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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第99話 きれいになりました


 イリットが、次はパウダーにかかっている。

 きらきらしたラメみたいなのが入っていて、そっと「鑑定」してみたら、何かの植物の種を粉にしたものに雲母の粉が入ったものだった。毒性はなし。ちなみにファンデーションも見てみたが、鉛白ではなかった。毒性なし。物語の中で時々水銀などの話が出てくるので、りのも気をつけているのだ。

 メリルはシニヨンの毛先を巻いて、ゆるふわにしている。

 パウダーを終えてブラシを置きながら、イリットは話を続ける。


「私たち普通の貴族家は、たいてい寄り親のお家のお茶会に呼ばれるんですよ。そこで知っておくべきことを教えて頂いたり、普通の貴族家のお話をお伝えしたりして、失敗しないようにするんです。だいたい三か月に一度くらいでうちは呼ばれてますね」

「えっと、イリットのところはシプラスト公爵家の寄り子だったよね」

「はい! シプラスト公爵家の皆様にお世話になっております!」

「そのぅ、言いつけたりとかは絶対しないけど、やっぱり、大変?」


 次は頬紅ですね、とケースを手にしていたイリットは、きょとんとしてから明るく笑った。


「いいえ、全然。正確に言いますと、うちはシプラスト公爵家の分家のひとつ、オステガ伯爵家の寄り子なんです。ですので、お茶会などはオステガ伯爵家にお呼ばれするのですが、とても気さくで温かいお家なんですよ。基本的なマナーや礼儀はもちろんみられますし、ご注意いただくことはありますが、それも私たち自身と家門のためだとわかっておりますので。それに、堅苦しいお茶会というものは、シプラスト領ではあまり好まれないんです」


 なんでも、シプラスト公爵家の一門は、自由闊達でおおらかな気風が特徴らしい。


「えー……?」

「こほん、リノア様、仰りたいことはわかりますが、不敬となられませんよう……」


 メリルがそっと注意してくる。こういうことも侍女の仕事なのだそうだ。

 仕える主の様々な面での支えとなり、時には諫めることもしてこその侍女だという。


「あ、うん、ありがとうメリル。でも、ほら、宰相様はどっちかというと、真面目で、ほら、ね?」

「うふふ、シプラスト領では、アルフィオ様がむしろシプラストとしては変わっておられると言われておりますよ」

「まあイリット!」

「あ、すみません!」


 ちょっとだけメリルの方が先輩らしいので、イリットは叱責に素直に頭を下げていた。

 そうか、アルフィオ様がむしろ突然変異なのか……。

 真面目で神経質そうで、お堅いイメージのアルフィオ。だが、時折のぞくジョークやチャーミングな返しを考えれば、わからないでもない。

 それに、アルフィオから、目下の者に対する不遜な態度を感じたことは一度もない。


(公爵で宰相で、なのに偉そうじゃないって、それだけでもすごいよねえ)



「リノア様、お目に色をのせますので、少し目を閉じて頂けますか」

「はーい」


 いそいそと目を閉じる。

 髪の毛ももう結い終えたらしく、髪を引っ張られる気配はない。


「メリルはどこのお家の寄り子なの?」

「私はボドリー伯爵家様が寄り親でございますね」

「ん? ボドリーって、図書館のスティラのお家じゃなかった?」

「はい。スティラ様は私どものご本家のお嬢様でいらっしゃいます。ボドリー伯爵家は代々、王領アティラルの代官を務めるお家で、寄り親といいますか、ウェルゲア王家が後ろ盾となっております」


 意外なつながり……!


「え、じゃあメリルはスティラのことを前から知ってたり……?」

「はい、存じ上げております。ただ、スティラ様は私より少し年上で、学園でもご一緒したことはありませんから、あちらはご存じないかもしれませんね」

「へ~、そうなんだ……お茶会とかで会ったりは?」

「あまりございません。スティラ様は綺羅星のような才女でいらっしゃいまして、学園を卒業してすぐ、こちらのお仕事に就かれました。ですので、お茶会などの家政はスティラ様のお母さま、ボドリー伯爵夫人のルネ様が取り仕切っていらっしゃいます」


 なるほどねぇ、とりのは頷く。

 お仕事があるのもそうだろうけれど、ひとみしりであがり症のスティラにお茶会は大変そうだ。


「さあ、できました。リノア様、大鏡の前へお願いいたします」

「あ、リノア様、目を、目を閉じててください! 一気にお披露目したいです!」

「はいはい」


 大鏡と言うのは、先日購入してもらった、全身を移せる大きさの鏡のことだ。超高級品である。



「ではケープをとりますね」


 大鏡の前に立たされて、化粧ケープをはずされ、りのは目を開けた。



「おお……」



 菫色を基調にしたドレスが、低い位置でふんわりとまとめた黒髪のシニヨンとよく合っている。

 髪には、リシェルから贈られてきた白い小花のヘアアクセサリーが左耳の上についていた。

 メイクは、向こうのようなナチュラルメイクというよりはフルメイクに近かったが、色が柔らかくて控えめなので、舞台化粧というほどにはなっていなかった。安心した。

 マスカラはなかったが、アイラインを結構はっきり入れているので、目力は強い。意外にもアイカラーは上品なゴールドで、さりげなくきらめいている。


(『鑑定』……げっ、ホンモノの金粉入り!?)


 いくらするんだこれ、と思って、その思考を遠くに放り投げる。

 見なかったことにしよう、主に精神衛生上のために。


「ええ、口紅は淡めのもので正解でしたね、メリルさん!」

「そうですね。赤を使うなら夜会や舞踏会がよろしいでしょう。今日は王城内と言えどお茶会ですし、軽やかで明るい感じがよろしいかと思います」

「リノア様にこの淡い桃色がよくお似合いですもの。そうだわ、淡い桃色のドレスとかもよさそうですね!」


 目と髪の色に合わせたドレスは上品で、着心地も恐れていたほど悪くはない。よく似合っていると思う。久しぶりのドレスアップで、手の込んだ美しい衣装を着られるのはとても嬉しい。

 この美しい衣装自体、りのには時間をかけて眺めていたい美しいものだ。特に刺繍は本当にすばらしい。

 お姫様を夢見た子ども時代を持つ者ならうっとりするだろうし、りのもそう。

 


 けれど、りのの胸は清々しく晴れ渡ってはいなかった。

 だって、この鏡に映っているのは、四十年間、時にはもうちょっとかわいくならないのかなぁなんて思いながらつき合ってきた、あの顔ではないので。

 こちらの世界に来るときに、元の顔をベースにとてもきれいな顔になっているので。


(そう、私じゃないみたいなのよね。現実感がないっていうか、自分の顔を忘れそうで怖いっていうか)


 鏡に映っている自分は、本当に自分ではないみたいにこちらの淑女のスタイルだ。

 イリットとメリルは、そんなりのを大喜びで褒めてくれる。


「リノア様、とてもおきれいですわ」

「ええ、本当に。菫の精霊のようです」

「どちらのお嬢様も、リノア様に釘付けになっちゃいますね!」

「ドレスをお贈りくださったリシェル様もお喜びになられますでしょう」




(やっぱり、これは「深春りの」じゃないのよ)




 美しく装った喜びも本当。照れくさい気持ちだって、浮かれる気持ちだってある。

 喜んで褒めてくれるイリットとメリルへの感謝も。


 だからりのは、しくりと泣く胸の声を押し殺して、二人ともきれいにしてくれてありがとう、と笑ってみせた。




今日はここまで。

お読みいただきありがとうございました。

成人式おめでとうございます!


※追記

一日先走りました……成人式は明日……!(涙目)

成人式を迎える皆さま、暖かくしてお式楽しんでください!

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