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第12話「ラスボス、料理配信でバズる」

 空気を変えたい。


 ミナトは朝の机に突っ伏しそうになりながら、そう思った。

 昨日の通知。協会の“推奨”。押し付けみたいな丁寧さ。

 あれが頭の中で、ずっと鳴っている。


 ピロン。

 ピロン。


 鳴ってないのに鳴ってる気がする。

 胃が鳴ってるのかもしれない。


「……今日は、飯回やります」


 ミナトは配信カメラに向かって宣言した。

 言った瞬間、コメント欄が一気に明るくなる。


『飯回きた!』

『胃痛枠に休息を』

『料理は正義』

『ノクスさんエプロン!?』

『ダンジョン飯!?』


 ミナトは笑う。笑える。

 でも、内心はぐるぐるしていた。


 飯回って、逃げじゃない?


 逃げるのはダメ。

 でも逃げないと死ぬ。

 逃げることで守れるものもある。


 ――逃げも必要!


 ミナトは自分に言い聞かせるように頷いた。


「いや、逃げじゃない。戦略です。胃の回復は戦力です。今日の俺は、胃のために戦う」


『胃のために戦うw』

『RPGで回復アイテム大事』

『ミナトの胃、主人公』


 主人公は俺だよ。

 でも胃も大事。

 胃が死んだら俺も死ぬ。


 部屋の隅で、ノクスが静かに腕を組んでいる。

 いつもの黒い服。いつもの落ち着き。

 なのに今日の話題が話題だけに、ちょっと浮いて見えた。


「……料理をするのか」


 ノクスが低い声で言った。

 そこに若干の警戒が混ざっている。


「する。食べる。生きる」


「食うのか……」


 ノクスの顔が微妙だった。

 ラスボスが“食う”に引いてるの、どういうことだ。


『ノクスさん食べ物苦手?w』

『魔王って栄養あるの?』

『胃が存在するの草』


 ミナトは咳払いして、話を進める。


「ダンジョンにさ、安全な素材あるんだよ。キノコっぽいやつ。今日はそれ採って、地上で料理してみる。監視員さんも同行です。合法です。合法の味がするはず」


「……合法の味、という表現はやめてください」


 玄関側から控えめな声。サエキだ。

 今日も監視員の制服がきっちりしている。


「ごめん、癖で」


「癖で危険な単語を使わないでください……」


『サエキさん今日も胃に優しい』

『合法の味www』

『監視員=書類w』


 ミナトは笑って、装備を確認する。

 小さなナイフ、採取袋、救急セット。

 そして一番大事なもの。カメラ。


「じゃ、行きます。今日は中層の安全素材です。危ない場所行かない。いいね」


『いいね』

『無理しないで』

『飯は平和』


 ゲートをくぐると、空気がひんやりした。

 湿った匂い。石の匂い。

 でも今日は怖さより“食材の匂い”を探す。


 中層の通路を進む。

 壁の色が少し明るい。

 足元の石が均一で歩きやすい。


「……この辺、なんか落ち着くな」


 ミナトが言うと、サエキが頷いた。


「ここは危険度が比較的低いです。協会の公表値も――」


 サエキが言いかけて、口を止める。

 “公表値”は今は地雷だ。

 ミナトも分かっている。だから軽く返した。


「今日は数字は置いとこう。今日は味」


 ノクスが小さく首を傾げる。


「味とは何だ」


「え、そこから?」


「戦いには意味がある。食うことに意味があるのか」


「……生存の意味」


「合理的だ」


 納得の仕方が怖い。


 少し進むと、壁際に生えているものが見えた。

 薄い茶色。丸っこい。

 見た目は本当にキノコだ。


 ミナトはしゃがんで指差す。


「これ。これが今日の主役。見た目は普通だけど、加熱すると香りが出る。……たぶん」


『たぶんw』

『自信ないw』

『料理配信で実験すな』

『でも楽しみ』


 採取袋を開いて、慎重に摘む。

 と、その時。


 通路の奥から光が流れてきた。


 最初はただ明るくなっただけだと思った。

 でも違う。


 壁に、文字が走っている。

 鮮やかな色。派手なフォント。

 流れてくる。


【今なら! 初回無料!】

【協会公認! 安全装備セット!】

【討伐隊仕様! 正義の剣!】

【あなたの配信を伸ばします!】


「……は?」


 ミナトは立ち上がった。

 通路の両壁が、光るバナーだらけになっている。

 しかも流れてる。動いてる。視界を奪ってくる。


 目がチカチカする。

 方向感覚が崩れる。

 真っ直ぐ進んでるはずなのに、曲がってる気がする。


『スポンサー来たwww』

『ダンジョンまで広告』

『バナー広告回廊w』

『目に痛いw』

『協会公認って書いてて草』


 笑ってる場合じゃない。

 でも笑いが出る。

 笑いが出るくらい、嫌な場所だ。


 サエキが顔を青くして言った。


「こ、ここは……そういう罠の報告が……」


「報告があるなら先に言ってよ!」


「私も今、思い出しました!」


 思い出すタイミングが遅い。

 胃が痛い。


 ノクスが静かに周囲を見回す。


「視界を奪う。判断を鈍らせる。……悪趣味だな」


「同意。これ作ったやつ、絶対配信の敵」


 ミナトは配信カメラを手で押さえそうになるのを我慢した。

 サムネ的には強い。画面が派手だ。映える。

 でも迷う。迷子になる。迷子になったら料理どころじゃない。


 ミナトは喉が乾くのを感じながら、視聴者に説明した。


「今、目の前が広告だらけの通路になってます。たぶん、方向感覚を狂わせる罠。だから一旦落ち着く。進まない。深呼吸」


『了解』

『落ち着けミナト』

『広告に負けるな』

『胃がんばれ』


 自分で笑いそうになる。

 広告に負けるなって何だ。


 ミナトは足元を見る。

 壁は嘘をつく。目は騙される。

 じゃあ何を見る? 床だ。


 床の石のつなぎ目。溝の形。

 光に惑わされないもの。


「床の線、見て進む。壁は見ない。……サエキさん、位置分かる?」


「え、ええ……何とか」


 サエキは測定器を握り直し、数値を確認する。

 さっきまでの安全な雰囲気が消えた顔になっている。


 ノクスが前に出た。

 迷いなく歩く。壁のバナーを一切見ない。


「……すご。メンタルが広告に負けてない」


 ミナトが呟くと、ノクスが振り返る。


「我は誘いを受けぬ」


「強すぎる」


 そのとき。


 ふわり、と金色が降ってきた。


 羽音。キラキラした光。

 バフ盛りハトだ。


「出た」


 金色のハトは堂々と素材の上に舞い降りた。

 採取したキノコが無駄にキラキラする。

 料理なのに、なぜかレアドロップ演出。


『ハトwww』

『食材がSSRになった』

『料理配信に祝福いらんw』

『ノクスさん反応して!』


 ノクスがハトを見た。

 そして、なぜか丁寧に頭を下げた。


「……感謝する」


 ハトが満足そうに胸を張る。

 一回だけ羽ばたき、去っていった。


『ラスボス様、礼儀正しいw』

『ハトに敬礼w』

『優しいw』


 ミナトは手で顔を覆った。


「なんでそんな丁寧なの」


「祝福を受けたのだろう」


「料理素材に祝福って何」


「良いことだ」


 良いこと……なのか。

 まあ、素材が光るのは悪くない。画面映えはする。


 無事に回廊を抜け、素材を集め終える。

 地上へ戻る道が、今日はやけに短く感じた。

 怖いものほど長く感じるのに、広告は短い。短くて強い。最悪。


 そして地上。


 ミナトのアパートのキッチンは狭い。

 狭いけど、ここが安全地帯だ。


 配信を机に固定し、料理配信スタート。

 ミナトはエプロンをつけた。

 サエキは少し離れた場所で見守る。

 ノクスは、なぜか台所に立っている。


「……包丁、持てます?」


 ミナトが恐る恐る聞くと、ノクスは無言で包丁を握った。


 次の瞬間。


 包丁が光った。

 いや、光った気がした。速すぎて残像が出る。


 野菜が一瞬で均等な薄切りになる。

 キノコっぽい素材が、芸術みたいに刻まれる。


『包丁さばきが戦闘w』

『ラスボスの包丁こわいw』

『プロじゃん』

『料理人ノクス爆誕』


「ちょっと待って。料理にその速度いらない。怖い」


「敵は切るものだろう」


「今日は敵いないの。素材は敵じゃないの」


 ノクスは真顔で頷いた。

 頷いたのに、手が止まらない。


 ミナトは慌てて火をつけ、フライパンを準備する。


「じゃ、炒めます。味付けは塩と、ちょっとだけ醤油。あとは普通に」


『普通が一番』

『飯テロ』

『キノコ炒め!』


 素材を投入すると香りが立った。

 意外とちゃんと“食材の匂い”だ。

 ミナトは少しだけ安心する。


 ノクスが静かに皿を用意した。

 手付きが丁寧。

 丁寧なのに、存在が台所に合わない。

 ラスボスなのに台所。ギャップが強すぎる。


「盛り付け、お願いします」


 ミナトが言うと、ノクスは無言で受け取った。

 そして、めちゃくちゃ綺麗に盛った。


「……なんで」


「美しい方が良い」


『盛り付け神』

『ラスボスの料理、映える』

『これ切り抜きで伸びるやつ』


 ミナトは変な汗をかきながら、皿をカメラに見せた。


「完成です。ダンジョン素材のキノコ炒め。いきます。……ノクスさん、試食どうぞ」


 ノクスは箸を持った。

 持ち方もちゃんとしている。どこで学んだんだ。


 一口食べる。


 沈黙。


 コメント欄が止まる。


『表情!』

『言え!』

『感想!』

『ラスボス様の一言待ち』


 ノクスはゆっくり咀嚼し、目を細めた。

 そして短く言った。


「……良い」


 それだけ。


 それだけなのに、コメント欄が爆発した。


『良い!!!!!』

『もっと言ってwww』

『語彙がラスボスw』

『“良い”で飯が進む』

『表情!表情!』


 ミナトは笑った。

 久しぶりに、ちゃんと笑えた。


「良い、いただきました。今日の配信、勝ちです」


 勝ち。

 その単語が軽い。

 軽い勝ちって、ありがたい。


 だが。


 スマホが震えた。

 協会からのメッセージ。


【ダンジョン資源の無断利用が確認されました】

【申請がない場合、規約違反となります】

【当該配信内容の停止を推奨します】


「……は?」


 ミナトの笑顔が固まった。

 胃が冷える。

 たった一文で空気が変わる。


 サエキが顔色を変える。


「……そんなはず、ありません。私が同行しました。安全素材で、危険行為もなく――」


 サエキの声が震えた。


「でも……申請が“してない扱い”にされます」


 ミナトは箸を置いた。

 皿の上の料理が、急に遠い。


「してない扱いって、何……?」


 ヒカリからもDMが飛ぶ。


『来たね。ダンジョン資源は利権だよ。触っただけで噛まれる。』


 利権。

 その言葉が、今は妙に現実的に聞こえた。


 ミナトはスマホを見ながら息を吸う。

 息が浅い。喉が乾く。

 さっきまで笑ってたのが嘘みたいだ。


「……じゃあ、申請すればいいんだよね?」


 サエキが苦く頷く。


「はい。ただし……かなり面倒です」


「どれくらい?」


 サエキは目を逸らした。


「……山です」


 ミナトの胃が、きゅっと鳴った。


「山……」


 ノクスが小声で言う。


「書類が敵か」


 ミナトは即答した。


「うん、敵」


『書類が敵w』

『ラスボスより強い書類』

『次回:申請地獄』

『胃が死ぬ』


 ミナトは笑って、息を整えた。


 飯回は逃げじゃない。

 逃げでもいい。

 でも、逃げた先にも敵がいる。


 その敵は、刃じゃ切れない。


 ミナトは画面に向けて言った。


「……明日から、申請戦争です。俺の胃、頼むぞ」


 胃は返事をしない。

 でも、ちゃんと痛む。

 それが、今の現実だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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