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第10話「討伐隊、来襲。コラボ継続の条件」

 討伐。


 その単語が通知に出てから、ミナトの胃はずっと小さく痙攣している。

 ふざける余裕がないわけじゃない。ふざけないと潰れる。

 でも今ふざけたら燃える。燃えたら終わる。


 ダンジョンのゲート前。

 空は曇っていて、光が薄い。

 薄い光は、人の顔の影を濃くする。


 ミナトはスマホを胸元に固定し、配信を続けていた。

 止めたら、好きに言われる。

 止めたら、切り抜かれる。

 止めたら――言葉だけが独り歩きする。


 コメント欄が落ち着かない。


『討伐隊くるの?』

『怖い』

『ノクスさん大丈夫?』

『協会ほんとにやるのか』

『胃痛枠が限界突破してる』


 ミナトは息を吸って言う。


「今から、協会の討伐隊が来ます。……俺は止めません。見てる人がいる状態で話します。変な編集されるの、もう嫌なんで」


 言いながら喉が渇く。

 正義の顔をした言葉に切り取られて刺される未来が見える。


 隣にはサエキ。

 今日は監視員というより、現場の空気を知ってしまった人の顔をしている。

 ノクスは少し後ろ。立っているだけで目立つのに、何も言わないのが逆に怖い。


 遠くから、足音が揃って近づいてきた。


 隊列。

 整った歩幅。

 装備はきれいで、鎧というより“正装”に近い。白と黒で統一され、紋章が胸に光る。

 武器も同じ形。刃も柄も手入れが行き届いている。


 そして――全員、カメラ慣れしている所作だった。


 歩きながら姿勢が崩れない。

 顔の角度がいい。

 視線が、配信カメラを意識している。


 ミナトは自分の服をちらっと見た。

 普段着の上に軽装備。

 汗で少しよれたストラップ。

 “素人感”が眩しいくらい出ている。


 胃が痛い。

 また胃が痛い。


『うわ討伐隊かっこいい』

『スター感ある』

『ミナト、場違い感w』

『でもミナトが現場だよな』

『ノクスさん…』


 隊列の先頭に立つ男が一歩前へ出た。

 顔立ちが整っている。声も通る。

 いかにも“司令役”だ。


「協会討伐隊、現着。対象の危険存在を排除する」


 言い切った瞬間、コメント欄が割れた。


『排除って言った』

『正しいだろ危険なんだし』

『話も聞け』

『ノクスさん殺すの?』

『ミナトはどうすんの』


 空気が、ピンと張った。

 一言一言が地雷になる空気。

 踏み方を間違えたら、爆発は配信を越えて現実に来る。


 ミナトは喉の奥が固くなるのを感じた。

 言葉が出る前に、脳内で“切り抜き”が走る。

 この言い方は切られる。

 この間は切られる。

 この表情は悪意に変換される。


 ミナトは一歩前へ出た。


「……ちょっと待ってください。今、ここで“排除”って言うと誤解が広がります。まず状況説明を――」


「配信者か」


 司令役はミナトを見て、軽く眉を上げた。

 それだけで“評価”が伝わる。

 素人。邪魔。面倒。


 司令役は視線をずらし、ノクスを見た。


「対象確認。深部の危険存在――」


 その時。


 ゲート脇の石碑に、隊員の一人が手を置いた。

 碑文。古い文字。

 読めるはずのない文字。


 なのに、その隊員は急に目を見開き、強い声で言った。


「――悪を討て。迷いなく刃を向けよ」


 言葉が急に硬くなる。

 強い言い回しが口から勝手に出たみたいに。


「ラスボスは悪だ。配信者は煽動者だ」


 隊員自身の声なのに、隊員の言葉じゃない響き。

 ミナトの背中が冷えた。


『煽動者!?』

『やば』

『碑文なんだこれ』

『炎上ワード連発すな』

『これ切り抜かれたら終わる』


 切り抜き。

 その言葉が、次の瞬間に“形”になった。


 影の隙間から、灰色の狼がぬるりと現れた。

 毛並みは薄く、目がやけに光っている。


 ウルフは口を開き、さっきの言葉を真似た。


「……ハイジョ……アク……」


 言葉の断片だけをくわえて、吠えるみたいに吐き出す。

 意味は繋がっていないのに、強い単語だけが刺さる。


「アク! アク! センドウ! ハイジョ!」


 狼の声が空気を震わせる。

 そして、その声が響くたびにコメント欄の温度が上がった。


『排除って言ってる!』

『悪って言ってる!』

『やっぱ討伐隊やばい』

『ノクスさん悪くないだろ』

『でもラスボスだぞ?』


 視聴者の正義が、暴走しかける。

 正義は正しい顔をするから、止めにくい。


 現場も燃え始めた。

 討伐隊の一部が武器に手をかける。

 ノクスの影がわずかに濃くなる。

 サエキが一歩引いて、測定器を握りしめた。


 ミナトの喉が詰まる。


 配信が、人を傷つける。


 その現実が目の前に立っている。

 怖い。逃げたい。

 でも逃げたら、もっと燃える。


 ミナトは口を開いた。


 フル尺で殴るしかない。


 切り抜きに勝つ方法はひとつ。

 最初から最後まで、全部言う。

 逃げたくても喋る。苦しくても喋る。


「聞いてください!」


 声が裏返りそうになるのを、腹で支える。


「今ここで出てる言葉、危ないです。“悪”“排除”“煽動”――強い単語ほど切り取られて、人を煽ります。だから俺は、今から全部説明します。途中で止めないで」


 コメント欄が一瞬止まる。

 討伐隊の視線も集まる。

 胃が、ぎゅっと縮む。


 ミナトは続けた。


「まず、ノクスさんは――今のところ、地上で人を襲ってません。現場でも、止める方向に動いてます。危険が出た時も、抑えました。……俺の言葉じゃ信用できないなら、サエキさんの数値を見てください」


 サエキが戸惑いながらも測定器の画面を少し見せた。

 司令役の目が細くなる。


「協会の公表値と一致しない?」


 司令役が小さく呟く。

 “知らない”反応なのか、“知ってる”の演技なのか、判断がつかない。


 その横で、碑文に触れた隊員が首を振る。


「そんなものは――悪を討てと……!」


 言葉がまた強くなる。

 その瞬間、切り抜きウルフが吠えた。


「アク! トウバツ! ハイジョ!」


 音だけが先に走り、意味が置いていかれる。

 だから怖い。

 だから燃える。


 ミナトは歯を食いしばり、言葉を続けた。


「それ、碑文の影響じゃないですか? 今、その人の言葉、さっきから同じ強い言い回しばかりです。普通に話せなくなってる。……それが炎上の種です。言葉を強くして、現場を燃やす仕掛け」


 司令役が眉をひそめた。


「仕掛けだと?」


「はい。ダンジョン側の罠か、誰かが置いたものかは分からない。でも今、現実に起きてる。……だから、いったん落ち着いて」


 落ち着いて、が一番難しい。

 言えば言うほど落ち着かない。

 それでも言うしかない。


 その時、ノクスが前へ出た。


 空気が静まる。

 威圧じゃない。重さが違う。

 音が落ちる。


 ノクスは短く言った。


「我は守るために在る。殺すためではない」


 飾りがない。

 言い訳もない。

 誤解の余地がない言葉だった。


 切り抜きウルフが、口を開く。


「……マモ……」


 そこで止まった。


 “守る”は切り抜きにくい。

 “殺すためではない”は切り抜けない。

 切り抜いたら、真逆の意味になるからだ。

 狼は唸り、言葉を作れず、足をふらつかせる。


『切り抜けないw』

『誤解できない言葉は強い』

『ノクスさん…』

『落ち着いた』


 ウルフの体が薄くなる。

 吠え声も弱くなる。


 司令役が一歩前へ出た。


「……ならば条件を提示する。協会としては“公開の場”で検証する必要がある。密室は認めない」


 密室。

 その単語にミナトの胃がまた鳴る。

 でも今回は、味方にもなり得る言葉だ。


 ヒカリが駆けてきた。

 息を切らしながら場を割る。


「はいはい、そこ。燃やす前にルール整えましょう。今のままだと誰が得するんですか? 切り抜きウルフが得するだけですよ」


『ヒカリ来た!』

『救世主』

『場回し担当』


 ヒカリは司令役に向けて笑う。


「公開ルール、賛成。配信はフル尺。アーカイブは視聴者側でも保全。協会も討伐隊も、言ったことは全部残る。それでどうです?」


 司令役がサエキを見る。

 サエキは苦い顔で頷いた。


「……現場の数値は私が提示できます。ただし、個人情報に関わる部分は隠します」


「当然だ」


 司令役は視線をノクスへ移した。


「危険行為を行わない。監視を受け入れること。必要なら退避すること」


 ノクスは少しだけ目を細めた。


「我は、守る。守れぬ状況を作らぬための監視なら受ける」


 言葉が硬いのに、筋が通っている。

 ミナトは胃を押さえながら、やっと息を吐いた。


 切り抜きウルフが、最後に小さく吠えた。


「……ハイ……ジョ……」


 声にならず、薄くなり、影に溶けた。


 場の熱が、少し下がった。


 ミナトのスマホが震える。

 通知。登録者数の増加。

 数字が跳ね上がっていく。


『登録した』

『続き見たい』

『ノクスさん推せる』

『でも協会こわい』

『ミナト頑張れ』


 称賛も、不信も増える。

 増えるほど怖い。

 見られるほど怖い。


 ミナトは笑って、でも笑い切れずに言った。


「……増えるの、嬉しいです。嬉しいけど、増えるほど……怖いな」


 ヒカリが肩を叩いた。


「それが配信者の宿命。胃は大事に」


「宿命って言うな。胃に刺さる」


 サエキが小さく笑った。

 ほんの一瞬だけ、人間の笑いだった。


 司令役が言った。


「本日の討伐は保留する。公開検証の場を設ける。協会への報告は私が行う」


 保留。

 その言葉だけで空気が変わる。

 殺す方向の物語が、いったん止まった。


 ミナトは薄く息を吐いた。


 コメント欄が、また動き出す。


『ラスボスって実は…』

『守るために在るって何者』

『ほんとに悪じゃないの?』

『でも深部の主だし…』


 その一言が、やけに増えた。


 ラスボスって実は――。


 ミナトは画面を見ながら、胸の奥で言葉を組み立てる。


 バズは光じゃない。熱だ。

 熱は、あったかい。

 でも触れ方を間違えたら――火傷もする。


 胃が痛いのは、たぶん、火傷の前触れだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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