 涙が出そうなのに、出ない。

 泣くほど単純じゃない。


 ただ、胸が重い。


 コメント欄が割れていく。


『でもラスボス危険だろ派』

『協会が悪い派』

『どっちも怪しい派』

『ミナト、落ち着け』

『煽るな、今は見るんだ』


 ミナトは息を吐いて、自分の声を整えた。


「……みんな、落ち着いて。これ、今は“断片”だから」


 声を張らない。

 煽らない。

 淡々と解説する。


 それが今できる最善だ。


「この映像、ダンジョンが“試練”じゃなくて、

 何かを閉じ込めるための施設だった可能性がある」


『病院っぽいの納得』

『隔離ってこと?』

『じゃあ探索者って…』

『物語、違うじゃん』

『守ってたのがノクス?』


 ミナトはうなずいた。


「そう。……少なくとも、そう見える」


 映像が終わりに近づく。


 最後の場面は、真っ白な壁。

 そこに、短い文字が刻まれている。


 誰かの手で書かれたみたいな文字。

 筆圧が強い。


 たった一語。


「守れ」


 その瞬間、画面が揺れた。


 文字が繰り返し映る。

 同じ一語が、薄く、何度も何度も。


「守れ」

「守れ」

「守れ」


 罠J――ラスト一行増幅。


 最後の一言だけが強く残り、拡散する。

 意味が剥がれて、言葉だけが増える。


 コメント欄にも伝染した。


『守れ』

『守れ』

『守れ』

『守れ』


 ミナトの背筋がぞわっとした。


(やめて、増やすな……)


 言葉は便利だ。

 便利すぎて怖い。

 正義にもなるし、凶器にもなる。


 ミナトは急いで言った。


「ストップ! その言葉だけを増やすと危ない!」


 ヒカリがすぐ固定コメントを打つ。


【※短い言葉の連投は誤解を広げます。今は冷静に。】


 少しずつ落ち着く。

 でも余韻は残った。


 映像がぷつりと切れ、画面が暗転する。


 部屋の中の音が戻ってくる。

 冷蔵庫の低い唸り。

 遠くの車の音。

 誰かの呼吸。


 ミナトは端末を見つめたまま呟いた。


「……ダンジョンって、祈りだったのか」


 誰かを守りたい。

 漏らしたくない。

 傷つけたくない。


 その願いが、壁になって残っている。


 ノクスが低く言う。


「……それは、昔の仕事だ」


 ミナトは振り向いた。


 ノクスの表情は硬い。

 でも目は逃げていない。


 ミナトは胸の奥が冷たくなるのを感じた。


「昔……だったってことは」


 言葉を選ぶ。

 踏み込みすぎないように。

 でも逃げないように。


「今は、違うの?」


 ノクスは答えなかった。

 ただ、ほんの少しだけ視線を落とした。


 その沈黙が、答えより怖かった。


 ミナトの喉が乾く。


(ここから先、もっと深い)


 そんな予感がした。


 画面の赤い●は点いていない。

 でも、世界はもう動き始めている気がした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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