表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

第17話「ラスボスが“謝罪配信”を提案」

 謝罪の原稿は、薄い紙のくせに重かった。


 ミナトは机に向かい、スマホのメモ欄を開いては閉じ、また開いた。

 書いて、消して、書いて、消す。

 画面の文字は増えないのに、喉の渇きだけが増えていく。


 指先が冷たい。

 舌が乾いて、息がうまく回らない。


(言葉が足りないと燃える。多すぎても嘘っぽい)


 頭の中で同じ文がぐるぐる回る。

 自分で作った言葉なのに、刃物みたいに刺さる。


 配信は勢いで回せる。

 ノリもツッコミも、口が勝手に出る。

 でも今日の言葉は、勝手に出たら終わるやつだ。


 相手はダンジョンでも魔物でもない。

 人の気持ちと、世の空気。


 空気は掴めない。

 掴めないのに燃える。

 燃えるくせに、どこから燃えたのかは後からしか分からない。


 ミナトは深呼吸した。

 すると背後から、低い声が落ちてくる。


「まだ迷っているのか」


 ノクスが部屋の隅に立っていた。

 腕を組んで、相変わらずの顔。

 でも今日は、その“変わらなさ”が頼もしい。


「……謝罪ってさ、正解がないんですよ」


 ミナトは自嘲気味に笑った。


「短いと『反省してない』って言われるし、長いと『嘘くさい』って言われる。

 俺、今、文字数の地雷原歩いてる」


 ノクスは少し考えてから言った。


「ならば、言うべきことだけ言え」


「言うべきことだけ……」


「飾りは疑いを生む」


 短い。

 でも、妙に刺さる。


 ミナトはメモ欄を見つめた。

 今書いている文章は、余計なものだらけだった。

 丁寧にしようとして、自分を守ってるのが透ける。


 守りたい自分が透けると、言葉は信用されない。

 それが一番怖い。


 ミナトは画面を全部消して、新しく打った。


【ごめんなさい】

【お願いがあります】

【凸しないでください】

【危険を煽りません】

【俺の責任です】


 短い。

 怖いくらい短い。

 でも短いから、嘘が混ざりにくい。


 ミナトは手のひらを握りしめた。

 汗が冷えて、さらに冷たくなる。


 台所のほうからヒカリが顔を出した。


「準備できた?」


「……できたようで、できてない」


「いつものやつだね。胃の準備は?」


「もう諦めてます。胃は今日も犠牲」


「よし。配信つけよ。炎上は止めるより整えるほうが早い」


 整える。

 昨日も聞いた言葉だ。

 ミナトは小さく頷いた。


 カメラの前に座り、ピンマイクを胸元に留める。

 いつもより丁寧に。いつもより慎重に。


 サエキも来ていた。

 部屋の端でタブレットを抱えている。

 表情は固い。でも目は逃げていない。


「始めます」


 ミナトが言って、配信開始ボタンを押した。


 画面の赤い●。

 今日もそれが、怖い。


『きた』

『謝罪配信?』

『説明しろ』

『凸はやりすぎ』

『協会が悪い』

『ミナトの胃がんばれ』


 コメントが流れる。

 速い。

 でも昨日より少しだけ温度が低い気がする。

 止血が効いている。


 ミナトは息を吸って、口を開いた。


「……」


 声が出ない。


 いや、出ているはずなのに、音が届かない。

 配信画面の音量ゲージがピクリとも動かない。


 ミナトは一瞬固まった。

 喉が締まる。心臓が跳ねる。


『無音www』

『音ないぞ!』

『ピンマイク死んでる』

『聞こえない!』

『焦り芸きた』


 焦り芸じゃない。

 本気で焦っている。


 ミナトはピンマイクを触った。

 抜けてない。電源も入ってる。

 なのに、音が乗らない。


 まるで結界だ。

 “謝罪の声だけ”封じる魔法陣。


 罠G。ピンマイク没収魔陣。


(うわ、最悪のタイミング……!)


 ミナトは咄嗟にヒカリを見る。

 ヒカリは一瞬で状況を理解し、スマホを構えた。


「字幕いく!」


 短く言って、画面に文字を出し始める。

 ミナトも必死に身振りを始めた。


 両手を合わせて、頭を下げる。

 指で×を作って、「凸しないで」のジェスチャー。

 胸に手を当てて、「俺の責任」を示す。


 画面の隅にヒカリの字幕が出る。


【音声トラブル中】

【字幕で続けます】

【ごめんなさい】

【凸はやめてください】


『草』

『ジェスチャーで謝罪w』

『ヒカリ有能』

『ノクスさんもいる?』

『でも真面目なの分かる』


 笑いが混じる。

 でも、笑いがあるほうが助かる。

 空気が少しだけ緩む。

 緩んだ分だけ、言葉が入る。


 ミナトはもう一度、深く頭を下げた。

 体が震える。

 無音なのに、胸の中がうるさい。


 ノクスが、ゆっくり前に出てきた。

 カメラに映る位置で止まる。


 口が動く。

 でも音は出ない。


 その無音が逆に怖い。


 ノクスはミナトのほうを見て、短く言った。

 たぶん、こうだ。


「短い言葉でいこう」


 ミナトは頷いた。


 ミナトは指で四つ数える。

 ヒカリが字幕を合わせる。


【①ごめんなさい】

【②凸しないでください】

【③危険を煽りません】

【④全部、俺の責任です】


 ミナトは手を胸に当てて、画面を見た。

 視聴者に見せるつもりで、自分にも言い聞かせる。


(俺の配信は、誰かを傷つけるためじゃない)


 口では言えない。

 でも目で言う。


 ヒカリが小さく頷いた。

 サエキも画面を見て、微かに息を吐いた。


 そして、ノクスが頭を下げた。


 ゆっくり。

 重い。

 深い。


 ラスボスが、人に頭を下げる。


 コメント欄が、一瞬止まった。


『……え』

『ノクスさん頭下げた』

『まじ?』

『止まった』

『今の、重い』


 ミナトの胸がきゅっとなった。

 空気が変わるのが分かった。

 ふざけられない空気。


 ノクスは顔を上げ、口を動かした。

 音はない。

 でも言葉は伝わる。


 ヒカリが字幕を付けた。

 一文字ずつ、丁寧に。


【我が在ることで】

【人が傷つくなら】

【それは本意ではない】


 ミナトの目の奥が熱くなった。

 泣きそうになる。

 でも泣いたら切り抜かれる。

 泣き顔だけが広まる未来が見える。


 ミナトは笑って誤魔化した。

 笑いながら、喉が痛い。


 その時。


 ぷつん、と音が戻った。


 ミナトの耳に、自分の呼吸が入ってくる。

 空調の音。椅子の軋み。

 全部、現実の音。


『音戻った!!』

『きたーー』

『結界解除w』

『誠実さで解除された説』

『謝罪の続き聞ける?』


 ミナトは一瞬、言葉を失った。

 でも今なら言える。短く。ちゃんと。


「……今、音が戻りました」


 声が震えている。

 でも逃げない。


「改めて。ごめんなさい」


 頭を下げる。

 さっきより浅い。

 でも、ちゃんと下げる。


「俺の配信を見て、誰かを攻撃するのはやめてください。

 協会の人に凸しないでください。

 施設の前で揉めないでください」


 息を吸う。


「危険を煽る配信はしません。

 安全を優先します。

 俺は……俺の言葉に責任を持ちます」


 言い切った瞬間、胃が痛かった。

 痛いのに、少し軽い。


 コメント欄がまた動き始める。

 でも今度は違う流れだ。


『わかった』

『凸はやめる』

『謝れて偉い』

『応援する』

『ノクスさん、言葉強い』

『ヒカリ字幕神』


 全部じゃない。

 消えないアンチもいる。

 でも空気が戻ってきている。


 ミナトは泣きそうになって、笑った。


「……ありがとう。ほんと、ありがとう」


 その言葉が嘘じゃないのが、自分でも分かる。


 ノクスが横で小さく言う。


「謝罪とは敗北ではない」


 ミナトは頷いた。


「今日、何回も救われてます」


 配信を切ろうとした、その瞬間。


 サエキのタブレットが震えた。

 通知が表示される。

 サエキの顔色が変わる。


「……協会が、発表を出しました」


 ミナトの心臓が嫌な跳ね方をした。


「発表?」


 サエキが震える声で読み上げる。


「……ダンジョン、全閉鎖を宣言、だそうです」


 ミナトの口が乾いた。

 さっきまで戻ってきた空気が、一気に冷える。


「……謝ったのに」


 小さく呟いた声が、妙に響いた。


「終わらせる気だ……」


 赤い●は消えている。

 でも現実の火は、まだ消えていなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし続きが気になりましたら、ブックマークや★評価をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ