第17話「ラスボスが“謝罪配信”を提案」
謝罪の原稿は、薄い紙のくせに重かった。
ミナトは机に向かい、スマホのメモ欄を開いては閉じ、また開いた。
書いて、消して、書いて、消す。
画面の文字は増えないのに、喉の渇きだけが増えていく。
指先が冷たい。
舌が乾いて、息がうまく回らない。
(言葉が足りないと燃える。多すぎても嘘っぽい)
頭の中で同じ文がぐるぐる回る。
自分で作った言葉なのに、刃物みたいに刺さる。
配信は勢いで回せる。
ノリもツッコミも、口が勝手に出る。
でも今日の言葉は、勝手に出たら終わるやつだ。
相手はダンジョンでも魔物でもない。
人の気持ちと、世の空気。
空気は掴めない。
掴めないのに燃える。
燃えるくせに、どこから燃えたのかは後からしか分からない。
ミナトは深呼吸した。
すると背後から、低い声が落ちてくる。
「まだ迷っているのか」
ノクスが部屋の隅に立っていた。
腕を組んで、相変わらずの顔。
でも今日は、その“変わらなさ”が頼もしい。
「……謝罪ってさ、正解がないんですよ」
ミナトは自嘲気味に笑った。
「短いと『反省してない』って言われるし、長いと『嘘くさい』って言われる。
俺、今、文字数の地雷原歩いてる」
ノクスは少し考えてから言った。
「ならば、言うべきことだけ言え」
「言うべきことだけ……」
「飾りは疑いを生む」
短い。
でも、妙に刺さる。
ミナトはメモ欄を見つめた。
今書いている文章は、余計なものだらけだった。
丁寧にしようとして、自分を守ってるのが透ける。
守りたい自分が透けると、言葉は信用されない。
それが一番怖い。
ミナトは画面を全部消して、新しく打った。
【ごめんなさい】
【お願いがあります】
【凸しないでください】
【危険を煽りません】
【俺の責任です】
短い。
怖いくらい短い。
でも短いから、嘘が混ざりにくい。
ミナトは手のひらを握りしめた。
汗が冷えて、さらに冷たくなる。
台所のほうからヒカリが顔を出した。
「準備できた?」
「……できたようで、できてない」
「いつものやつだね。胃の準備は?」
「もう諦めてます。胃は今日も犠牲」
「よし。配信つけよ。炎上は止めるより整えるほうが早い」
整える。
昨日も聞いた言葉だ。
ミナトは小さく頷いた。
カメラの前に座り、ピンマイクを胸元に留める。
いつもより丁寧に。いつもより慎重に。
サエキも来ていた。
部屋の端でタブレットを抱えている。
表情は固い。でも目は逃げていない。
「始めます」
ミナトが言って、配信開始ボタンを押した。
画面の赤い●。
今日もそれが、怖い。
『きた』
『謝罪配信?』
『説明しろ』
『凸はやりすぎ』
『協会が悪い』
『ミナトの胃がんばれ』
コメントが流れる。
速い。
でも昨日より少しだけ温度が低い気がする。
止血が効いている。
ミナトは息を吸って、口を開いた。
「……」
声が出ない。
いや、出ているはずなのに、音が届かない。
配信画面の音量ゲージがピクリとも動かない。
ミナトは一瞬固まった。
喉が締まる。心臓が跳ねる。
『無音www』
『音ないぞ!』
『ピンマイク死んでる』
『聞こえない!』
『焦り芸きた』
焦り芸じゃない。
本気で焦っている。
ミナトはピンマイクを触った。
抜けてない。電源も入ってる。
なのに、音が乗らない。
まるで結界だ。
“謝罪の声だけ”封じる魔法陣。
罠G。ピンマイク没収魔陣。
(うわ、最悪のタイミング……!)
ミナトは咄嗟にヒカリを見る。
ヒカリは一瞬で状況を理解し、スマホを構えた。
「字幕いく!」
短く言って、画面に文字を出し始める。
ミナトも必死に身振りを始めた。
両手を合わせて、頭を下げる。
指で×を作って、「凸しないで」のジェスチャー。
胸に手を当てて、「俺の責任」を示す。
画面の隅にヒカリの字幕が出る。
【音声トラブル中】
【字幕で続けます】
【ごめんなさい】
【凸はやめてください】
『草』
『ジェスチャーで謝罪w』
『ヒカリ有能』
『ノクスさんもいる?』
『でも真面目なの分かる』
笑いが混じる。
でも、笑いがあるほうが助かる。
空気が少しだけ緩む。
緩んだ分だけ、言葉が入る。
ミナトはもう一度、深く頭を下げた。
体が震える。
無音なのに、胸の中がうるさい。
ノクスが、ゆっくり前に出てきた。
カメラに映る位置で止まる。
口が動く。
でも音は出ない。
その無音が逆に怖い。
ノクスはミナトのほうを見て、短く言った。
たぶん、こうだ。
「短い言葉でいこう」
ミナトは頷いた。
ミナトは指で四つ数える。
ヒカリが字幕を合わせる。
【①ごめんなさい】
【②凸しないでください】
【③危険を煽りません】
【④全部、俺の責任です】
ミナトは手を胸に当てて、画面を見た。
視聴者に見せるつもりで、自分にも言い聞かせる。
(俺の配信は、誰かを傷つけるためじゃない)
口では言えない。
でも目で言う。
ヒカリが小さく頷いた。
サエキも画面を見て、微かに息を吐いた。
そして、ノクスが頭を下げた。
ゆっくり。
重い。
深い。
ラスボスが、人に頭を下げる。
コメント欄が、一瞬止まった。
『……え』
『ノクスさん頭下げた』
『まじ?』
『止まった』
『今の、重い』
ミナトの胸がきゅっとなった。
空気が変わるのが分かった。
ふざけられない空気。
ノクスは顔を上げ、口を動かした。
音はない。
でも言葉は伝わる。
ヒカリが字幕を付けた。
一文字ずつ、丁寧に。
【我が在ることで】
【人が傷つくなら】
【それは本意ではない】
ミナトの目の奥が熱くなった。
泣きそうになる。
でも泣いたら切り抜かれる。
泣き顔だけが広まる未来が見える。
ミナトは笑って誤魔化した。
笑いながら、喉が痛い。
その時。
ぷつん、と音が戻った。
ミナトの耳に、自分の呼吸が入ってくる。
空調の音。椅子の軋み。
全部、現実の音。
『音戻った!!』
『きたーー』
『結界解除w』
『誠実さで解除された説』
『謝罪の続き聞ける?』
ミナトは一瞬、言葉を失った。
でも今なら言える。短く。ちゃんと。
「……今、音が戻りました」
声が震えている。
でも逃げない。
「改めて。ごめんなさい」
頭を下げる。
さっきより浅い。
でも、ちゃんと下げる。
「俺の配信を見て、誰かを攻撃するのはやめてください。
協会の人に凸しないでください。
施設の前で揉めないでください」
息を吸う。
「危険を煽る配信はしません。
安全を優先します。
俺は……俺の言葉に責任を持ちます」
言い切った瞬間、胃が痛かった。
痛いのに、少し軽い。
コメント欄がまた動き始める。
でも今度は違う流れだ。
『わかった』
『凸はやめる』
『謝れて偉い』
『応援する』
『ノクスさん、言葉強い』
『ヒカリ字幕神』
全部じゃない。
消えないアンチもいる。
でも空気が戻ってきている。
ミナトは泣きそうになって、笑った。
「……ありがとう。ほんと、ありがとう」
その言葉が嘘じゃないのが、自分でも分かる。
ノクスが横で小さく言う。
「謝罪とは敗北ではない」
ミナトは頷いた。
「今日、何回も救われてます」
配信を切ろうとした、その瞬間。
サエキのタブレットが震えた。
通知が表示される。
サエキの顔色が変わる。
「……協会が、発表を出しました」
ミナトの心臓が嫌な跳ね方をした。
「発表?」
サエキが震える声で読み上げる。
「……ダンジョン、全閉鎖を宣言、だそうです」
ミナトの口が乾いた。
さっきまで戻ってきた空気が、一気に冷える。
「……謝ったのに」
小さく呟いた声が、妙に響いた。
「終わらせる気だ……」
赤い●は消えている。
でも現実の火は、まだ消えていなかった。
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