第11話「初スポンサーと“怪しい依頼”」
朝、起きた瞬間から世界がうるさかった。
スマホが震える。
通知が鳴る。
止めても止めても、また鳴る。
ミナトは布団の中で半目のまま、腕だけ伸ばしてスマホを掴んだ。
画面に並ぶ数字が、いつも見ていた数字じゃない。
登録者数。
増えてる。増え方が怖い。
DMの件数。
見たことない数。仕事のメールより多い。
案件メール。
件名だけで胃が重くなる。
「……なにこれ……」
声が掠れた。
喉が乾いている。
眠ってる間に水分だけじゃなく、平穏まで吸われた気がした。
嬉しい。
嬉しいのは本当だ。
でも、嬉しさの底に黒い文字が見える。
全部の通知に、同じ単語が書いてある気がした。
責任。
ミナトの胃が、嫌な音を立てた。
「……伸びたら、自由になると思ってたんだけどな」
独り言が部屋の狭さに跳ね返って戻ってくる。
壁は薄いのに、外の世界とは遠い。
机の上には機材が並んでいる。
予備バッテリー、回線端末、応急キット。
いつもと同じもの。
でも今日は、それが武器じゃなく鎖に見えた。
ピロン、とまた通知。
【企業様よりコラボのご提案】
【高額報酬の案件】
【緊急:本日中にご返信ください】
「緊急とか言うな……」
ミナトは頭を抱えた。
胃の中がきゅっと縮む。
その時、背後から低い声が落ちた。
「供物が増えたな」
ミナトは振り返る。
部屋の隅にノクスがいる。
いつからそこに。というか、普通にいる。
ノクスは窓の外を見て、静かに言った。
「人が集まり、言葉が集まり、物が集まる。主に捧げるものが増える」
「供物じゃない。案件。スポンサー。仕事。……多分」
ミナトはスマホを掲げて説明する。
言いながら、自分でも分からなくなる。
ノクスが首を傾げた。
「仕事とは、捧げるものではないのか」
「えーっと……うん……いや……」
ミナトは言葉を探して、見つけて、また嫌になった。
案件って、確かに“捧げ物”っぽい。
時間を渡して。
言葉を渡して。
信用を渡して。
代わりに、金と数字をもらう。
捧げ物じゃん。
いや、やめろ。納得したくない。
「……なんか悔しいけど、ちょっと合ってる気がするのが腹立つ」
ミナトがぼそっと言うと、ノクスは真顔のままだった。
「腹が立つのは、生きている証だ」
「いきなり良いこと言うな。今のは普通に刺さる」
胃に。心に。
でも胃が優先。
ミナトはとりあえず顔を洗って、机の前に座った。
PCを開く。メールの山。
件名だけで目が痛い。
【高額案件のご提案】
【長期スポンサー契約】
【ダンジョン配信の新時代】
【刺激的な映像を求めています】
最後の件名で、ミナトは手を止めた。
「……刺激的な映像」
嫌な予感がした。
嫌な予感はいつも当たる。最近は特に。
メールを開く。
【報酬:月〇〇〇万円】
【条件:視聴者が熱狂する“刺激的な映像”の提供】
【内容:詳細は打ち合わせにて】
「……桁、おかしくない?」
ミナトは目を擦った。
もう一回見ても、桁がおかしい。
一般人が胃を痛めて稼ぐ額じゃない。
胃が破裂する額だ。
そして、条件が曖昧すぎる。
“刺激的な映像”って何だ。
危ないこと?
炎上ギリギリ?
それとも――討伐隊とバトれ、とか?
ミナトの背中に冷たい汗が出た。
ピロン。
ヒカリからのDMが来る。
『その案件、匂う。金額高すぎ。条件ふわふわ。燃えるやつ。』
「……ヒカリ、早いな」
ミナトが呟くと、ノクスが横から覗き込んだ。
「この者は嗅覚が良いのか」
「ネットの火薬臭に敏感なタイプ」
「火薬臭」
「例えね。……でも今日は例えじゃないかも」
ミナトは画面を見ながら唇を噛んだ。
さらに別のメール。
【機材を先にお送りします】
【開封の儀を配信でお願いします】
【提供表示・読み上げのご協力を】
「先に送るの!? 返信してないのに!?」
ミナトの声が上ずった。
その直後、玄関のチャイム。
ピンポーン。
タイミングが良すぎる。
悪い意味で。
ミナトは玄関へ向かい、覗き穴で確認してから扉を開けた。
宅配の人が箱を抱えて立っている。
「……来たわ」
受け取った箱は大きくて、妙に重い。
側面に見慣れないロゴと、きれいな文字。
【提供】
ミナトは箱を部屋へ運び、机の前に置いた。
ノクスが興味深そうに眺める。
「これが供物か」
「違う違う。提供。スポンサー。案件。……やっぱ供物か?」
「今、揺れたな」
「やめろ」
ミナトは配信のカメラを向けるか迷った。
開封を配信で、と書いてある。
でも映せば、受けたみたいになる。
映さなければ圧が増えるかもしれない。
胃が痛い。
選択肢が胃に刺さる。
ミナトはスマホを机に立て、配信を開始した。
最初からフル尺。逃げない。
「えーっと……なんか箱が届きました。俺、返信してないんですけど……」
『案件箱きたw』
『またミミック?』
『提供読み強制されるやつ?』
『開けるな危険』
『胃の音が聞こえる』
ミナトは苦笑いしてカッターを手に取った。
段ボールのテープに刃を当てる。
「開けます。開けるけど、俺はまだ受けるって言ってないからね。言ってないからな」
言い訳が多い。
でも言わないと切り抜かれる。
テープが切れる。
ふたが開く。
瞬間。
箱の中から、ぬるり、と何かが伸びた。
舌。
ただの舌じゃない。
紙みたいに薄くて、文字がびっしり書かれた舌。
契約条項が印刷された舌だ。
それがミナトの手首に巻きついた。
「うわっ!?」
噛まれた。
痛い。
痛いのに、吸い付くみたいな痛さ。
噛みついて離さない痛さ。
反射で、ミナトの口が動く。
「提供、ありがとうございます!」
言いかけた。
言いかけた瞬間、舌がさらに巻きついた。
まるで「言え」と言ってくる。
言ったら契約。
言ったら縛られる。
『言いかけたwww』
『危なすぎ』
『案件ミミックだ!』
『契約舌こわ』
『ミナトの習性w』
「ち、違う! 今のは反射! 俺、受けるって――痛っ」
舌が条項を読み上げるみたいに動き、手首を締めた。
視界に文字が入る。
【提供読み上げ必須】
【刺激的な映像の提供義務】
【当社の判断で内容変更可能】
【違反時、違約金】
「やばい。普通にやばい……」
ミナトが呻いた瞬間、ノクスが一歩前へ出た。
箱を見下ろし、淡々と言う。
「魂を売るな」
「魂って言い方やめて!」
叫びながらも、内心がぐさっと刺さった。
魂。
信用。
未来。
言い方が違うだけで、中身は同じだ。
ノクスは続けた。
「これは言葉を奪う箱だ。お前の口を借りて、鎖を結ぶ」
「説明がうまいのやめて。怖い」
『ノクスさん正論』
『魂売るなw』
『案件=供物で草』
『いや笑えない』
笑えない。
でも笑いがないと息ができない。
スマホが震えた。
ヒカリから通話。
ミナトは片手で出る。
「もしもし! 今、箱が噛んできて――」
『だから言ったでしょ! 金額高いのは釣り。条件ふわふわは逃げ道なし。燃えるやつ!』
「燃えてる! 現場が燃えてる!」
『落ち着け。案件を受ける=悪じゃない。条件が透明かどうか。そこ。』
透明。
その言葉が、すっと胃に落ちた。
誰が得して。
誰が責任を持って。
何を求められて。
どうなるのか。
それが見えてるなら、案件は武器になる。
見えてないなら、鎖になる。
ミナトは箱に噛まれたまま、息を吸った。
配信方針。
今まで“雰囲気”でやってきたものを、言葉にしないといけない。
喉が詰まる。
逃げたい。
でも言わないと噛まれ続ける。
「……俺は」
ミナトは震える声で言った。
「面白いことはしたい。でも、誰かが怪我するのは嫌だ。わざと危ないことするのも嫌だ。……あと、条件がよく分からないのは、もっと嫌だ」
言いながら、少しずつ腹が決まっていく。
言葉にした瞬間、心の中の線が見えた。
「だから――条件が不透明なら、受けません」
はっきり言った瞬間。
ミミックの舌が、ぴたり、と止まった。
巻きついていた力が抜ける。
噛みつきがゆるむ。
箱のふたが、ゆっくり閉じる。
眠るみたいに静かに。
ミナトは手首をさすりながら、息を吐いた。
胃の奥が、少しだけ軽くなる。
決断って、気持ちいい。
怖いのに。
怖いからこそ、気持ちいい。
『よく言った』
『線引き大事』
『ミナト成長してる』
『ミミック寝たw』
玄関側から控えめな咳払い。
サエキが立っていた。
仕事の顔をしている。けれど少しだけ、目が優しい。
「……賢明です」
「ありがとうございます……」
ミナトは疲れた笑いを浮かべた。
褒められて嬉しい。でも怖い。
褒められるって、次の責任が来る合図だ。
サエキは続けた。
「ただ……協会があなたを嫌う理由が、また増えました」
ミナトの胃が、きゅっと鳴った。
「え、なんで」
「協会は“管理できる相手”を好みます。条件の不透明さを嫌がって、はっきり断れる配信者は……扱いにくい」
扱いにくい。
その言葉が妙に現実的で怖い。
ミナトは箱を見た。
眠ったミミック。
でも、眠っただけだ。死んでない。
スマホが再び震える。
今度はメールじゃない。協会からの通知だった。
【協会指定スポンサー案件のご案内】
【当該配信者は、協会の安全活動に協力する義務があります】
【指定案件の受諾を推奨します】
「……え?」
ミナトの声が乾いた。
断ったはずの案件が、別ルートで戻ってきた。
しかも協会経由で“推奨”。
推奨。
丁寧な言葉。
でも意味は、圧だ。
ミナトは笑うしかなかった。
笑ったら胃が痛い。
でも笑わないと息ができない。
「うわ……こっちが本丸か……」
ノクスが静かに言った。
「影が見えたな」
ミナトは頷いた。
影は、箱の中じゃなかった。
箱を運んできた側だ。
スマホの通知音が、また鳴った。
鳴り方が、朝より怖い。
数字の世界は甘い。
でも甘さの裏に、ちゃんと毒がある。
ミナトは手首の赤い跡を見て、息を吐いた。
今日も胃が痛い。
でも、線は引けた。
線を引いたから、次が来る。
そういう世界だ。
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