第18話「閉鎖されたら、誰が困る?」
ニュースの見出しは、いつも短い。
短いくせに、現実だけは重い。
【ダンジョン全閉鎖へ】
【協会「安全のため」】
【周辺住民に影響】
【賛否分かれる】
ミナトはスマホを握ったまま、しばらく固まった。
指先が冷える。画面の光がやけに白い。
「安全のため」
その言葉が、目に刺さる。
ニュースでも、会見でも、コメント欄でも。
どこも同じフレーズで始まり、同じフレーズで終わっている。
便利すぎる。
便利すぎて、ずるい。
安全って、誰も反対できない。
反対した瞬間に、“危険を肯定した人”みたいな顔にされる。
ミナトは自分の頬をつねった。
痛い。ちゃんと痛い。
つまり現実だ。
隣の部屋から、低い声が落ちた。
「閉じるのか」
ノクスが窓際に立っていた。
外の光が強くて、輪郭が少しだけ柔らかい。
それでも、立っているだけで部屋の空気が変わる。
「閉じるって言ってる。全閉鎖」
ミナトは喉を鳴らして言った。
「俺たちが謝っても、協会は終わらせたいらしい」
口にした途端、胃の奥が痛む。
怒りより先に来るのは怖さだ。
怖いから、言葉が短くなる。
ミナトは画面をスクロールした。
世論はきれいに割れていた。
『閉鎖は当然』
『危険なんだから仕方ない』
『配信者が煽った結果』
『協会よくやった』
『閉鎖したら生活どうすんだよ』
『素材が止まる』
『薬が作れない』
『周辺の店が全部死ぬ』
どっちも正しそうで、どっちも怖い。
正しそうな言葉がぶつかると、音が大きくなる。
そして音が大きいほうが、勝って見える。
(俺の配信、今も燃料になってる)
配信を止めたほうがいい。
そう思う。止めれば、火は弱くなるはずだ。
でも――。
黙ったら、協会の言葉だけが残る。
それも分かっている。
その“分かってる”が、背中を重くする。
ミナトはスマホを机に置き、両手で頭を抱えた。
「……どうすればいいんだよ」
声が床に落ちる。
返事は返ってこない。
返ってきたのは、ノクスの言葉だった。
「見ろ」
「……何を?」
「閉じれば、誰が困る」
短い。
でも妙にまっすぐで、逃げ道を消す言葉だった。
「……困る人、いるの?」
「いる。生活の匂いがする」
生活の匂い。
ラスボスが言うと、妙に説得力が出るのが悔しい。
ソファに転がっていたヒカリが、ひょいと顔だけ起こす。
「取材回いこ。現場の声。いちばん強いから」
「……取材って、俺が?」
「うん。ミナトのカメラ、武器だから」
武器。
またその言葉だ。
でも今回は、人を切るものじゃなく、隠れた現実を照らすものに聞こえた。
ミナトは立ち上がった。
心臓はまだ落ち着かない。
でも座って悩んでるだけじゃ、何も変わらない。
「……行く」
ヒカリが親指を立てる。
「よし。まず探索者」
⸻
ダンジョン周辺は、いつもより静かだった。
閉鎖が決まると、人は減る。
怖くて近づかない。
それ自体は、正しい反応だ。
でも、全員が引けるわけじゃない。
引けない人は、生活のためにそこにいる。
入口近くの簡易休憩所。
ベンチに座る男がいた。
装備は派手じゃない。使い古している。
でも手袋の擦れ方が、“毎日潜ってる人”のそれだった。
「すみません。ちょっといいですか」
ミナトが声をかけると、男は顔を上げた。
「……配信者?」
警戒が混じる。
ミナトは慌てて手を振った。
「今日は煽りじゃなくて、話を聞きに来ました。
閉鎖って、困りますか」
男は鼻で笑った。
「困るに決まってんだろ」
即答だった。迷いがない。
「俺らは危険承知で潜ってる。
事故もある。怖いのも分かる。
でもな、ここで取れる素材がないと、仕事が回らねぇ」
「仕事……?」
「工場。薬。研究。いろいろだ。
俺みたいな探索者は運び屋。
運び屋が止まると、上が全部止まる」
ミナトの胃が、別の形で痛んだ。
怒りの痛みじゃない。
“社会が見えてくる”痛みだ。
「閉鎖したら、別の場所から取るんですか」
「取れねぇよ。同じもんが同じ条件で取れる場所なんてない」
男は言葉を切って、目を細めた。
「あるとしたら……金持ちの会社が運営する、民間のダンジョンだな」
ミナトが眉を寄せる。
「民間の……?」
「最近やたら宣伝増えてるやつ。
“安全管理が行き届いた新施設”ってな」
男の視線が、遠くの看板に向いた。
そこには見覚えのあるロゴがあった。
ニュースの端に出てくる、スポンサー枠みたいなやつだ。
「……え」
ミナトの喉が鳴った。
ヒカリが隣で小さく笑う。
「ほらね。匂うでしょ」
匂うというか、露骨だ。
ミナトは男に頭を下げた。
「ありがとうございました。
……他にも話、聞いていいですか」
「勝手にしろ。ただ、変に切り抜くなよ」
ミナトは真剣に頷いた。
「しません。今は、全部ちゃんと残します」
⸻
次に会ったのは白衣の女性だった。
研究者だ。
手には分厚い資料。
目の下にクマ。
寝てない顔。現場の顔。
「閉鎖は……困るどころではありません」
彼女は即答した。
「医療素材、治療補助の原料、代替が効かないものが多い。
市販の薬に頼れない患者もいます。
そして供給が止まれば……値段が跳ねます」
値段。
その言葉が、現実を急に具体的にする。
「それって、誰が困りますか」
ミナトが聞くと、彼女は少しだけ笑った。
「全員です。困らないのは、支払える人だけ」
重い。
現実は、言い切ると重い。
⸻
商店街も、人が少なかった。
装備屋。簡易宿。飲食店。
どの店も顔が疲れている。
疲れているのに、店を開けている。
ラーメン屋のおじさんが腕を組んだ。
「閉鎖? そりゃ困るよ。探索者が来なくなったら終わり」
でも次の言葉が、もっと刺さった。
「危険なのも分かる。だから余計に腹が立つんだよ」
「腹が立つ?」
「急すぎるんだ。閉鎖するならするで段取りってもんがあるだろ。
生活を切るってのは、包丁じゃなくて斧だ」
斧。
その例えが胸に残った。
ミナトはメモを取る指が止まる。
言葉の重さが、紙を破りそうだった。
ノクスがふと呟く。
「人は恐怖だけでは動かない。生活で動く」
ミナトは内心で思った。
(ラスボスが社会学……)
でも笑えない。
正しいから。
⸻
帰り道。
ミナトのスマホが震え続けた。
【民間ダンジョン企業が声明】
【“安全な探索環境を提供”】【
【“閉鎖後の受け皿に”】【
【“協会と協力”】【
同じ言葉が、何度も出てくる。
安全。受け皿。協力。安心。
どれも良さそうだ。
良さそうなのに、胃が痛い。
そしてタイムラインが急に“それ”で埋まり始めた。
『新施設のほうが安心!』
『閉鎖後はここに移行!』
『危険な配信より安全施設!』
『割引キャンペーン!』
増え方が変だ。
速すぎる。揃いすぎる。
罠J。ラスト一行増幅。
理由や中身は薄いまま、結論だけが増幅して広がっていく。
ミナトは思わず口にした。
「……それ、怪しくない?」
軽い言い方だった。
ツッコミのノリだった。
いつもの癖だ。
でもその瞬間、背中が冷えた。
(今の、ラスト一行にされる……)
案の定だった。
【切り抜き】
『それ、怪しくない?』
【配信者が民間企業を疑う】
【陰謀論?】
たった一言が独り歩きする。
足音が増える。人が集まる。火が立つ。
ミナトは立ち止まった。
息が詰まる。
「やば……」
ヒカリが肩を叩く。
「ね。だから言ったじゃん。感情より証拠」
ミナトは唾を飲み込んだ。
「俺、また燃料投げた」
「投げたね。でも取り返せる。
疑うより、見に行く。これ」
ヒカリが指を立てる。
「見に行って、映して、比べる。
それがいちばん強い」
ミナトは頷いた。
胃は痛いまま。
でも今の痛みは、逃げたい痛みじゃない。
やるべきことが見えた痛みだ。
そこへサエキが小さく咳払いした。
「……私が同行します」
ミナトが目を向けると、サエキは真面目な顔をしていた。
「正式な監視の形で。
こちらが違反にならないようにします」
「サエキさん、それ……大丈夫なんですか」
「大丈夫ではありません」
即答だった。
「でも、閉鎖で困る人の声を聞いた。
私は……見ないふりができません」
ミナトの胸が熱くなった。
怖いのに、嬉しい。
人が一歩動く瞬間には、変な熱がある。
ミナトはスマホを握りしめた。
「……よし」
息を吸って、言い切る。
「民間ダンジョン、潜入配信します」
ヒカリが笑う。
「それでこそ胃痛枠」
「胃痛やめて」
ノクスが低い声で呟いた。
「罠の匂いがするな」
ミナトは苦く笑う。
「うん。俺もする。
……でも、見ないと終わる」
ニュースの見出しは短い。
でも、生活は長い。
ミナトは、その長さをようやく見始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になりましたら、ブックマークや★評価をいただけると、とても励みになります。




